第19話 たった一言、そしてその効果は
そこに、あいつがいた。
覚えている。あいつはあの後、ロックフォードを離れた。
理由はわからなかったが、ローレルに帰ったという話を聞いた。
あいつのふるさとがローレルだったことを初めて知った我は、一人その街に赴いた。
昔の第二区分街ローレルは、今とはまるで別の姿だった。
草花が枯れ、食糧は乏しく、病気も蔓延する。とてもじゃないが人が暮らしていくことはできないような、有様だった。
あいつは、そんな第二区分街を変えようとしていた。
そのために、第一区分街と交渉し、たくさんのデュエルをした。
あいつがマスターカードだったことをここで初めて知った。
五年くらい経ったか。
ローレルの改革は順調に進んでいた。
自給自足をあいつは促し、街の人の健康水準は日に日に高くなっていった。
これもあいつのおかげ。
皆がそう言った。そしてあいつを恩師と讃え、高い信頼を受けるようになった。
ある日のことだった。
我はいつものようにあいつのことを木陰からひっそりと観察していた。
もうあの頃の面影は一つもない。
であった頃より見違えるほどあいつはたくましくなっていて、もう一児の夫でもあった。
複雑な気持ちだった。
悪魔でさえなければ、あの隣は我だったかもしれないというのに。
我は今にもその遠い親と子の背中をぶち壊したいと思った。
我の事なぞ、もう忘れていると思っていたからだ。
そんな時、子は言った。
「パパ、あの話してよ」と。
我はいつの間にか下す手を止めていた。
そして、聞き耳を立てる。
話はこんなものだった。
昔、パパは駆け出しの傭兵だった。
その頃はとっても弱くて、剣を振り回して敵を一匹仕留めるのが精いっぱいだったんだ。
でもね、パパにはとても強い相棒と出会った。
その人は女の人なんだけど、とても力が強くて、パパとは正反対な人だった。
できれば、彼女のようになりたかった。
そうすればこのローレルももっと早く改革を起こして、多くの衰弱者を助けられたかもしれない。
でも、その勇気がパパにはなかったんだ。
そんなふうに考え込んでいる時、彼女は言ったんだ。
――もし、我がお前の思っているようなものとは別だったら、どうする。とね。
パパは言ったのさ。
「お前が何者だろうと、俺と君は強き仲だ」と、かっこつけて。
彼女はその言葉にすごく安堵している様子だった。
そして、姿を変えていって、パパに向かってその本当の姿を曝け出した。
彼女は悪魔だった。
翼の生えた姿は、その強さも頷けるほど禍々しいものだった。
ここでパパはとても残念な反応をするんだ。
突然現れたその不幸の象徴にパパはしりもちをついてあとざすりしてしまったんだ。
悪魔は悲しそうに飛んでいった。
そう、彼女が勇気を持ってパパに本当の姿を見せてくれたにも関わらず、パパはその姿に怖気づいてしまったんだ。
パパはそのことを今も忘れない。
なぜなら、その時自分が絶対人間と交わうことができないとわかっていて、彼女は少しの可能性を勇気を出して試したんだ。
だからもし……もしも、彼女に一つ祈るのだとしたら……。
「……ティマ、」
声が聞こえる。
疲れた身体に響く声だ。
我はどうなった。
無我夢中で効果通りの乱戦をした記憶はある。
しかし、両腕の感覚が無くなった頃からの記憶がない。
我はゆっくりと目を開く。
「ここは……」
「マスティマ!」
「マスティマさん!」
我を呼ぶ声は、お節介焼きな二人組だった。
淳介とウィズ。
我の最高の仲間だ。
二人は我が起き上がると、泣きついて喜んだ。
「マズディマざん……よかった……よがっだぁ……」
「ったく、心配かけさせやがって……」
病室のベッド。ということはコロシアムは終わったということか。
我はハッとなった。
「勝敗は……勝敗はどうなったのだ?」
「……」
二人はうつむく。
「そうか……」
我は負けたのだな。
思えば何も考えず、背水陣を使ってしまった。
その時に受けた傷で気を失ったのだろう、と我は推測する。
だが、なんにせよ、すがすがしい気分だ。
何も得られなかったが、それと同等に抱えていたものが取れた気がする。
我は二人を優しく諭す。
「案ずるな、私の弱さが招いたものだ……二人が落ち込むことは――」
「なーんてな!」
ウィズと淳介はニマッと笑いながら、大きな袋をベッドに置く。
200,000ガル。その金は我がやっていた仕事の三年分の額だった。
「おめでとうございます!」
「最高だったぜ! あのシャドウの恐怖に満ちた顔!」
そう言って二人はお互いに目を合わせて、また嬉しそうな顔をする。
終始その様子を見ていた我は、しばらくそのまま硬直して、まるで何が起こったのかわからなかった。
