第18話 生命が恐怖するもの
「我のターンッ!」
マスティマが札を1枚引く。
「おいばか」
「ん? なんだ、何かしたか?」
ジャッジのあの男がこっちを見る。
そりゃそうだ。
「ドロー枚数の宣言をしとけっ……」
俺は聞こえないようにフォローを入れた。
相手から何枚引いたかが見えない状況にある。
1枚引くか2枚引くか引かないかを選べるドローフェイズでの宣言はとても重要だ。
「す、すまない……1枚ドローを宣言する」
さっきまでの歓声とは裏腹に、辺りが静まり返る。
みんな違和感に気づきだしたか。
「ではいくぞ! コスト1で召喚札を使う!」
今度はしっかりと手札を見て札を行使した。
出したのは式狛の『血みどろの殺人鬼サニー』。
コスト1のパワー2で耐久力2の悪魔族。片手にナイフを持った血だらけの小悪魔だ。
見た感じだと序盤にしては攻撃力が高いが、こいつには欠点がある。
「よし、攻撃し……」
「アホッ!」
俺はマスティマの耳元で怒鳴り上げる。
やっぱりか。見てられない。
「式狛はこのターンに攻撃できねーんだよ!」
ここら辺は初心者でも公平に見たら誰でも気付くはずだ。
こいつはどこか都合のいいことを悪魔っぽい考えしやがる。
その痛恨すぎるミスに観客がどよめき始めた。
ヤバイ。これは想像以上に俺が指示しなくちゃならないな。
「お……あ、あぁそうだったな……すまない、ターン終了だ」
そのぐだぐだとした言い回しからシャドウも首を傾げる。
恐らく、勝利を確信したのだろうか。
余裕のあるスマイルを浮かべる。
「おやおやぁ? 貴方様はもしや、デュエル初心者なのですかぁ?」
「な、なにを言う! 少し口が勢いのまま突っ走っただけだ!」
口が突っ走ることに俺はつい自分の戦略を滑らせてしまうんではないかという不安が過ぎる。
ずれたスタートダッシュから次は相手側だ。
「私のターン、ドローは2枚を宣言!」
札を2枚引いて、1枚に手をかける。
コスト1の札があったか。
「ゲシシシ……こちらも召喚札、いでよ『ムーンシャドウ』!」
地面からゆらりと黒色が上る。
それがだんだんと片刃剣を持った異様な戦士に変わった。
パワー1の耐久力1。
なんの変哲もないアタッカーだが、あれはローレルの札屋で展示されていた召喚札。
その効果をよく覚えている。
「さぁいけ、ムーンシャドウ! サニーを攻撃!」
「なっ」
マスティマがその無意味さに驚いたのだろう、声を上げる。
だが、俺の思った通りの動きだ。
基本的にライフである置き札を減らすのが勝利条件のこのルールで、召喚札同士の衝突では置き札は減らない。
パワーはこっちが勝っているから、このバトルでサニーが破壊されることはない。
サニーとムーンシャドウはお互いのナイフと影の片刃剣で一振り、切り合う。
ムーンシャドウが形を保てずに崩れ去った。
そして。
「ゲシシシ……」
「なななぁ!?」
召喚札、ムーンシャドウはシャドウの手の中に戻っていく。
そりゃマスティマも驚くよな。
俺もコスト1であれはぶっ壊れだと思ったからな。
あの召喚札は破壊されると“手札に戻る”。
軽コストの癖に何回でも使いまわせるわけだ。
つまり実質手札は減らない。
1ターン目からこれを見れるってなると、やはり動きはアグロ。
だが、ウィニーの時みたいに使い捨てじゃない。
リペアの効くアグロ、とでも言うべきか。
「おい……淳介」
「なんだよ」
「あいつ、召喚したばかりなのに攻撃してきたぞ?」
「は?」
まさかマスティマが驚いてたのは。
そう思うより先にマスティマの方が叫んだ。
「あれは反則ではないのか!?」
「だから後攻は式狛の攻撃が可能なんだっつ……あぁくそぅ!」
もうだめだ。完全に初心者ってことがバレた。
どよめきが一気に罵声に変わっていく。
「おい、あいつ大丈夫か?」
「いや頭おかしいだろさすがに」
「だよな、まるでルールを知らないみたいだし」
「おい、悪魔の女ぁ! こっちはお前に賭けてるのに、金が吹っ飛ぶだろうがぁ!」
「そうだそうだ! ルールもわからねーできてんじゃねぇぞアマぁ!」
あぁ物が。食い物のカスらしきものがこっちに飛び交う。
というか、やっぱりここは賭博会場の場になっているのか。
さすがにこの状況、マスティマはショックだろうな。
と、俺はマスティマの顔を見る。
「……!」
