第19話 打ち明けられる
「少しお話を聞いて頂けますか?」
男がベッドで目を開けると見慣れない女性が立っている。
「お前は誰だ?護衛の者は?」
突然の事だったが男に特に慌てた様子はない。
「私の事はその内分かります。護衛の方達には少し寝てもらっています。」
「そうか…。何が望みだ?」
「話を聞いて頂きたく参上致しました。貴方様にとっても悪い話ではございません。」
女はニコリと微笑む。だがその笑顔は作り物の様な感情を感じない形だけのものだと男は思った。
「ふふ…。良かろう…話してみろ。」
男は身体を起こし女と対峙した。
「やっぱり帝都は美味しい物がたくさんあるわね。それが全部殿下のお陰でただで食べられるんだから最高だわ。」
帝都に来て半月。「帝都に以前住んでたから行ってもつまらない」と来るのを嫌がっていたはずのスレイが一番帝都を堪能していた。たまに訓練はするものの基本は食っちゃ寝してるので心無しか顔も丸くなりお腹も一回り大きくなったような気がする。もちろんそれを口に出す事はない。怖いから。
テイルは弓矢の鍛練を欠かさずにこなしながら俺やスレイと帝都を楽しんでいる。ただ時折ボーッとしている時間があった。きっとイスマルの事や襲われた街の人達に想いを馳せているのだろう。そんな時は俺もスレイもそっとしておいている。
俺はというと……。
「ジェローム!!ジェロームはいるか!?」
「ここにおりますよ。」
「おお!今日はカードで勝負だ!!今日は完膚なきまでに叩きのめしてくれるわ!」
何か皇帝陛下に気に入られ毎日何らかの勝負を挑まれている。皇帝って暇なのか?因みに戦績は俺の10勝5敗…皇帝陛下はわざと負けるとブチキレるので俺は本気で勝負に挑み大きく勝ち越していた。
「ダメですよ皇帝陛下。今日は近隣諸国の視察に行っていた兄上が帰って来る日でしょう?」
「あっ…そうであった…。じゃあ一回だけ…。」
「ダメです。この前もそう言って会議に大遅刻したじゃないですか?」
「え~…。」
「『え~』じゃないです。ほら、行きますよ。」
皇帝陛下はしょんぼりとして大きな身体を縮こまらせてロイドレイ殿下に連れて行かれてしまった。皇帝があんな調子でこの国は大丈夫なんだろうか?
「ロイドレイ殿下の兄ちゃんて事は皇太子…次の皇帝になる人なんだべ?」
「そういう事だな。噂をすれば、ほら…。」
俺は部屋の窓から外を指差す。その先には帝都の大通りを城に向かって進む一団があった。
「皇太子殿下のお帰りだ。あの真ん中辺りにある馬車に乗ってるんだろうな。」
「皇帝の息子でロイドレイ殿下の兄ちゃんなんだからきっと愉快な人なんだべな~。」
そんな認識だったんだ…。
「そうだ。時間があったから少し面白い事をしてみたんだ。スレイ、俺に軽い攻撃魔法を撃ってみてくれないか?」
「え?ここで?」
「ああ、だが軽いやつだぞ!弱いやつだぞ!」
スレイには細かく言っておかないと何されるか分かったもんじゃないからね…。
「まあ…いいけど…。」
スレイは訝しげな表情をするが、俺に向かって拳大の炎を放った。それは俺に当たる直前でキラキラと霧の様に散った。
「な…なんだべか!?」
「どうやら成功のようだな。これは俺が開発した『リヴァイアサンメッキ』だ!!」
「「リヴァイアサンメッキ?」」
実は帝都に来てから半月、俺はこの『リヴァイアサンメッキ』の開発に勤しんでいた。俺の鎧には魔法防御の付加が掛けられているがリヴァイアサンの鱗の魔法防御力には及ばない。その効果を何とか鎧に付けられないかと試行錯誤した。硬いリヴァイアサンの鱗は切れ味アップが付加してある俺の剣で薄く削れる事が分かり、そうなれば鉄槌で粉々に砕けた。それを漆に混ぜ鎧に低温で焼き付けたのだ。これで鱗の魔法防御を鎧に付ける事が出来た。俺って天才!!
「…という訳だ。」
「す、すげぇべ!!オラの革の胸当てにも出来るべか!?」
「ああ、もちろん出来るとも。まあ、革の場合は焼き付けずに染み込ませれば良いだろうがな。」
「私の鎧にも出来るわよね!?籠手にもやって貰おうかしら?」
「籠手はダメだ。」
「え?何で?」
「…スレイ、お前魔法は何処から出すんだ?」
「そりゃ手からよ。」
「籠手にリヴァイアサンメッキしたら魔法を発動した途端にかき消えてしまうぞ。」
「あ…そうね…。」
「ただ、1つ問題があってな…。」
「なんだべ?」
「これは魔法を無効にするんだ。回復魔法も無効にしてしまうんだよ…。」
「確かにそれは悩み所ね…。う~ん…決めた!ジェローム、やってちょうだい。魔法無効なんて夢のような効果だわ。そのくらいのデメリットは目を瞑りましょう!」
「オラもお願いするべ!!」
「よし!!2人共、鎧を寄越せ!すぐにやってやるから。」
「「は~い!!」」
「これで良し…。これは魔法を無効にしてしまう画期的な物だが、世界のパワーバランスすら狂わせてしまう程の物だ。3人だけの内緒だからな?」
作業を終えた俺は2人に念を押した。前にも言ったがリヴァイアサンの鱗は伝説級のアイテムだ。それをアクセサリーにしたり鎧に嵌め込んだ物は昔あったという記述はある。だが、俺のような加工は歴史上初…だと思う。3人の鎧に使った鱗はわずかに1枚の5分の1程。1枚で15人分の加工が可能だ。いくら貴重とはいえたった1枚で15人の全く魔法の効かない部隊を作る事が出来るとなれば国家のパワーバランスは著しく崩れるだろう。この国が強くなるのは良いのかもしれないが戦争はゴメンだ。
「分かったわよ。ありがたいけど、魔法を使う身としては敵が持ってたら恐ろしい代物だもんね。」
「しかと胆に銘じたべ。ん?」
テイルが廊下から慌ただしく聞こえた足音に気が付くとノックもなしに扉が開いた。現れたのは見た事のない若い騎士だった。
「失礼します!!ロイドレイ殿下がお呼びです!すぐに来て下さい!」
この慌てようはただ事ではない。俺達は騎士と共に急いでロイドレイ殿下の元に向かった。
執務室に入るといつもにこやかなロイドレイ殿下が険しい顔で椅子に座っていた。
「お呼びですか?」
「ええ…。良い話と悪い話があります。」
良い話もあるのにその表情ですか?悪い話が怖い…。
「良い話とは?」
俺は嫌な事は後回しにするタイプだ。そして出来る事ならそれから逃げるタイプだ。
「イスマルが捕まりました。」
え?
「それは本当だべか!?」
テイルが殿下に掴みかかる勢いで走り寄った。
「ええ、本当です…ただ、確認のためあなた方に面通しをして頂きたいのですが…彼は今、帝都外れの刑務所に投獄されています。馬車を用意してますので一緒に参りましょう。」
殿下は腰が重そうに椅子から立ち上がった。その様子から気が進まないのが見てとれた。
「その前に殿下、悪い話っていうのは何なのかしら?」
「…それはイスマルに会ってからお話ししましょう。」
帝都の東の端に刑務所はあった。帝都は広く中央にある城から馬車で一時間もかかってしまう。イスマルが収容されているのは一般受刑者のいる棟とは別の建物で最下層の地下三階にある。ここは過去には皇帝暗殺を企てた者や子供を20人以上殺害した連続誘拐殺人犯など世間を騒がせた凶悪犯が収容される特別な牢獄らしい。
厳重な警備を幾度となく通過した牢の中にイスマルは横たわっていた。
「…彼がイスマルで間違いないでしょうか?」
ロイドレイ殿下は眉間に皺を寄せながら俺達に問い掛けた。イスマルに間違いはない。間違いないのだが…。
「イスマルだべ…でも、どうして…。」
テイルが話すと牢獄の中のイスマルはピクリと身体を動かしこちらに這い寄って来た。
「あ~う~…。」
その口から出たのは言葉でなく悲しそうな呻き声だった。
「殿下…これは一体…?」
「…見ての通りです。彼は目を潰され舌を切られ手と足全ての指も落とされています。耳は聴こえるようですが…。もう一度確認します…彼がイスマルで間違いないですね?」
俺達は無言でこくりと頷いた。
「そうですか…。ありがとうございました。」
殿下はそう言うと深い溜め息をついた。
「殿下、イスマルは誰にこんな風にされたのですか?それにどうやって捕まえたんですか?」
「…それは『悪い話』の内容なので帰りの馬車の中でお話ししましょう。」
俺達は唸り続けるイスマルを背にその場を後にした。
「さて…何から話せば良いものでしょうね…。」
ロイドレイ殿下は苦しそうに呟いた。
「そうだ!殿下、イザベラはどうしたのよ?イスマルと一緒じゃなかったのかしら?」
本当の意味で危険なのはイスマルではなくイザベラだ。悪い話の元凶がイザベラであろう事は俺にも容易に想像がつく。
「『イザベラ』と呼ばれていた闇の精霊は今、城にいますよ。そして彼女こそがイスマルをあの姿にした張本人です。」
な…何ですと!?
「どういう事だべ!?イザベラはイスマルの調教したモンスターじゃなかったんだべか?」
「それは僕に聞かれても分かりませんよ。ただ、こういう事になったという事はそういう事なんでしょうね。僕の立場上、話せない事があるんですが…。」
そりゃそうでしょう。そもそも王族とただの冒険者が同じ馬車に乗っているのだって有り得ない話なんですよ殿下…。
「でも僕は最近独り言が多いんですよ。ジェロームさん達が居眠りをしていたらきっと独り言を言ってしまうた思うんですけど…どうでしょうかね?」
俺達は顔を見合せ寝たふりを始めた。本来話してはいけない事を当事者である俺達に知らせてあげたいという殿下の気持ちがありがたい。
「ふう…。いや~困った困った…。」
そんな猿芝居はいいよ殿下…。
「まさか兄上が闇の精霊を連れて帰って来るなんて…。しかも闇の精霊が兄上に取り入ったというんだから驚きです。要するにイスマルに見切りを付けてより自分が仕えるのに相応しい相手に近付いたって事ですね。兄上は皇帝陛下や私と違って覇権主義だから戦力になる闇の精霊と利害が一致したとも言えるのでしょう…。まあ、兄上のそんな考えを改めさせるために皇帝陛下は近隣諸国の視察に行かせたのに結果、闇の精霊と会ってしまった事でその力を借りれば攻め落とせるという自信になってしまったんだから皮肉なものですね…。」
いずれにしてもテイルが狙われるという危機は去った訳だな。それに関してはひと安心だ。だけど、皇太子が皇帝になったらこの国は戦争を始めるという事か…。皇帝陛下はまだまだ元気そうだからだいぶ後の話だろうからそれはロイドレイ殿下に何とかしてもらいたい。頼むぞ殿下!
「しかも、あろう事かそれを背景に皇帝陛下に退位まで求めるとはね…。兄上に追従する臣下の者も多い…。皇帝陛下が退位を拒んだり先伸ばししたら内乱もあり得ます…実に危険な状況です。。」
「何ですと!?」
俺は思わず声を上げた。皇帝陛下が皇太子に皇帝の座を譲ろうが譲るまいがこの国は戦争への道を歩もうとしているのだ。
「おや、ジェロームさんお目覚めですか?いやはや、独り言で状況だけ話そうとしていたのにいつの間にか僕の愚痴になってしまいましたよ。でも、話してスッキリしました。」
そう言った殿下の表情は先程より幾分和らいだ印象を受けた。殿下もかなりのストレスなんだろうし、話せないというのはきっと苦しかったに違いない。そんな大事な話を俺達に話してくれたのは余程信頼してくれているからか俺達ごときに話したところで何ら問題がないと考えたかのどちらであろう。まあ、どちらでも殿下の気持ちが少しでも軽くなるなら俺は良いと思った。
「そんな事があったんだべか…。何か大変な事になってきたなぁ…。」
テイルが呟く。もう狙われていない安心感よりもこれから起こるであろう事に不安を感じているようだ。
「テイル、俺達は寝ていたんだ。何も聞いてないからな。」
「分かってるべ。誰にもしゃべんねえよ。なあ、スレイさん。」
テイルが話し掛けてもスレイは微動だにしない。
「スレイ?」
俺はスレイの異変に強めに声をかける。
「こ…これは……。」
ホントに寝てる!!!!
つづく
【おまけという名の報告と見せかけた言い訳
】
「こんぬつわ!オラ、テイルだべ!!
突然だけど作者からお手紙を貰ってるから読ませてもらうべな。
え~と…『おっさん冒険者ジェロームを読んで頂きありがとうございます。オーバー30歳主人公コンテスト用に書いておりましたこの物語ですが、応募期間内に規定文字数と完結まで至る事が出来ませんでした。これは想定以上に本業の仕事が忙しかった事が原因です。コンテストの審査対象からは外れてしまいましたがこのまま完結まで執筆致しますので今後ともおっさん冒険者ジェロームをよろしくお願いいたします。ポムサイ』…。
だ、そうだべ。まあ、間に合わなかったもんは間に合わなかったんだから仕方ねぇとしても、『仕事が忙しかった』ってのは理由じゃなくて言い訳だべな。書き手の人達はみんな忙しい時間をぬって執筆してるんだべ!それをさも自分だけが忙しかったと言わんばかりの言葉はちゃんちゃら可笑しいべ。この手紙だけで作者の言い訳だらけのいい加減な性格が見て取れるべな。まあ、何とか最後まで書くみたいだから読み手の皆様には末長くお付き合い頂きたいべ。
以上テイルがお届けしたべ。んじゃ、またな!!」
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