第18話 闘わされる

 帝都。150年前にこの場所に遷都されて依頼幾つもの戦乱に見舞われながらも一度も落ちた事のない堅牢な城塞都市だ。戦争が皆無となった現在では政治、経済、学問の中心として益々繁栄を極めている。唯一の難点を挙げるのならば、海から少々離れており運輸の面で劣るといったところだろうが、その難点も運河の整備によりここ50年で解消されつつある。


「…で、私達はここで何をすればいいのかしら?」


 俺達は城の一室をあてがわれた。荷物を下ろし少々のんびりしているとそうスレイに尋ねられた。…そういえば何も考えていないし聞いてもいなかった。俺にとってはここに来る事が目的だったのだが、スレイとテイルにとっては招待されて何かをする(させられる)過程という認識だろう。殿下も忙しいだろうし…何か考えてくれてると願うしかない。

 

「少しよろしいか?」


「うわ!びっくりした~。」


 突然話し掛けられ驚いてドアを見ると身の丈2メートルを悠に超える老人が立っていた。ノックくらいしてよ!


「あ、はい。何かご用で?…といいますか、どちら様でしょうか?」


 城にいるのだからそれなりの身分の人であろう。無下には出来ない。


「いや、通りすがりのジジイである。ジェローム殿、暇であろう?少し付き合ってくれまいか?」


 まあ、やる事もないし…じっとここにいてもつまらないから付き合ってやるか。


「お付き合いしましょう。スレイとテイルはどうする?」


「うわっ!このお菓子おいし~!!」


「ほんとだなぁ~。高級な味がするべ。」


 …2人は部屋に置かれていたお菓子に夢中で俺の話を聞いていない…。


「…じゃあ、行ってくるぞ!ホントに行かなくていいんだな!?」


「「は~い!」」


 元気な生返事を聞くと俺は老人に着いていった。



「ここは…。」


 老人に案内されたのは城内にある板張りの広い部屋だった。壁には木製の剣や槍が掛けられている。


「騎士の修練場である。ジェローム殿は剣であるな?」


 そう言うと老人は壁に掛けてあった物を一本投げてよこした。そして同じように壁の槍を取ると部屋の中央に立つ。え?どゆこと?


「さあ…参れ!」


 え?闘えって事?いや…いくら巨体とはいえお爺さんでしょ?俺は最近まで素人だったけど修羅場をくぐってきた現役冒険者だからね!もしかしたら元軍人さんなのかもしれないけど流石にご老人に負ける気はしない。怪我させない程度に…そしてプライドを傷付けないように相手をしてやるか。


「ではお相手致します…。」


 俺は剣を中段に構えゆっくりと間合いを詰めて行った。しかし俺は剣、相手は槍だ、攻撃範囲が全然違う。普通に近付いてはただ相手の攻撃を受けてしまう。だがそれを逆手に取ってやろう…わざと相手の間合いに入り攻撃して来たところを槍を剣で弾いて胴への攻撃を寸止め…。これだ!

 俺は更に間合いを詰める。老人は微動だにしない。間もなく槍の攻撃範囲に入る。さあ、ご老人…攻撃して来なさ……


「ゴフッ!!」


 胸に激しい衝撃を受けて俺は数メートル後ろに吹っ飛ばされた。何が起こったのか分からない。老人は同じ場所同じ姿勢で立っている。


「ジェローム殿…戯れは良いから本気で来てもらおう。」


 全く見えなかったがこのご老人が攻撃したのか?…何か……何か悔しい!!よし…次こそは…。

 俺は再び構え先程と同じように近付いて行く。さっきは油断していた。集中集中…。俺は槍ではなく老人の肩を見る。見えない程のスピードの攻撃では槍を見ていては間に合わない。達人は肩の微妙な動きで相手の攻撃を読む…って本に書いてあった。再び槍の間合いに入る。来る!!


「あれ?…ホグワッ!!」


 俺が老人の槍を弾こうと振るった剣は宙を斬った。要するに空振りである。そして次の瞬間、先程攻撃を受けた場所と寸分変わらない場所に再び衝撃が走った。俺はさっきと同じ場所に尻餅をついてしまった。


「ふむ…。やはり木刀では本気を出せぬのだな?真剣で来られよ。」


 老人は構えを解き左手で顎を撫でながら言った。


「いや、しかし…。」


 真剣で!?それでも勝てる気がしない!強いよお爺ちゃん!!