ギロリと観客側を睨むその面構え。
その顔は殺意が丸出し。
俺は拳を固める様子を確認するなり、いよいよどう止めるべきか迷い、焦った。
とりあえずでこの言葉が出る。
「落ち着け……マスティマ」
聞いたのか、握り固める左手を緩めた。
「ゲシシ……私はこれでターン終了です、さぁ初心者悪魔さんあなたのターンですよぉ?」
「マスティマ、あんなデュエルに参加もしない奴らなんてほっとけ……お前は」
「我の……ターンッ!」
そう、それでいい。じきにマスティマの時は来る。
俺はにやりと頬を釣り上げながら、シャドウの様子を見た。
あっけらかんと自分の影を伸ばしたり縮ませたり、持て余している。
その面がどう消えるか、見物にしておかないとな。
「我はドローをしない」
いやしておくべきだ。まだ手札にあれがない。
だが、マスティマに聞く耳はないようだ。
続けざまにメインフェイズも飛ばして場に指示を下す。
「いけぇ、サニー! あいつの首跳ね飛ばしてやれ!」
命を受けて、殺人鬼サニーはシャドウに向かって走り出した。
「きゃははははーは」と高い奇声を上げて嬉しそうに首をはねる。
別れた黒がボトッと質量のある音を立てて落ちた。
「ふん……無様だなぁその初心者とやらに攻撃されてライフ差なら我が勝っているぞ?」
これで相手の置き札が削られる。さっきのドローも合わせて残り36枚。
そして攻撃終了時。
「はっ! ……ぐっ」
戻り際にマスティマの腹へ一撃。その攻撃はサニーのものだ。
サニーは使役したマスターカードにパワー分のダメージ与え、墓地に送られる。
これがサニーの追加コストということだ。数値が高いのはそのせい。
傷口からドクドクと血が流れるが、マスティマは平然としている。
タフさだけは一級品ってことか。さすがは戦闘派だ。
「こっちのターンは終了だ……さぁ貴様のターンだぞ、いい加減死んだふりをするのはやめてくれないか?」
「気づいていましたかぁ……」
転がり落ちた首がぴょんと跳ねる。
頭のなくなった影とくっついて、頭が再生した。
なるほど、これは厄介だ。
あいつはダメージを受けても何一つ怖くない。
そんな再構築型の身体をしていやがる。
対してこっちは受ければ傷が癒えることは一切ない、マスティマのスタミナ任せだ。
できれば早期に決着をつけたいところだが、今マスティマの手札にはあの札がない。
次のドローでくればいいが……。
「では、頭もくっついたところで、私のターンですねぇ……」
「さっさとしろ……いちいち丁寧すぎるのだよ貴様は」
「そう急かさないでくださいよ……さてさて、どうしましょうねぇ……ゲシシシシ」
ドローするか迷っている。
札を置き札から引くっていうのは同時にライフを削ることでもある。
だから手段がある場合は、引かないのも手だ。
ということは、手札に既に何らかの手段があるということなのか。
「では、ドローはしないことにします、そして召喚札を二体出しましょうか」
出たのはさっきのムーンシャドウ二体。
なるほど、手札に二枚握っていたということか。
ものすごく厄介だ。
除去しようにも、あいつらは手札に戻る。
「さぁて……ではこの私、シャドウのマスターカード効果を発動させていただきますよ、ゲシシシ……」
そう言ってそのままシャドウは言い渡す。
「ムーンシャドウ二体で攻撃!」
「っ!」
「……を宣言した時、代わりに破壊することで効果を発動させていただきます! その効果は『影討ち』!」
ムーンシャドウが破壊と同時に手札に戻っていく。
そしてファンキーな猫顔が牙をむき出しにしてこちらに襲い掛かる。
「こ、これは!」
手札を二枚噛みつかれて、墓地に落とされた。俺はこの動きを身の毛もよだつほどよく知っている。
ハンデス。しかも相手側にこっちの手札を選ぶ権利がある方だ。
なるほど、だからムーンシャドウを二体というわけか。
マスティマの方は起こったことに驚いているようだが、俺はもっと状況が悪化したことを思い知らされる。
そりゃ環境もとれる。動きが強すぎてどうしようもない。
あそこのジャッジがいい勝負とか言っていたが、間違いなく嘘だろうな。
「淳介、こんなのありなのか? 明らかに反則だろう!」
「気持ちはわかる……だけど、その追加コストとして式狛を自沈させるやり方……特にずるいとは感じない」
