第20話 お願いしたのにお願いされる

 イスマルが捕まった事で俺達が帝都にいる理由はなくなった。ロイドレイ殿下も皇帝陛下も皇太子が帰って来て以来、俺達の所に訪ねて来なくなった。勿論国家の一大事だ。俺達にかまっている場合ではない事は分かっている。


「そろそろおいとましようかしらね。いい加減身体も鈍って来たし…。」


 そりゃ、食っちゃ寝してたら鈍りますわな。だが、確かにそろそろ冒険を再開しようか…。この国のこれからも皇帝陛下、ロイドレイ殿下の事も心配だが、それは俺達がどうにか出来る問題ではない。


「そうだな。忙しそうだが、ロイドレイ殿下に挨拶だけでもしてここを立とう。それと…」


「…ちょっと待って欲しいべ。」


 テイルが神妙な顔で俺の言葉を遮った。


「何だテイル?」


 俺が聞き返すとしばらくの間をおいてテイルが話し出した。


「…イスマルは…これからどうなるんだべか?」


「うむ…そうだな…、2つの街を襲い死者を多数出したんだ、死刑は免れないだろうな。」


「そう…だよな…。そうなるよな…。でもなジェロームさん!」


 テイルはそこでうつむき言葉を飲み込んだ。


「…言ってみろテイル。俺達は仲間だろ?遠慮する事はない。」


「イスマルはもう悪さは出来ねぇ。もちろんイスマルがやった事は許されないのも分かってるべ。でもイスマルを故郷に…パルトクに帰してやりてぇんだ。あんな身体になって、暗く冷たい牢獄じゃあんまりにも可哀想だ。父ちゃんと母ちゃんの所に帰してやりてぇんだ…。でも…無理だべな…。」


 テイルは顔を上げ、吐き出すようにしゃべった。袖触れ合うのも多生の縁と言うがこの世の全てを敵に回しても成し遂げたかった恋をした者とそれを全力で拒否した者の縁…、これ程深い縁はそうはないだろう。テイルがそれに気付いているかどうかは分からないが2人の間には奇妙ともとれる心の繋がりが出来ているのかもしれない。

 

「無理…かどうかはやってみなくちゃ分からんだろ?」


「え?」


 俺の答えにテイルは目を丸くして聞き返した。


「あまり期待はするなよ?」


「うん!」



 近くにいた騎士にロイドレイ殿下にお目通り願いたい旨を伝えると迷惑そうな顔をしながらも取り次いでくれた。


「やあ、ジェロームさん。なかなかお会い出来なくて寂しかったですよ。」


 しばらく見ない内に殿下は少し痩せたようだ。顔色も決して良くない。その姿に事態を収めるべく朝晩もなく動いている事は容易に想像出来た。


「私もですよ。お忙しいのに申し訳ありません。実はイスマルも捕まったことですし、そろそろ帝都を去ろうと思っているんです。」


「そう…ですか…。ジェロームさんとはもう少しお話したかったんですけど、仕方ないですね。近くに来た際は気軽に訪ねて下さいね。」


 殿下は寂しそうな顔を無理矢理笑顔の形にした。こんな殿下にお願いをするのは気が引けるが他でもないテイルの願いだ…どうせ無理だろうけど。


「ありがとうございます。…それで、殿下。以前皇帝陛下から何でも褒美を頂けると言われたのですが…。」


 そう、俺は皇帝陛下との試合(?)の口止め料をここで使う事にしたのだ。忘れていたわけではない。正直俺はこの褒美を使うつもりはなかった。帝都滞在の間ここでの生活のほとんど…いや、全てを皇帝陛下やロイドレイ殿下の好意に甘えてしまっていた。イスマルから護って貰えている上に世話になったのだから、それで十分だった。


