第16話 その札、凶悪につき
俺は、いつもウィズの肩から見ていたせいか、すっかり忘れてた。
札の入った籠がこんなにも崖の上にあるように見える。
「と、とりあえず……下の籠なら」
俺は口で整然と並ぶ札の籠を一つ引っ張り出した。
取るのにこうもだるいと、人間の身体が懐かしくなる。
さぁ中身は……。
「あっ……」
これは緑の籠。召喚札の籠だ。
よくみると、下段は全て同じ色の籠。
俺は少しイラっときた。
この召喚札は、売れないから下段なんだ。
よくあることと言えばよくあることだが、猫にとって不自由でしかたない。
だが、猫基準で作られていないと正当化したら、一気に疲れが出た。
いつかはこの召喚札も使ってデッキを組んでみたいものだ。
それにしても、と俺は札をページのようにペラペラ不器用にめくっていく。
「ずいぶん大変そうだな、淳介」
見上げると、そこにはマスティマが立っていた。
ウィズの姿がない。
俺がキョロキョロしていると、マスティマは言った。
「ウィズなら食休みをとってから来ると言っていたぞ」
「そうか、悪いなマスティマ、二段目にある戦略札をとってくれないか?」
「かまわないが、地べたで見つけるのもどうかと思うぞ?」
俺の襟首をつかむと、マスティマは徐に自分の懐へ入れようとする。
「ちょ、ま、待て!」
「なんだ? 恥ずかしそうな顔をして」
猫でなくてはこういう体験はできない。
だが、俺にはまだ早すぎる。
「肩でいい! 肩でいいんだ」
「遠慮するでない……たまには肩より楽な場所でもかまわないだろ」
「いや、そうじゃなくて……あっ」
俺はすっぽりとマスティマのデカイ懐にしまい込まれた。
異種であることで、たぶん性的な辱めを感じないんだろうか。
俺は元人間だから、この状況はかなり色んな意味できつい。
体が熱くなってきた。足の裏が妙に蒸れる。
夏って気温でもないのに、猫だとここまで温度差が違うのか。
いや、元々のこいつの体温が人間より高めなんだ。
だからだいぶ熱いのかもしれない。
「ほれ、戦略札の籠、とったぞ」
「あ、あぁ……めくってくれ」
まぁ楽な位置から見れるが、なんだろうこの背徳感は。
猫の道を外れては、これはいないのか。
「ん?」
ふと、むしむしする懐の中で一枚の札に目が釣られる。
「二枚、三枚めくり戻ってくれ」
「こうか?」
その札は伏札付きのモノだった。
かなり限定的な条件の札だが、その効果は絶大。
決まれば一気に勝ちをとれる。
それがわずか100ガル均一にあるのか。
俺はニヤリと笑う。
「なぁ……マスティマ」
悪魔のようなスマイルで俺は、マスティマに言って見せた。
「悪いことは……好きか?」
だいぶ日が暮れてしまった。
俺たちは門の前で馬車を待つ。
ウィズのポシェットは、だいぶ中身がパンパンになっている。
中身は全部札だ。
ほぼマスティマが代金を払うハメになってしまったが、当の本人もご満悦のよう。
「にしてもいいのか? 俺たちの札まで買いこませてもらって……」
「せめてもの礼だ……気にしなくてもよい、それに……コロシアムで勝てばチャラだしな」
自信満々なのはいいが、まだ肝心の内容を全然話していないのに、どこか抜けている奴だ。
しかし、あれほどアグロ環境による影響があるとは思ってもみなかった。
ただの能力もない召喚札がコストが低いということだけで500ガル以上する。
前々から思うことだが、アグロを選択せずに、自分の戦略で勝とうとしている奴らが少なすぎるのだろうか。この世界の住人はどこか先陣切っていく心意気の持ち主がほとんどいないと見える。
そう考えると、こいつらはなぜか心の底から頼もしいと感じる。
自分の戦略があるウィズ。
まだ環境を知らないにしろ、しっかり向き合うつもりのマスティマ。
こういうやつがこれから増えてくれりゃ、もっともっと俺のやりたいデュエルになるんだがな。
「お、きたみたいだな」
いつもの無愛想な御者の男。
乗りやすいように止めると、やはり男は言った。
「さっさと乗れ」
その冷たい一言にも、いつの間にかずいぶん慣れてきた。
マスティマのやつは相変わらず舌打ちしながら乗り込む。
俺もウィズの肩に乗り、後に続いた。
俺達が座ると、馬車は少々急ぎ気味に走り出す。
「いつもありがとうございます」
ウィズは何も言わないその男にお礼を言う。
あまり反応は示さないが、帽子を小さく整えた。
だが、俺やマスティマが男を見ると、やっぱりギロリと睨むだけで何も返してこない。
これで乗るのは三回目だが、そういえば名前を聞いていなかった。
「なぁ、ウィズ……」
俺は男に聞こえないよう、ウィズに聞いてみる。
「あいつの名前、なんていうんだ?」
「ヘロちゃんですよ?」
突然、馬が急停止する。
「うわっ! なんだ、まだ何もしてないではないか!」
「……」
こっちを見るなり、ヘロと呼ばれた男は口をへの字に曲げて嫌そうな顔をする。
「ぷっ……あっはっはっはっはっは」
思わず俺はその変顔に笑い出してしまった。
たった一瞬だったが、俺の記憶に深く刻まれることになる。
ヘロも仕切りなおしたのか、馬にもう一度鞭を入れると、さっきよりもスピードを上げた。
「ね? いい人でしょ?」
ウィズはそう言って、俺やマスティマに笑いかける。
どこか前向き過ぎていつも驚かされるが、ウィズの言うことはいつも正解だった。
だから俺は、ウィズのそういうところに関心している。
生きている時に、これくらい前向きに誰とも話せていればなぁ。
そう思うのだが、生前の俺にも、死んだ俺にもまだそう上手くはいかないものだ。
だけど、一つ勉強になったのは、話せば伝わることだ。
マスティマのことも、自分から話に行ったことで少しだけだが、理解し合える仲になった。
俺、まだお前のようにはなれないかもしれないけど、この世界で会うまで、少しは成長しておくからさ。
待っていてくれよ、亜紀。
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