そして、事態やっと理解すると、なんとも言えない気持ちと同時に、頑なな表情が少しずつ和らいでいった。そして、やっと言葉が出たのだ。
「そうか……そうか……」
ぎこちなく頬が吊り上がるのがわかる。
これがうれしいという感情なのか。
我は歯を見せて笑うのが苦手だ。
ギザギザとした人間ではない歯をしているからだ。
だが、なんだろうか。
二人の満点の笑顔を見ると、こちらも笑わずにいられない。
我は少々困惑ながら、二人に崩れた精一杯の笑顔を見せる。
「我は……勝ったのだな」
ウィズが一枚の札をベッドに置く。
それに続けて、淳介が言った。
「お前の切り札だ……もうあんな乱暴に扱うなよ?」
我はその札を見つめる。
伏札持ちの戦略札『天使と悪魔の報復』。
コスト10。効果は自分の置き札が2枚以下の時、墓地の枚数分のダメージを直接相手に与える。
永久の墓穴で下から2番目に仕込んだ1枚だ。
その札は独特で、淳介曰く通常の伏札は受けたダメージの処理に関係なく手札に加えられた瞬間に発動できるのだが、この伏札に限ってはダメージの処理が終わってから発動するというもの。
置き札の最後の二枚で我はこれを確実に伏札として発動させて、勝利する。
それが本来淳介が与えてくれた勝ち筋だった。
「淳介……一つ聞きたい」
「ん? なんだ?」
「お前は言ったな……あの時」
――もうお前の勝ちだ、あとは好きにやれ。
焦りと怒りをスッと抜いたその言葉。
我はずっと気になっていた。
「なぜ、我に判断を任せた」
「あぁ、そのことか」
淳介はウィズの肩からベッドに飛び降りると、その場に座り込んだ。
「観客からヒントをもらったのさ、確実に勝ちを拾えるって情報をな」
「観客から……ヒント?」
「覚えてるか? シャドウに負けたやつがどんなやられ方したか」
確か、ムーンシャドウ五体でズタズタにされたとかなんとか言っていた。
我はそのように伝える。
「普通、同名の式狛が五体も並ぶことは確率上まずない……だからシャドウのデッキは初期手札に必ずムーンシャドウがくるように積み込む枚数を多くしていると俺は考えたんだ、それにムーンシャドウ自体のパワーはコストと同じ数値のみ……結果的にお前のデッキと相性が限りなくよかったわけだ」
「なるほど……って、淳介、回答になっていないぞ」
「ん? どういうことだ?」
「我が聞きたいのは勝つ自信があったということではない、なぜ我に全てを任せたかということだ」
「んぁ? なんだよそんなことか、それはな……」
淳介は自信満々にこう言った。
「人の指示ばっか聞いてたら、デュエルやってるお前がつまらないだろ?」
我はその刹那、顔をしかめて見つめる。
そうしているうちにウィズが「ふっ」と笑いだし、それにつられて我も高笑いを上げた。
「な、なんだよ二人して」
「い、いや……お前らしいと思ってな」
「ふふ……確かに、淳介らしいですね」
我ら二人にわけもわからず笑われ、淳介のやつは首を傾げて不思議そうにしていた。
我は置かれた切り札を手に取る。
「ん?」
なにやらもう一枚重なっているようだった。
これは……。
「背水陣だな」
我が言うよりも先に淳介が答えた。
「不思議ですね、あの時あの場所で活躍した二枚がぴったりくっついているだなんて……」
その背水陣の札は、ところどころ文字が擦れていて、説明が読めない部分もたくさんある。
曲がったりはしていないが、使い込まれている証だ。
「そういや、その札を入れたいって言ったのはお前だったな……なんでこんな自沈用札なんかを入れたいと思ったんだ?」
「……」
これはあいつの思いがこもった札。
もう二度と果たすことができないだろうと思っていた約束がこの一枚にはあった。
我は敢えてそうは答えなかった。
「ま、デュエルに興味がなかった我が唯一入れてみたいとおもった札、それだけだ」
「そうなのか……でも、その効果はだいぶ盤面に影響を与えるから、結構好きだな」
「あ、私もそれ思いました!」
二人が楽しく話している。
我はそれを見て、ドッと疲れが湧き出てきた。
ダニー。あれからもう500年は経っているな。
確かお前は言っていたな。
『もし祈るのだとしたら、彼女には幸せになってほしい』とかなんとか。
相変わらずお節介だな、お前は。
悪魔の我でも、幸せくらい自分で掴める。
見てみろ。こんなにも素晴らしい仲間が二人もいるのだ。
だから夫婦共々、そばで見守っていてくれ。
お前のマスターカード効果は『相手の式狛は可能であればマスターカードを攻撃する』なのだから。
フォルスワール @nannshi606
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