「ああ、もちろん覚えてますよ。何でも言って下さい。」


「では…、イスマルを故郷のパルトクに連れて帰りたいんですが…。」


 その言葉を聞くとロイドレイ殿下の作られた笑顔が消えた。却下されても叱責されても仕方がない。だが何でも言ってみる価値はあるだろう。


「…それは…出来ません。」


 ですよね…。テイルの顔がみるみる曇り俯いてしまった。スレイはそんなテイルの肩にそっと手を置いた。


「そうですか…。大変な時に申し訳ありませんでした。お世話になりました。それでは私達はこれで…。」


「待って下さい!!」


 立ち去ろうとする俺達にロイドレイ殿下はらしくなく大声で引き止めた。


「失礼…最後にジェロームさんと勝負がしたいんですが、少しお時間を頂けますか?」


 へ?勝負?お願いをしに来たのにお願いされてしまった。…が、ロイドレイ殿下の悲痛とも感じられる雰囲気に俺は応える事にした。


「分かりました。では、参りましょうか。」



 以前皇帝陛下と手合わせした訓練場に俺と殿下は対峙していた。殿下は練習用の鎧ではなく竜騎士の鎧である。その手には竜騎士の槍が握られている。その様子から「手合わせ」ではなく「決闘」の様相を呈していた。こんな状況で「殿下、木槍と木剣にしませんか?」とは言えるはずもなく俺も愛剣を構える。


「私が審判するわ。いざとなったら全力で止めるからね。」


 ただならぬ空気にスレイが審判をかって出てくれた。ルールや決着方法も決めない立ち会いだ。真剣で闘う以上「死」すら有り得る。腕の立つ審判がいれば少しはその確率は下がるだろう。もちろん殿下の希望通り全力で闘うが俺の中でこの闘いの最大の目標は「死なない」事と「殺さない」事だ。出来るかな?ヤバい…ドキドキしてきた!!


「では…参ります…。」


 殿下は身体を斜にして槍の先が俺の顔面に向けた。長いはずの槍が俺には一つの点に見える。遠近感が掴めない槍使い最高の構えだ。

 俺は身を屈め的を小さくし剣で狙われている顔面を守った。これは稀代の剣豪と言われている東方の剣術家「シノノメ」著「初めてのシノノメ流剣術これであなたも達人に!」に載っていた「鉄玉の構え」だ。見た目は格好悪いが一対一での守りの型だ。まあ、やったのは初めてなんだけどね。


 

 殿下が「参ります」と言ってから既に20分程の時間が過ぎていた。お互いに初めの姿から変わっていない。…いや、僅かずつ、本当に僅かずつ殿下が間合いを詰めて来ている。皇帝陛下との試合の時にも言ったが槍と剣では攻撃範囲がまるで違う。懐に入ったり狭い室内や木の生い茂る森の中であれば剣の方が有利ではあるが、試合場、平原であれば槍の方が断然有利だ。であるからじわじわと間合いを詰められては先に攻撃間合いに入るのは殿下の方だ。下手な推測はしたくないが、殿下は現役の竜騎士である事から皇帝陛下よりも速く鋭いだろう。ただ、皇帝陛下より細身で軽量であるから一撃は陛下よりは軽いはずだ。

 ならば狙いはカウンターだ。本気の殿下に無傷で勝てるはずがない。いや、そもそも勝てるはずはないのだ。だって現役の竜騎士だよ!隊長だよ!若いんだよ!!でも何もしないで負けるわけにはいかない。防御を堅めて殿下の初撃をかわさずに受けて懐に飛び込み攻撃…あとは出たとこ勝負だ!これしかない。


 更に時間が経った。槍の間合いまであと僅かだ。俺はより一層槍に集中した。そして遂にその時は来た。槍の間合いだ。「来る!」と思ったその瞬間、無自覚だったが俺の身体がピクリと反応してしまった。

 だが、殿下は攻撃して来ない。「え?」と思ったのが俺の失敗だった。これまた無自覚にほんの一瞬集中が途切れてしまったのだ。


「ぐっ!!」


 殿下はその一瞬を逃さなかった。俺の右肩口に衝撃が走り大きく仰け反った。一般的な鎧であれば継ぎ目の場所だ。幸い俺の鎧は継ぎ目も守るように設計されている。この鎧でなければ良くて肩を貫かれ、悪ければ腕がもぎ取られていただろう。

 仰け反った俺に殿下の槍は遠慮なく襲いかかる。俺は仰け反りに逆らわずそのまま後ろに倒れ後方後方へと転がり逃げる。それでも殿下は追撃を止めない。時折ガキンガキンと槍が鎧に当たる音が響く。本当にこの鎧じゃなかったらもう5回以上は死んでいるだろう。…てか、もうこれ勝負有りじゃないの?何やってるんだ審判!!転がりながら視界に入ったスレイ審判は勝負を真剣に観ておりただの観戦者となっている。多分自分が審判だってこと忘れてるんじゃないかな~?……ちくしょーー!!!

