彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

こねこちゃん

彼氏にタピオカしか愛せないと言われたら

「ぐふっ……! ここまでか」


神官風の姿をした女の腕の中で、煌びやかな全身鎧を着た男が吐血しながら呟いた。


「そんな……」


女は無駄と悟りつつ、治癒魔法を唱えた。

ただ、この傷は……間違いなく致命傷。

とても治癒魔法で追いつくレベルの傷ではないことは誰の目にも明らかであった。


「ぐふっ。すまない。僕はこの世界どころか、君すら守れそうにない」


「いやっ! そんなのいやっ。 絶対生きて戻るのよ!」


言葉とは裏腹に、女は既に理解してしまっていた。

立ちはだかる怨敵、魔王ティラミスに、いま倒れている彼……勇者クレイプの神聖力無しでは太刀打ちする術がないこと。そしてそれは、約束された敗北が近い未来に訪れるということを。


魔王の圧倒的な範囲魔法攻撃もあり、逃走は不可能。

そもそも、例え今この場を逃走できたとして、勇者無き後世界は確実に滅ぼされるのだ。どこに逃げる場所があろうか。


要するに今、女にできることは、なるべく苦痛のない死を願うことのみということだ。


(・・・いやっ! 折角クレイプと恋仲になれたと言うのに!)


・・・そう。

この期に及んで女の脳裏を過ったのは世界の命運とかではなく、かなりプライベートな問題であった。

女は長年のアプローチの末、やっと数日前の夜に勇者に受け入れてもらったばかりだったのだ。


(これからラブラブチュッチュパラダイスタイムが続くはずだったのに、こんな終わり方なんて!)


世界の終りの確定時にそんなことを考えるとは呆れたものとは思うが、この無念さは何となく理解できる者も多かろう。人間とは、つくづく愚かなものである。



何を隠そう、女はクレイプと恋仲になるまでが大変であった。

数年間フラれ続けられるも、よく粘ったと思う。

女は彼にアプローチする度に、こう言って断られたものである。


「ごめん。オレ……タピオカしか愛せないんだ」



タピオカ。

それはこの世界ア・マイ・ド・カンミにおける、伝説の聖獣とも精霊とも言われている存在だ。


幼少のクレイプに勇者の力を授けたのもタピオカである。

この世界に危機が訪れる度に幾度も現れ時の勇者と世界を救った歴史があり、非常に神聖視される存在だ。


そんなタピオカの姿は、我々には人語を喋れる以外はただの玉のようにコロコロした犬にしか見えないのだが、どうやらクレイプには絶世の美女に見えているらしい。


「タピオカは運命の人。共に魔王を倒す使命があり、そして結ばれる運命でもあるんだ」


確かに歴史的に見ても時のタピオカと勇者は事後に結ばれるケースも多々ある話ではあった。

普段は精悍かつ知的な表情のクレイプが緩みきった顔で惚気を語る姿を見る度、女は「きいぃぃぃっ! このメス犬畜生めぇぇぇ!!」と心の中で憤り、彼女と歴史への嫉妬に燃えたものである。


転機があった。

ある日、あの事件が起きたのだ。


タピオカが急死したのである。

原因は宿屋に差し入れられた最高級ドッグフードに毒が盛られていたことによる毒殺である。

王国にとって、超一大事である。上へ下への大騒ぎになったものだ。

結局犯人は見つからなかったが、その時泊まった高級宿の料理長が責任を取らされて吊るされる羽目になった。


女は、思った。


(そんなつもりはなかったの、ごめんなさい。料理長あなたの犠牲は無駄ではなかったわ!)



……。


それから長年かけて傷心のクレイプを慰め続け、やっと最近結ばれたばかりだと言うのに!

あの夜に女は思い切って勇者彼を泥酔させてから裸で勇者のベッドに潜りこみ、翌朝「責任とってね♡」という既成事実あらわざまで使ったというのに!



「ぐふっ。タピオカさえいたならば、勇聖合成魔法”デラアマス”で魔王を弱体化できたのに……」 


はいいい? それ早く言ってくれないかな!

まさか、ここに来てタピオカの不在が致命的な敗因となるとは!


女はここに来て、己の愚かさを認識することになった。



ゴォォォと魔力が唸り、空間が沸き立つ。

魔王がトドメの一撃を練り上げ始めたのだ。


(もうダメ!!!)


女が覚悟にならない覚悟を決めた、その時である。


「・・・聞いてくれ。最期の手段を行う。この世界はもう終わりだが、君だけは助けたい。勇者であるオレの秘奥義である転生魔法を君にかける」


(・・・!?)


