第14話 第二区分街ローレル
思うことがある。
俺はなんで猫として転生してしまったのか、ということだ。
ウィズが必ず食いつくとかなんとかでアフロディーテにこの姿を強要されたが、本当は別の意図があるんじゃないかと時々考える。
ただ、俺が八割方その線がないんじゃないかって思えてくるのは、猫の姿であったことはある意味でウィズを少しだけだが知ることができた。
あいつは、心配性だけど自分の心配は一切していない。
他人にどう思われていようとも、絶対に赤の他人を裏切らない性格をしている。
だから今日は、そんな馬鹿正直な奴を守らなきゃならない。
二人とも仕度は済んだようだ。
マスティマの方は、さほど変わらないが、ウィズの方はいつもの魔法使いみたいな姿ではなくて、ネル婆さんの娘の古着をもらったそうだ。
白いワンピース。いかにも出掛けるといった服装だ。
「よし、んじゃ行くか」
俺たちが向かおうとしているのは、貿易権が回復した第二区分街ローレルという街。
そのためにわざわざネル婆さんがあの嫌な馬車の手配までしてくれた。
なんでも、送る料金はかからないんだとかなんとか。
どうしてそうなのかは教えてくれなかった。
案の定、少し待っていると、いつもの無表情で心がないような御者の男が引く馬車が現れた。
男はこっちを見るなり、少し眉をしかめる。
俺ではなくマスティマの方を見ているようだった。
「さっさと乗れ」
相変わらず冷たい。本当にウィズが言うように気遣いでやってるのかこいつは。
俺はウィズの肩に、そして二人が乗り込み、座ると馬車は出発した。
「今日はデュエルしに行くんじゃないんだ」
「見ればわかる」
喋る気がないっていうのかな、これは。
その真っすぐすぎる返しに俺ではなくて、マスティマがムッときているようだ。
「ずいぶんとお客さんに失礼な受け答えだなぁ、それが人間風情のサービス精神の限界というやつか?」
そう言いたいのもよくわかるが、こいつが一番偉そうだ。
恐らく御者の男からすれば、マスティマは色々吹っかけてくるクレーマーとしか見てないだろうな。
少し目をやったら、御者の男がこう返す。
「お前はお客さんとは見ていない」
「な、なんだとっ……おぉ!?」
突然、馬車のスピードが上がる。
俺は肩から落ちて、地べたに転がり、マスティマは後ろの壁にゴンと頭をぶつけた。
「マスティマさん、馬車では静かにお願いします」
「いてて……おのれ、今は気分がいいから見逃してやるが、次はないと思えよ」
悪魔も威厳がないな、と良くも悪くも感じさせる。
この状況で平然としているのはウィズ一人だけのようだ。
ずーっとニコニコ笑っているが、よほど楽しみなんだろう。
しばらくすると、コロシアムが見えてくる。
改めて見ても、かなりデカイ。
森に落ちてきた丸い巨石にも見える。
一体東京ドーム何個分くらいなんだろうか。
あの熾烈で悪寒しか走らないデュエルをやって、今生きてるんだから、感慨深いものだ。
「静かですね……」
ふと、ウィズがつぶやく。
人の気配すら感じないところをみると、たぶん今日はデュエルをしていないようだ。
「いてもいなくても、静かだったがな……」
俺は嫌味ったらしくそう言った。
今でもあれは、俺の中でも一番腹が立つ事件だったと感じる。
目の前で殺されそうな俺達を、誰も助けてくれなかったんだからな。
それでもウィズは活気づけるためにデュエルしてたってのに、憎たらしい。
「まだウィニーが幅を利かせているのか?」
マスティマが聞いてくる。
「いや、ウィニーはあれから姿を見せていないらしい」
「あれから?」
マスティマは知らないようだ。
俺は出来事を簡単に説明する。
「なるほど、貿易権を回復させたのはお前たちだったのか……我にはまず関係のないことだったからな、知らなんだ」
「どうなんだろうな……」
「私たちは確かにルール上では勝ってましたけど、結局気絶してしまったために……棄権扱いになっていましたしね」
それを考えたら、貿易権が回復したのはある意味、現神様が全て勝手に解除した形になる。
ひょっとしたら俺の考えているほど悪い奴ではないのか。
ロストの連中の話はロックフォードの住人からもたまに聞く。
だが、現神様に関してのことはどれだけ俺の耳がよくても、話をしている奴はいなかった。
こいつらも、唯一現神様のことについては知らないとだけ言う。
マスターカードには畏れられ、住人は口にすら出さない。一体どんな存在なんだ。
「まぁどっちでもいい、我が勝てる可能性はローレルに行けなければなかったのだ……結果的にお前たちの奮闘があってこその我がいるようなものだ……感謝する」
「そ、そんな……私ではなく、淳介が……」
「馬鹿だなぁ、俺じゃなくてダメージ受けてたのはウィズなんだからお前だろ」
理由ばっかつけて自分のおかげにしないウィズはどこか遠慮してる。
こういうのは胸を張っていいとは思うんだが。
それを見てマスティマは「くはっはっはっは」と高笑いしながら、こう言った。
「全く……つくづく羨ましいコンビだ」
その目はこっちを見ておらず、景色の方を向いていた。
俺とウィズは二人してその言葉の意味を察す。
少し俺も他人を考えて行動できるようになってきただろうか。
言われた後だったこともあって、俺はどんな顔をされるか少し怖かった。
だが、怒っている様子はほとんどない。
むしろその顔は笑みを浮かべ、澄んでいた。
それからは、何も話すこともなく馬車にずっと揺れる時間を過ごした。
景色が花畑からだいぶ木が多くなってくる。
まるで木でできたトンネルのようだ。
だいぶ日当たりが強かったこともあって、木陰が涼しい。
そして現れる巨大な門。
ここが第二区分街ローレルの入り口だ。
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