第17話 決戦を前に
日当たりの眩しい時間帯。俺はネル婆さんの札屋の2階で机に座り込んで、新聞を眺めていた。
転生前はここまで新聞を読むことはなかったが、この世界の新聞は、見ていて面白いんだ。
特にこの記事。
『食い繋ぎ、禁忌1へ』。
まぁこうなるだろうなとは思っていた。
禁忌1っていうのは、1枚以上デッキに組み込んでいたらレギュレーション違反になる。
つまり、制限カードだ。
基本的にここの札は、デッキの枚数に指定がないためか、同じ札の制限はないに等しい。
そんな中で記事にも書いてあるが、これが初めての禁忌指定だという。
俺は少し首をそり上げた。胸を張っているつもりなのだが、誰から見てもそうは見えないだろう。
初めてだった。自分がきっかけに制限が決まることが。
誇らしげに思いながら、やっぱりかーと残念な自分もいる。
この歴史を動かした感と残念感が妙に複雑な気持ちを生み出してたまらない。
ただ、そこで見ている奴はほとんど噂してない。
そこに違和感を感じるが、今は仕方ないんだろうと思った。
俺はそんな考え方も少しずつ変えていきたい。
なぜなら、その力がデュエルにはある。
そして、今日。
新たに歴史が動くかもしれない。
「準備はできたか?」
「ふん……ずいぶんと気分が高揚しているな」
マスティマはそう呆れるが、テンション上がらないわけがない。
新しいデッキを組んで試さないのは熱意がないやつだ。
そして、その熱意を持ったやつが俺以外にもう一人。
だけどウィズの方は、表面は不安でいっぱいなのか、カチカチに固まっている。だが、顔を真っ赤にして口がニヤニヤしてるのを見ると、相当気分が上がっているのだろう。
本当にこいつとは気が合う。
「え、えーっと……今回は馬車を頼めなかったらしいので、私の魔法でコロシアムまで送りたいと思います」
「え、ヘロちゃん呼べなかったのか?」
わざと大きな声で言ってみる。
そういや、ウィズは魔術師なんだったな。
札以外で使う魔法は初めてみる。
一体どんなものなんだろうか。
魔法って言えば、カッコいい詠唱方法だよな。
カードの命名とかを思い出しながら、俺はそのウィズの魔法に少し期待していた。
「それじゃぁ……いきますよ!」
スゥっとウィズは息を吸い込む。
本人も魔法を使うのは久しぶりのようだ。
高らかに手を掲げ、大きく叫んだ。
「飛べ……私たちを目的の場所へ! はぁー……」
床から魔法陣が出現する。
だいぶ本格的だ。
ウィズは息を吐き終えると、スッと唱える。
「ナマムギナマゴメナマタマゴ、ナマムギナマゴメナマタマゴ、ナマムギナマゴメナマタマゴ!!」
えっ……と一気に気が抜ける間もなく、俺たちは見えない力に引っ張られる。
そして、身体が飛び上がると同時に、そこは既にコロシアムの入り口前だった。
「なんだよ、今の」
「魔法ですけど……」
緊張が一気に無為になった俺に向かって首を傾げるウィズは、キョトンとして、それが当たり前のような顔をしている。
「えっと……魔法っていうのは、言霊の力を借りるものなんです。だから私はワープする分の言霊を吐き出したというわけです」
「……それはつまり、ここにくるまでの言霊がその早口言葉三回分だっていうのか?」
「はい、そうですよ?」
ウィズが言うには、この世界でいう魔法とはすなわち言霊のことで、その効力を一番高めてくれるのが早口言葉らしい。デカイ魔法を使おうとする場合、人数も必要となる上に、同時に早口言葉を言わなくてはならない。今回はそう遠くはない場所へのワープだったが、星の反対側まで行こうとなると、十人の魔術師が同時にさっきの早口を言わないといけないとか、別に早く言えれば一人でも可能とかなんとか。
まぁそれはともあれ、辿り着いた。
中から歓声が聞こえる。誰かがデュエルをしているのだろうか。
俺はマスティマの肩に飛び乗る。
「マスティマ……最初に言っておく」
「なんだ?」
「今回、戦略はすごい簡単だが、お前が傷つくことは避けて通れない……だから、もしそれが嫌なら、今からでも引き返していいぞ」
