第21話

〈手紙〉


いっぱい写真を撮った、風景も、ツーショットも、これは絵になると婦人の姿も、しかし旅のすべてが写っていないのだ。最初の駅で撮った読書をしている婦人の写真1枚が写っていただけであった。写真を送る約束で書いて貰った住所も白紙だった。その駅での写真を今回の個展に合わせて絵にしたのである。住所が分っていれば、本当は、その絵は婦人に贈りたかったのである。


個展が終わって、1カ月。疲れも取れ、やっと筆を持つ気持ちになった頃、差出住所なしの手紙が1通、健太のもとに届いた。


「お元気ですか、桜も散って、これからは新緑が綺麗ですね。3月個展を開かれたとか、おめでとうございます。ご案内頂いていたら行けたのに。残念です。住所もお知らせしておいたのに。そういえば、写真も届きませんでしたね。いきなり、文句ですね。ごめんなさい。お知らせしたいことは、あの絵は私の手元にあります。応接間に飾っています。その前の椅子にもたれて相変わらず本を読んでいます。あの電車で旅をしているかって?ほとんど行きたいところには行きましたし、私も歳だし、何より廃線列車だって十分走ったあとは休むものです。安らかにね。人間だって、電車だって同じ。モノにも思いはあるんですよ。いつも一人旅だったけど、あの旅は楽しかったわー!一生の記念物よ。あなたの絵がどうして私の手元に?あなたは私に贈りたいと思ったし、私はそれを欲しいと思ったし、それでいいではないですか。ものごと途中で詮索するから人生ややこしくなるのよ。それでも、お訊きになりたい。なら、あの駅に来なさいよ。家は近くだから。「本を読む人~!」って大声で叫べば声が届く距離ですよ。「お婆さ~ん!」なんて呼んだらだめですよ。近所みなお婆さんだから。あの絵大切にしますね。


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終着駅シリーズ 北風 嵐 @masaru2355

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