第15話 繁栄の街
まず目に入ったのは、中央にあるデカイ噴水だった。
白い大理石と思われるもので作られたようで、その表面は太陽の光に反射して輝いている。
それだけじゃない。俺には芸術はわからなかったが、中央には、女神の像が置かれており、それが持つ小坪から水が湧き出るようになっていた。
ところどころに木が生え、住居に浸食してる建物も何件かあるが、その姿は自然とともに生きているといった街だ。
「まるでロックフォードとは正反対だな……」
「そうですねぇ!」
「……」
なんだ、マスティマのやつは感動なしか。
そういや、一度来たことがあったんだっけな。
「だいぶ懐かしいのか?」
俺は率直に聞いてみる。
「いや、そうではない……」
険しい表情をしているが、その言葉は落ち着いている。
何か違和感でもあるんだろうか。
「とりあえず、札屋を探すか」
俺はウィズの肩に飛び乗る。
今日はいつもよりしっかりとしがみついた。
歩き出し、少し根っこなんかが蔓延る大通りに目が慣れてくる頃、ちょうど道が交差する場所の、赤い木の実が成るその場所に、札屋はあった。
「あそこですね!」
「そのようだな」
マスティマの返事を聞く前に、ウィズは走り出した。
中へと扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは!」
男の店員の挨拶に笑顔で返すウィズ。
そして、もう一人後ろから。
「……」
物静かに入っていく紫の影。
店員には既に見えていたのか、挨拶を返されることはなかった。
すごい綺麗な売り場だ。
ネル婆さんのとこもこれくらいきっちりしてはいるが、建物が老朽化してるせいもあって、ここまで壁も床も綺麗じゃない。
ウィズと俺は、籠に入った札を見る。
すごい札の量だ。そして、どれも綺麗に整っている。
ばら売りの安い値段のやつは、俺の通っていたカードショップでは色が混ざっていたりもしたが、ここはそれさえもない。きっちり整頓されている。
この青の籠が戦略札。赤が伏札か。
「ウィズ、こっちの緑の籠はなんだ?」
「あぁ、それは召喚札です、これがあれば場に式狛を出して力を貸してくれます」
所謂、俺の頭にある知識でいう、モンスターカードみたいなものか。
右に目をなぞると、戦略札よりも召喚札の籠が圧倒的に多い。
俺は一回デュエルを体験している。
その一戦でウィズもあのウィニーってやつも、召喚札を使うことはなかった。
環境は使い捨てでも戦略札を重要視してるってことか。
さて、籠の札を漁るのもいいが、俺とウィズはガラス張りの中にある札を見る。
枠が囲ってあったり、装飾品が光る札達は、まさしく籠で取り扱っている札より高価なモノ。
「わぁ~……」
ウィズは見入っているのか、その札達から目を離さない。
よく観察すると、その視線はある札に向けられていた。
『戦略札:フリーズショック』。
相手のマスターカードとその場にいる式狛全てに、次の自分のターンまで動きを止める威力2でコスト6の戦略札だ。
相手の動きをこちらのターンが回ってくるまで止められるという長い硬直があり、ついでに全体の耐久力を2もおまけで減らせる。コスト6にしてはできることが一つ多い札だ。
こいつが目をキラキラさせるのもわかる。
なぜならこいつは、10枚でコントロールをやろうとか考えていたやつだからな。
だがその値段は、現実的だ。
「2000ガルか……」
俺は小さくつぶやいた。ウィスががっくりと肩を落とす。
住人から耳に入ってきたが、2000ガルっていうのは、あれば少々高めの食事付きの宿に泊まれる額らしい。俺は美味いものを食べられて一晩ふかふかのベッドで眠れるとしても、こういう優秀な札は買おうとするだろうな。
「お前たち……目的を忘れているのではないだろうな?」
後ろのマスティマが怖い顔をしながら、こちらを睨みつける。
すっかり忘れるとこだった。
今日はマスティマのためにここへ来ているんだったな。
「あ、あぁすまんすまん、ああいう飾ってる札は一度は見たくなるもんだからさ……」
「で、ですよねー……ああもキラキラしてると、つい……」
「全く、腹の立つコンビだ……我には何もわからんぞ」
「えっ」
俺とウィズは二人同時に声を上げた。
こいつからとんでもない発言が出たからだ。
「ま、まさかお前……一度もデュエルを」
「あぁ、したことはない、ルールも知らんよ……どうやるのだ?」
これは、コロシアムで勝つ以前の話だ。
俺たちは一旦札屋を出て、昼も近いこともあり、食事のできる場所を探すことにした。
札屋から少し歩いてに行ったところにある建物。そこにローレル自家製パン屋がある。
俺とウィズはそこで、軽めの食事を頼んだ後に、どういう流れでデュエルが進むかだけサラッと説明した。
「ひゃるほほ……はふへーほは……んくっ理解した」
テーブルに並んだサンドイッチを食べ、飲み込みながら一つ返事をするマスティマ。
その目は前にあるサンドイッチセットにしか向いていない。
こういうのは六割頭に入っていない。
子供の頃に、一回やらかしたことがあるから俺にはよくわかる。
「んじゃ……具体的に俺たちに説明してみろ」
「んー……んっく……要は相手の置き札を0にすればよいのだろう?」
早い話がそうなのだが、恐らくそれをするならなんでもありだとか思っているだろう。
だが、マスティマは完全な初心者だ。状況から答えを導く力がない。
そのなんでもありが妨害されていくか、押し通すことができるかは、天と地の差だ。
これは予想外にも追加要件が出来てしまった。
俺は深いため息をつく。
こりゃ、マスティマにもわかるような構築にしなくちゃならないか。
コロシアムで勝ってもらうのは俺ではなく、マスティマだ。
勿論のことながら場とか手札のコントロールもこいつがやることになる。
初心者が分かりやすいデッキか。今まで考えたこともなかった。
「ずいぶんと悩んでいるではないか、やはりデッキ構築は頭を使うようだな」
確かに、だいぶ使っているな。ほとんどこいつのせいだが。
難しい動き、特にループ系はダメだ。
やり方をどっかで間違えれば、そこで負けが確定する。
この際にアグロでもと思ったが、それもダメだ。攻撃するだけの簡単な動きだが、相手もアグロだった場合、場にいる式狛の数に応じては、ダメージソースを潰してくることだって考えられる。
何より理想的な動きとは違う流れに持っていかれた場合、臨機応変に対応はできないだろう。
サーチからカウンターで一気に決める形。
これが一番説明がしやすい。
よし、考えはまとまった。
問題はその説明に足る札があるかどうかだ。
テーブルから地面に飛び降り、俺は二人に言った。
「俺は先に行って札を見てる」
返事を聞く間もなく歩き出すと、自然と目線が地面に向き、どんどんと歩幅が狭くなっていく。
考え事をしながら体を動かしていると、ついついこうなってしまうんだ。
なにせ、今回はウィズの時みたいには上手くいかない。
わかりやすさを追求した動きというのが課題だ。
そんな相手にもわかってしまうような戦略が本当にあるのだろうか。
しかし、不安もあるなか俺は前を向く。
なんとかなるさ、と自分の背中を何度も押すことで、不安を無理やり押しとどめた。
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