「……ふん、それは悪魔に対して心配をしているつもりか?」
まぁ元からウィズより戦闘に優れているからな。一応と思って忠告しておいたが、そんなことをする必要はないみたいだな。
「さぁ……お前の歴史が新たに始まるんだ!」
目指すは勝利。
それもただの勝利じゃない。
マスティマ、いや、悪魔らしい勝ち筋だ。
俺たちは入口を進んでいく。
すると、光をバックに立ちふさがる男の姿があった。
特徴的な白いコート。それは俺が見ても誰だかわかるものだ。
「あ、あんたは……病室にいた」
「やぁ、久しぶりだね」
ウィズが震えながら、マスティマの後ろに隠れる。
あの時は俺を連れて行こうとして、ウィズが邪魔に入った。
今日は根に持って来たのか。
「何の用だよ……あんたのことならロストってもう知ってるぜ」
「いや、君に用事はないんだ……今日はただのジャッジだよ、今行われているデュエルのね? いやぁ君たちのおかげで、デュエリストも増えてくれて感謝してるよ……」
「そのジャッジが、なんで俺たちの歩く道をせき止めているんだ?」
「おっと……これは失礼、ジャッジはもう一人いるのさ」
大きく歓声が上がる。向こうから誰かトボトボと歩いてきた。
「決着がついたようだね、経過ターン数は8ターン……だいぶいい勝負だったね、けど相手はこれで5連勝。今回勝ち抜いている者は、とんでもなく強いよ?」
そいつは、まさに死に試合をしたというほど身体中傷だらけだった。
手足から血を流して、辛うじて足が動いているような状態。
俺は目線を下す。
デッキは40枚か50枚。
あれだけライフを多く取っていて負けるとなると、やはり相手はアグロか。
だが、ウィニーの時みたいな理不尽さは少なくともない。
俺は確信する。
こっちの勝率は限りなく高い。
「さぁ、挑戦者の君たち、前へ出てください?」
「淳介、マスティマさん、頑張ってきてくださいね」
「あぁ……」
ウィズはマスターカードだ。挑戦者の二人以上の入場はできない。
心配そうな顔しているが、俺は言った。
「大丈夫だ、この前みたいには行かないようにするさ」
対照的にマスティマは何も話すことはなかった。
日が眩しい。俺たちが入場すると同時に大歓声が起こる。
この前とは大違いだな。
そして、肝心の対戦相手は。
「……?」
いない。
連勝中と聞いたが、俺たちの入場を拒否しなかったということは、応じたはずだ。
だが、向こう側には誰もいない。ただ、一つ違和感があるとすれば。
「なんだあの真っ黒くて丸いのは?」
通常対戦相手が立っている場所に、黒い丸のような影がある。
よく目を凝らすと、その影はうねうねと動いている。
「そういうことか……」
うねりにマスティマは銃で撃ってみせた。
撃鉄とともに飛んでいく銃弾をその影はひょいっとかわしてみせる。
「おやおやぁ……あっぶなーい」
「淳介、そいつが対戦相手だ」
ヌッとその黒が飛び出る。
そして、なんともファニーな顔をしたキャットに変貌した。
「ゲッシッシッシッシ……」
その笑い声も実に変だ。
そいつは深々と礼をする。
「私はシャドウ、まんまなんて言わせませんよ? ゲシシシシ」
「こそこそして、ずいぶん見上げた態度を取るではないか、そんなに自信があるということか?」
「どうでしょうねぇ……でも、わたくし今5連勝中ですからね、ゲシシシシ」
マスティマとシャドウは自分たちのデッキをシャッフルしていく。
真ん中にさっきの男がいた。
今回はきっちりジャッジがいるのか。
ロストってことを除けば、少しはマシなデュエルになるな。
シャッフルし終えると、二人は腰のホルダーに差しこむ。
男が叫んだ。
「左翼前、シャドウ! 右翼前、マスティマ! デッキ枚数はともに40枚、両者準備はよろしいでしょうか?」
両者が手札を5枚引く。
準備は整った。
いよいよ始まる。
「それでは、挑戦者側を先行とし、開始します!」
「「――デュエルッ!」」
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