問題はムーンシャドウは破壊されたら手札に戻るということ。
このままじゃマスティマの手札は一方的に使わず墓地に行ってしまう。
それだけじゃない。
「これで私のターンは終了……ゲシシシ」
ニヤニヤしている辺り、むかっ腹が立つ。
そうだ。もうこっちはシャドウの術中にあるということだ。
「我のターン!」
俺はマスティマに小声で言った。
「マスティマ、二枚ドローだ」
「あぁわかっている、二枚ドローを宣言だ」
シャドウの表情からあいつの言いたいことを俺が代弁すると、『おやぁ? 本当に二枚ドローでいいんですかぁ?』ってところだろうか。
恐らく、あいつはもうムーンシャドウを引いては自沈を繰り返していくだけだろう。
思い出してもみればすぐわかることだ。
この世界のデュエルでは、“同じ札の使用枚数に制限がない”。
つまり、あいつのデッキはおそらく大量にムーンシャドウを積んでいる。
あとはこっちの手段がつぶれていき、置き札が少なくなったところで一気に殴り通す。
命名するなら、ハンデスアグロビート、といったところか。
俺が生きていた頃だったら発狂ものだ。
「なぁ、やっぱあの動きは卑怯じゃねぇか?」
「ほぼ一方的に手札がなくなっていって、ドローで補充しようにもムーンシャドウが三体並んだらあとは置き札が切れるまでムーンシャドウ破壊するだけだもんなぁ……あの悪魔の姉ちゃんも可哀想になぁ」
「もうすぐ降参するさ、さっきも最後にムーンシャドウ五体でズタズタにされてたからなぁ」
「ちぇ、つまんねぇ……これでまた金が吹っ飛ぶわ」
観客もいよいよ白けてきたか。
まぁそのほうがこっちはイライラせずに済むんだが。
さて、マスティマは俺の指示待ちのようだな。
「まだあれがない……とりあえず場にその式狛を出しとけ」
「こいつか、我はこの召喚札を使う!」
キキキと蝙蝠たちがどこからともなく集まっていき、人の姿を形どっていく。
こいつはコスト2、『夜襲のドラキュラ』。
悪魔族でパワー2の耐久力1。
少し耐久面で薄いが、効果は軽コストながら優秀だ。
攻撃して、相手の式狛を破壊に成功した時、墓地の札を1枚置き札の一番下に戻すという効果。
簡単に言えば、ライフを回復できるのだ。
まぁ攻撃できればの話になるが、相手に軽くプレッシャーを与え、除去を誘うことはできるはずだ。
「この場合、こいつに攻撃権限はあるのだったな?」
「あぁ、今あいつのフィールドはがら空きだ! マスティマ、攻撃いくぞ!」
「うむ、さぁドラキュラよ! マスターカードに向けて攻撃!」
爪を立ててシャドウに襲い掛かるドラキュラ。
その鋭い一撃が黒い胴体を布切れのように掻っ捌く。
だが、その切り口は瞬く間に再生した。
余裕の表情。そのまま置き札を2枚引いてすかさず捨て、左手で脇腹を少し押さえるマスティマを見て不敵な笑みを浮かべる。
俺もシャドウも気づいている。今どっちが不利な状況にあるかをだ。
「これでターンは終了だ」
「ほぉ……それだけですか、では私のターンと行きましょう、ドローはしません」
残り34枚。マスティマが35枚。
決して大差はないが、手札ではこっちが5枚であちらが7枚、若干だがシャドウが有利だ。
だが、それはあくまで状況的建前。結局動きは変わらない。
ドローはせず、またシャドウは三枚召喚札を出す。
「ゲシシシ……」と笑いながら、出てきたムーンシャドウに攻撃をさせ、マスターカードの効果を発動。
「ゲーッシッシッシ!!」
さっきと同じようにムーンシャドウを破壊した分、三枚の手札を墓地に送る。
逝ったのは召喚札が2枚と戦略札が1枚。
これでこちらの手札は2枚だ。
シャドウのターンはこれで終了。
「さぁ、どうしますかぁ? もしそちらがいいのであれば、降参してもいいんですよぉ?」
「……」
マスティマのコメカミから血管が浮き出ている。
相当頭にきているようだが、俺はその気持ちがよくわかる。
恐らく、シャドウにはこの怒りがまったくもって理解できることはないだろう。
理由は簡単。やられたことがないからだ。
環境デッキを握って自慢げにしているやつはいつだってこう思っている。
「〇〇ゲー」と。
かつての俺がそうだった。
何をするにも強い動きで作業の如く相手をひき殺す。
それが面白いと思っていた。
死ぬまではな。
「マスティマ」