 だが、逆に考えればこの鎧であれば殿下の攻撃で致命傷には簡単には至らないという事が分かった。ならば…。


「!!」


 俺は殿下に向けて剣を投げた。転がり逃げながらの投てきだから速くもなければ鋭くもない。日常生活で人に物を投げて渡すくらいのものだ。すなわち攻撃にはならない。だがそれで良い。この意味不明の行動には2つの理由がある。1つは武器を捨て身軽になる事、そしてもう1つは殿下の意識を少しだけ剣に移す事だ。

 思惑通り殿下の攻撃が数秒止まった。俺は全力で殿下の足元に転がり込み脚に組み付こうとした。しかし殿下はそれをひらりとかわす。俺は更に一回転転がり脚を殿下の脚に絡め、殿下を転ばす事に成功した。こうなれば槍での攻撃は不可能だ。さあ、ここからだ。俺は殿下に馬乗りになる…はずだった。


「あれ?」


 馬乗りになろうとした時、殿下は槍を既に手放しており腕を俺の太股辺りに滑り込ませその勢いで肩を当て俺をひっくり返してしまったのだ。結果馬乗りになられたのは俺の方だった。


「ま…参りました。」


 真顔で拳を振り上げていた殿下は俺のその言葉を聞くといつもの穏和な顔に戻りにこりと笑った。そして立つと俺に手を差し出した。


「あ…、ありがとうございます。完敗でした。」


 俺は殿下の手を取り引き起こされながら言った。本当に完敗だよ…結局攻撃らしい攻撃一回も出来なかったんだから。


「こちらこそありがとうございました。最後に組み討ちに来られたのには驚きました。」


「あっ!しょ…勝負あり!!」


 勝負がついてもう暫く経っているのにスレイ審判が判定を下した。自分が審判だった事をようやく思い出したようだね……遅いよ!!


「お陰で決心がつきました…。」


 殿下は俺にだけ聞こえる声でそう言った。


「決心…ですか?」


「ええ。」


 俺が聞き返すと殿下はこれまでしたことのない少年のような顔で笑った。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「父上、そろそろお返事を頂きたいのですが?」


 玉座に座る皇帝にひざまづく事もせずに皇太子カフェルは言葉を投げ掛けた。その傍らには闇の精霊イザベラの姿もある。


「カフェルよ…。この戦のない世の中に何の不満がある?戦などせずとも帝国は充分に潤っておる。今更世界を征服する理由など…」


「おそれながら父上、お爺様の代の大戦にて我が帝国の国土は三分の二にまで減ってしまっているのですよ?戦勝国にもかかわらずです。それもこれも隣国リャナンの卑怯な策略によるものです。かつての強く偉大な帝国を取り戻す事から目を背ける父上に皇帝の資格があるとは思えません!」


 本来、皇太子とはいえこのような発言は不敬罪として裁かれる内容である。しかしその場にいた者達はイザベラを恐れ誰一人言葉を発しなかった。


「お前は何も分かっておらん…。何のためにお前に近隣諸国の視察を命じたのか分からんのか?異国の違う文化の中でも民が平和に暮らす姿を見てきたのであろう?文化、思想、宗教は違えども戦のない平和な世である事が最も大切なのだ。それがお前には…」


「分からないですね!!皇帝ならば自国をより強くより富栄えさせる事を考えるべきだ!戦をしないという条約など机の上の紙切れでしかない!ではなぜ我が帝国も他国も軍を持っているのか!?それは来るべき戦に備えているからでしょう?平和というあまりにも曖昧で不安定なものに浸かっていてはいずれ滅びを迎える事になるでしょう!!ならばどうするのか!全てを我が帝国の物としてしまえば良いのです!!そしてその力が私にはある!!」


 カフェルはそこまで言うと深く息を吸い皇帝を改めて見据えた。


「父上、是非ご退位を…。そしてその目で見ていて下さい。帝国がこの世の全てを手にするところを…。」


              つづく

 




 



 






 


 

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おっさん冒険者ジェローム ~中年からの冒険者生活~ ポムサイ @pomusai

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