「ぐふっ。本来なら勇者とタピオカが生前に互いにかけあい、また世界の危機の際に転生する為の魔法だ。タピオカでも勇者でもない君にかけるとどんな影響があるかは未知数だが、少なくとも君の魂だけは救われるはずだ。いくよ!」


女が勇者の言葉を理解するより先に、勇者のかざした右手が光を放つ。

その光に女が包まれるのと、魔王のトドメの一撃に女と勇者が襲われるのはほぼ同時であった。


「ぐああああ! タピオカ……ぐふっ!」


(ちくしょおおおおおお!! クレイプの最後の最後の言葉があの犬畜生の名前とか! きいぃぃぃっ!)


そうして女の意識は暗闇へと落ちて行った。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・・・。


どれくらい時間が経過したのか。


女……と言うより女の魂は、いつの間にか真っ暗な空間を漂っていた。


不思議と恐怖や戸惑い等のマイナス感情は湧きあがらない。

むしろ、暖かくて非常に心地が良い気がする、どこか懐かしい感じがする空間だ。


(母の胎内ってこんな感じなのかしら?)


女が、何となくそう思った次の瞬間だった。


「汝、何を願うぞい」


唐突に、空間に声が響いた。


女にとって、初めて聞く声であった。

しかし、何故か直観で理解できた。


(神・・・さま?)


「汝には、汝の世の理と約束により転生と転生先を選択する権利があるぞい。転生したい対象を言うがよいぞい」


(転生?)


傍から見れば、前後の脈絡も無い突拍子の無い話ではある。

しかしながら女は、そ不思議なことに、これが当然のことの様に受け入れられた。


(何に・・・転生するのかしら?)


「神以外なら何でも良いぞい。さあ。また人か。それとも動物か。精霊や物質、はたまた、蜘蛛とかスライムとかにも転生できるぞい」


女は喜びに打ち震えた。


(そうであれば私は……そう、タピオカ。タピオカになりたいの!

今度の人生こそ、私がタピオカで、生まれ変わった勇者と結ばれる運命を辿るの!)


一瞬の間を置き、神が答える。


「ふーむ、できないことはないな。その願い、叶えてしんぜよう……ぞい」


空間にぱああっと光が差し込む。

その光源に向かって、女の魂は引っ張られ始めた。


(ああ……夢みたい。私がタピオカになれるなんて。

彼との、甘い、あまーい戯れが、私を待っているのね♡)


魂の仲に幸せが溢れる中、女の意識が薄れ始める。


「・・・あ、言い忘れとったが、先の世界は魔王に完璧に滅ぼされてもうたからな。転生先の世界はわしの管轄の世界……汝にとって、異世界ぞい」


最後に、神の声が聞こえた気がした。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――


ぐるぐるぐるぐる。

白い世界が回る。


そして停止。

揺れ動く、私?。


(ここは何処なのかしら?)


何も見えないが、存在していることは確か。

女は慣れない妙な感覚に戸惑っていた。


しかしながら、苦痛ではない。

神の言葉も覚えている。


(転生とは、こんなものなのかしら?)


恐怖も無かった。

いや、現実味が無いだけなのかもしれない。

ただ、女はそこに「タピオカ」として存在していることだけは理解できた。


そんな時である。

女にとって聞き覚えのある声が響いた。


「オレ……もうタピオカしか愛せないんだ」


神の声ではない。


(この声は……クレイプね!)


女の意識は喜びに一気に覚醒する。


(良かった。貴方もこの世界に転生していたのね)


その呼びかけに答えるかのように、クレイプ・・・勇者の声が続く。


「本当においしそう。早速、いただきます!」


(えっ!)


女は、唐突過ぎる展開に戸惑いを覚えるも、悪い気はしていなかった。


(いきなり大胆♡ 嫌じゃないけど、私だって心の準備が……)


ずずずっ!


女は、クレイプに吸い込まれるように引き寄せられるのを感じたのだが・・・


(・・・!?)


はぐはぐ。

ブチブチブチ!


(・・・ぐご、ぐえっ!!)


痛みとは違う。

しかしながら、女は身を砕かれるような衝撃を魂で感じ取った。

何度も、何度も。


(・・・ぎゃああああああああああああっ!!)


「んー、あま~い♡」


ごっくん!


(なーにーこーれーっ!!)


混乱する女が正常な思考を取り戻す間も無く、更なる試練が襲う。


(ぎゃあああああああ、熱い熱い熱い!! 体が……体が溶げでいぐぅ…… 無くなっていぐぅ…… 無とはいったい…… うごごごご!!)


そして、女の意識は途絶えた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


・・・ぞい!!


こうして彼女は望み通り勇者との甘い生活を堪能し、そして彼のモノとなったワケぞい。


しかし、タピオカになりたいなんて、変な女じゃったぞい。

わしが地球の神になってから、こんな酔狂な願いは初めてぞい。

確かに、ブームかもしれんが・・・


まー、いいぞい。

次の転生者、どうぞー、ぞい!

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