「なんだ淳介、指示がないなら話しかけるな!」
「まぁ落ち着け……一ついいこと教えてやる」
俺はマスティマの耳で小さくささやく。
「……すぅー……はぁー……」
効果絶大か。マスティマは落ち着きを取り戻す。
「我のターン!」
ここでのドローは2枚。宣言をし、マスティマは置き札から引く。
思えばもうコストは4。ターンも進んだものだ。
そしていよいよ次のターンに本領を発揮できる。
マスティマは続けざまに言った。
「我は置き札より2枚ドローを宣言っ!」
腰の置き札より2枚引いて、手札に加える。
俺はくわえられた札を見て思わず、「よし」と声が出た。
「使え、マスティマ!」
「うむ、ではいくぞ、我はコスト3を使い戦略札『永久の墓穴』を発動!」
「ん?」
シャドウは首を傾げた。
その顔からして、効果を知らないと見える。
全く、しょうがないやつだ。
それで環境の中心にいるんだから困る。
俺はそいつに向かって言った。
「教えといてやる、永久の墓穴は発動時に、追加コストとして置き札の半分を墓地に送る戦略札だ」
マスティマは手札を口で控え、置き札33枚の内の半分(端数の場合は置き札にあまりを置く)、16枚を別のホルダーに送る。
「そして、その効果は……置き札の中から三枚を指定し、置き札の好きな場所に戻すことができる」
効果通り、マスティマは置き札から三枚選び、それを好きな場所に入れ替える。
なんとか一方的なハンデスをされる前に状況は成立した。
まだ不安はあるが、これで一気にこっちの手玉を運用することができる。
「一気に置き札を17枚にしてくるとは……気でも狂いましたかぁ?」
「そうだと思うなら、攻撃してみるといいさ」
手札を整え、マスティマはターン終了を宣言する。
観客からざわざわとやらかしたことを騒がれているが、もう何も気にしない。
なぜならこっちを術中にハメたように、こちらもシャドウを戦略内に取り囲んだのだから。
「では、そうさせていただきますよぉ?」
シャドウは前ターンと同じく、置き札からドローはせず、ムーンシャドウ2体を召喚。
残りコストは2だ。
「さらに私は戦略札、コスト2を支払い『ドッペルミラー』を発動させていただきます」
「ドッペルミラー?」
俺の知らない札だ。
「ゲシシシ……教えて差し上げましょう、ドッペルミラーはコストを好きなだけ支払い、置き札より場の式狛と同名の召喚札を支払ったコストの合計分だけ場に出せる札です」
「な、なに!?」
コストに指定がない戦略札。
この場合は支払ったコストは2。
場にムーンシャドウがもう2体出現する。
「さてと……では、攻撃させてもらいましょうかぁ……いけっ! 4体のムーンシャドウ!」
まず1体はドラキュラと相打ち。
そして3体のムーンシャドウが襲い掛かる。
しまった。こうも一気に攻撃を受けたら……。
ドス、ドス、と。
左腕、脇腹、そしてもう一撃の黒い影の剣は、頬をかすって通り抜ける。
「ぐっ……」
「っ……マスティマぁ!」
特に左腕が重症だ。この状態じゃまともに動かせない。
「ゲシシシ……おやおや、困りましたねぇ」
「困りましたじゃねぇ! お前、わざとやったな?」
「わざと? はて? ダメージを受ける側のどこが傷つくなんて、そんなの運ですからね、私を責められても困りますよ?」
ジャッジもこれに関してはスルーしている。
クソッこれじゃ勝つ前にマスティマがデュエルを続行できなくなる。
残り置き札はムーンシャドウ三体の攻撃を受けて14枚。
そしてマスティマはまた手札を口に控えてダメージ分の三枚を引く。
さっき仕込んだうちの一枚がたった今きた。
伏札持ちの戦略札『静止の鎖』。
相手はこのターンに攻撃をできなくする時間稼ぎの札だ。
だが、今になっては意味がない。
この札をセットしたのは置き札の上から三枚目。
つまりダメージを受け切った後だ。
こうも一気に横に並べてくるのは想定外。
俺の失態だ。
「……!」
俺はその札に目を疑う。
それは、俺が入れた札ではなかった。
いや、正確には入っていた札。
マスティマがどうしても入れたいと言ってた一枚だ。
勝てる。だが、とてもリスクが伴う。
それはデュエル上でのリスクじゃない。
マスティマは口に控えた札を右手に収める。
「私のターンは終了です……ゲシシシっ……ずいぶんと苦しそうですねぇ」
