ふわり。

玄関の戸を開けると、そよ風と共に桜の花びらが舞い込んで来た。

桜色は、ピンクというより薄桃色に近い。彼の好きな色だ。春が始まって、ほんのり世界が色付いていく様子が好きなのだという。

そうだ、いつだったか、彼は教えてくれた。

――桜の花びらを3枚キャッチすると、願い事が叶うんだよ。

公園の桜の下で何回も挑戦したけれど、結局上手くいかなかったっけ。小さい頃から器用だった彼も苦戦していて、やっとのことで3枚捕った。羨ましがる私に笑いかけて、折角自分で捕った花びらを私の手に握らせてくれたのを覚えている。

――いいの?

――だって欲しかったんでしょ?ほら、願い事して。

幼いなりに、彼の願いも叶えてあげないと申し訳ないと思った。けれど、私の願いを言わないとそれはそれで勿体無いと思った。そこであの頃の私は、ぎゅっと彼の手を握って、

――ずーっと仲良しでいられますように!

彼にも私にも関係する願い事なら良いと思ったのだろう。

あの願い事は、本当に叶ったのかも知れない。10年近くが経った今でも私達は親しくしているし、彼に頼られる事もままある。ただ、私は彼を幼馴染みとしては見られなくなった。彼にとって私は、恋人ができたことを真っ先に報告するような“友達”のままである。

きっとこれからも変わらない、変えられない距離だ。

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