「『しかし』…とな?ああ、そうか…やはり同じ条件でなければ失礼だな。」


 老人は部屋の角に掛けてある長細い袋を解いた。袋がはらりと床に落ちると先程まで老人が使っていた木製の槍とは比較にならない長さの本物の槍が鈍い光を放ちながら姿を現した。


「これで良し…。」


 良くないよ!全然良くないよ!!木の槍であの威力…いくら俺の鎧が高性能とはいえただでは済まない。


「では始めよう。今度は儂から行くぞ!」


 そう言うと老人は重そうな槍を小脇に抱え俺に向かって走って来る。うん…怪我するのは確定だな…。でもただやられるのは癪に障る。よ~し!俺は剣の鞘を老人に向かって思い切り投げた。

 

「小賢しい!!」


 老人は避ける事なく額でそれを受けた。人は物が飛んでくればそれを避けたり払おうとする。しかし老人はそれをしなかったのだ。それは鞘を受けても大したダメージはないと判断し、避ける事によって出来る隙をなくしたという事になる。並みの修練ではこの域に達する事はないだろう。だが、それほどの人物であろう事は先程の2回の立ち会いで何となく分かっていた。


「グワッ!…何!?」


 老人の突進が止まった。チャンスだ!!俺は老人に向かって剣を振るった…いや、振るおうとした。


「アフン!!」


 横からの攻撃をまともに受けて俺は聞き様によってはセクシーな声を出しながらふっ飛んでしまった。


「勝負あり!!そこまでです!!」


 その声はロイドレイ殿下のものだった。俺に攻撃したのは殿下だったのか!?何をしやがるんですか!!


「戯れも過ぎれば身を滅ぼしますよ?貴方が負けたところを誰かに見られたらどうするんです?」


 殿下は老人に向けて言葉を放つ。


「何を言うか儂は負けてなどおらんぞ!」


 あ…あの~…。


「僕が止めなければジェロームさんの剣は間違いなく貴方に届いていましたから貴方の負けです。」


 あの…すみません…。


「負けとらん!儂は負けとらんぞ!!あんな卑怯な手を使うのは反則だ!」


 俺の事忘れてませんか?


「戦場だったら卑怯も何もないでしょう?生き残ったら勝ちで死んだら負け…貴方からそう教わった気がするんですけど?」


「うぐ……。」 


「あの…殿下?」


「ああ、ジェロームさん。実に見事でしたよ。鞘に続けて兜を投げるなんて発想私には絶対に思い付きません。」


 そう。俺は鞘に続けて兜を投げた。「鞘を避けない」という選択肢を選ぶ…それは「飛んで来る物を避けない」という判断だ。しかし、その後すぐに当たっては危険な物が飛んで来たらどうだろう?脳が決めた「飛んで来る物は避けない」という命令を身体はそう簡単には破棄出来ない。その結果老人はまともに兜を顔面に受けてしまったのだ。…と、結果として上手く行ったからこう言えるんだけどね。


「いや、あの人が言う通り卑怯な手です。」


「いやいや御謙遜を…。あ、止めるためとはいえジェロームさんを蹴り飛ばしてしまって申し訳ありませんでした。父とはいえ皇帝陛下を蹴る訳にはいきませんからね。」


「いえいえ、お気になさらず。そりゃ皇帝陛下は蹴っちゃいけませんよ…皇帝陛下……皇帝…陛下?……こ…こ…皇帝陛下!?」


「知らなかったんですか?」


 知りませんとも!!知ってたら鞘とか兜とか投げませんって!皇帝陛下にタンコブを作ってしまった!投獄ですか?死刑ですか!?


「うむ。バレては仕方ない。ジェローム見事であった。負けてないけどね!儂負けてないけど見事であった。」


 あれ?誉められてる?しかし本当に負けず嫌いだな。


「あ…ありがとうございます…。」


「ジェロームに褒美を遣わそう。何でも良い…後でロイドレイにでも伝えよ。…ただ、ここでの出来事は他言無用だ。まあ、儂負けてないけどね!!!」


 はいはい分かりましたよ。皇帝陛下は負けてませんよ。要するに褒美は口止め料って事ね。


「はい。ありがとうございます。」


「そうそう陛下、リットー大臣が探してましたよ?何か予定があったのでは?」


「あ!!そうであった!!やべ…。」


 今、「やべ」って言わなかった?ロイドレイ殿下といい皇帝陛下といいこの国のお偉いさんは意外と親しみ易い人達なのかもしれないな…。

 

「で…では、ジェロームゆっくりして行くが良い。また会おうぞ!」


 そう言うと皇帝陛下は足早に部屋を出て行った。


「ふう…皇帝陛下にも困ったものだ…。もう少し皇帝の自覚を持って頂きたいんですがね。ジェロームさんもそう思うでしょう?」


「はあ…。」


 殿下もね。


「さて、おふざけはここまでにしてジェロームさん、かなり興味深い話が出て来たんですよ。場所を移しましょう。」


 皇帝陛下との真剣勝負を「おふざけ」と言われたのには引っ掛かったが殿下の深刻な表情に俺はツッコミは入れずに殿下に着いていった。


 通された部屋には既に1人の人物がいた。背の低い若い女性である。


「やあ、待たせたね。こちらが冒険者のジェロームさん。」


 女性はペコリと頭を下げた。俺も慌てて頭を下げた。


「ジェロームさん、こちらは帝国図書館一等司書のティファさんです。彼女から面白い…と言ったら不謹慎なんでしょうけど、興味深い話がありましてね。それを聞いて頂きたいのです。ではティファさんお願いします。」


 そう言うと殿下は腰を下ろした。俺も座っていいのかな?と雰囲気を伺いながら椅子に腰掛けた。


「で、では、おはなきゃ…お話させてい…あただきゃ…頂きまふ。」


 うわぁ、すげぇ緊張してんな。


「まじゅ…まず、ジェロームさんのお話をだんくゎ…殿下から聞き…聞き…」


 殿下はコホンと咳払いをする。


「ティファさん、そう緊張なさらず…そうですね…お茶をいれますので、リラックスして友人に話すように話して頂けますか?」


「ひゃ…ひゃい!」


 恐れ多くも殿下にお茶をいれて頂きティファが落ち着くのを待つ。


「どうです?落ち着きましたか?ほら我々を友人だと思って…。」


「む…無理です!私の友人にロイドレイ殿下のような高貴な方はいませんし、ジェロームさんのようなオジサンもいませんから!」


 オジサンで悪かったな。


「そうですか…。おや?ティファさんの後ろにあるのは何でしょうかね?」


「え?」

 

 殿下が言うとティファは後ろを確認するために振り返った。その隙に殿下はティファのお茶に何かを入れた。俺には分かる…酒だ。


「何もありませんが…。」


「ああ、虫でも飛んでいたのかも知れませんね。失礼しました。」


 ティファは落ち着かない様子で酒入りのお茶をごくりと飲む。


「どうですか?ほら…僕とジェロームさんがご友人の若い女性に見えて来たでしょ?」


 それは無理があるぞ殿下…。


「友達に……ちょっと聞いてよ!私こんなの見つけちゃったのよね~。」


 こいつマジか?


「え~!何何?」


 殿下はノリノリだ。


「ジェロームってオジサンが言ってたっていうモンスターを操れるイザベラってヤツなんだけどね、モンスター学者は『そんなモンスターはいない』とか『ジェロームが嘘を言ってる』とか全然話になんないのよ。でも私、そんな感じの話どっかで聞いた事あるな~って思ってたのよ。」


「それでそれで?」


「…で、思い出したの。これ見て!」


 そう言うとティファは分厚い本を取り出し栞の挟まったページを開いた。


「これは300年前に発見された2000年前に書かれたと言われている古文書の写しよ。ほらここ読んでみて…。」


 ティファが指差した所を見るがそこには見た事のないミミズがのたうった様な文字が並んでいる。


「これは…読めないな…。」


「えー!!あんたチェルダー文字も読めないわけ?勉強が足りないわよ!バカなの?」


 酷い言われ様だ。腹立つ。


「仕方ないわね。ほらここ…、古代シルキアが滅ぼした闇の精霊の描写よ。簡単に訳すと……」


 ティファの話はこの後2時間続いた。その闇の精霊の特徴はイザベラと合致していた。まず一番の「モンスターを操れる」という事。なぜそんな事が出来るのかを説明するにはモンスターとその他の生物との違いを説明する必要があるらしい。

 この世界に存在する物は全て『属性因子』を持っている。まず大元の属性因子に『光』または『闇』がある。この大元の属性因子が『闇』なのがモンスターだ。そこに種類によって火、水、木、土、金の属性因子が様々な組み合わせで構成されている。だが例外もある。闇の精霊は属性因子『闇』のみなのだ。その純粋混じりっけ無しの『闇』が闇の精霊の考え(命令)がモンスターにとっては自分自身の意思だと勘違いさせるという影響を与える。それがモンスターを操れるメカニズムらしい。

 そして身体的特徴。闇の精霊は人の姿をしており色は雪の様に白い。陽を嫌うので基本的には夜行動をするが日中行動する場合は何かしらの日除けを身につけるとの事だ。

 イザベラは人型で色も白い、そして大した日差しでもないのに日傘をさしていた。

 これは間違いないのではなかろうか?


「殿下…2000年前に滅んだ種族ですか。」


 テーブルに覆い被さり大いびきをかいて寝ているティファを横目に俺は殿下に話し掛ける。


「そのようですね。まあ、滅んだという事は勝てるという事です。慢心はしませんが、そう難しい事ではないでしょう。他の街が襲われたので帝都もいつも以上に防衛に力を入れていますし。帝都内に入る人間のチェックも厳しくしてあります。」


 心強い!!殿下がここまでしてくれているならきっと大丈夫だ。そう……大丈夫なはずだった…。事件はこの半月後に起こる。


                 つづく

 




 



 


 


 


 

 

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