マスティマは何も答えずにシャドウを睨んだ。
「ゲシッ……気に入らない目ですねぇ」
「貴様は……こんな痛みを感じたことはないだろう?」
「はい? まぁそうですが」
「……なるほど、通りで弱いわけだ」
その明らかな挑発の言葉に、シャドウの眉間にしわがよる。
「聞き捨てならないですねぇ……この状況でその減らず口は自分がその後にどうなるかわかって言っているのですか?」
「同じだ」
「ん?」
マスティマは静かに手札から一枚、口で抜き取る。
「我はずっと、疑問を持っていた……我がマスターカードである意味、こんな弱小効果でコロシアムに参加できる権限がある意義を……だから我は捨てよう努力してきた、マスターカードということを隠し通して生きていこうとしていた……だがな、それはただ自分の弱さから逃げようとしていただけだったのだ」
「マスティマ……」
「シャドウ、確かに貴様は強い……だがそれでも我は貴様を弱いと言い続ける、なぜだかわかるか?」
「さぁ? 理解しかねますね……」
「そうか……なら言ってやる」
マスティマは手札を捨て札用ホルダーにしっかりと入れ、右手で腰の剣を抜いた。
「下がっていろ」俺にそう言って地面に下ろさせ、そして、こう言い放ったんだ。
「弱小の我を――面白い能力と言ったやつがいるからだっ!!!」
戦略札が、発動する。
そのコストは5。
マスティマと同じコストのその名は『背水陣』。
効果は相手の場にある一番多い式狛を参照し、デッキ、手札、墓地にある同名の召喚札を全てだし、強制的にバトルする。
「さぁだせっ! 今まで出したことはないだろう!? 全力をぉ!!」
「ゲシ……ゲーシッシッシッシ!!!」
場のムーンシャドウも含めて16体。
ありえない数を詰め込みやがって。
ムーンシャドウたちは、それぞれ剣を持ってマスティマに襲い掛かる。
「うおおおおおおおおおおおおおお!!!」
伸び縮みする影たちが、雨のように降り注ぐ。
だがそれを確実に、一体……一体ずつ仕留めていく。
それがマスティマの効果。
だが、傷がついていくのは変わらない。
マスティマの置き札も順々に減っていくんだ。
同時にシャドウのライフも削れていく。
13、34、12、33、…………。
「おいおい、このままじゃ負けちまうぞあの悪魔の姉ちゃん」
「でもなんだ、負けちまうのに状況が不利には見えねぇぞ?」
「あぁ……むしろ圧してるように見える……」
そう、確かにマスティマはデュエルでは弱かった。
それは初心者ということを知っていた俺が百も承知だ。
しかし、デュエルではなく決闘ならどうだ。
俺はその実力を知らない。
本気を出したマスティマがここまで恐ろしい動きをするなんてのは、ウィズでさえ知らなかったことだ。
だが、とうとう場的有利が崩される。
針のようなムーンシャドウの一撃が、右腕にヒットした。
手から離れた剣が宙を舞う。
「ぐっ……がむっ!!」
両手が使えないなら口。
剣の柄を宙で噛み拾うと、また一体、また一体と潰していく。
そして、ムーンシャドウ二体が残った。
激しい攻防でマスティマの辺り一面に土煙が立ち込める。
観客は次々に言った。
「どうなった?」
「一体どうなったんだ!」
そのざわめきで、マスティマが負けたとは誰も言わなかった。
いや、言えなかった。
そこのジャッジ以外、俺も含めてだ。
そして、静かに土煙から一枚の札がヒラリと舞う。
『最後の望み』という戦略札。
コスト7、マスターカードもしくは式狛1体を対象にパワーを2倍にする効果。
「シシ……シシシシシ……ゲーッシッシッシ!!」
シャドウはその札を踏み潰した。
なるほど、よくできた決闘だ。
誰もが魅入り、声も出せない。
「だが……」
「……ぉおぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
土煙が風のように切り裂かれる。
シャドウの笑い声はそこで映像が停止するように止まった。
走る力に使用不能の腕を任せ、瞳をギラつかせた地獄の番人。
そいつは剣を咥えていて、シャドウの首をまるで獲物狩るように、跳ねた。
その顔は、初めて殺されたような、ひどく歪んだ恐怖の顔をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます