第17話 ある意味囮にされる
「…その事は殿下の他にどのくらいの人が知っているのですか?」
俺の正体を見抜いた殿下にもはや言い訳や誤魔化しは通用しないと観念した俺は恐る恐る聞いた。「人の口に戸は立たぬ」とはよく言ったもので多数の人間が知っているのなら噂が広がるのは時間の問題だ。
「…と、いう事は僕の考えは正しかったと?」
「…はい。」
「安心して下さい。僕が信頼している家人1人だけに命じて調べただけですから。つまり僕と家人の2人だけですよ。ここでの話はここだけの話…ですよ。」
俺の真剣な表情に殿下もおちゃらけずに真剣に答えてくれた。それと同時に俺の中で何かが弾け心が少し軽くなったような気がした。
俺の冒険者生活には常に嘘が付いて回っていた。リュートの提案とはいえ、名を偽り、顔を隠し、体裁を整えるために嘘に嘘を重ね続けて来たのだ。一時冒険に対する恐怖から全てを打ち明け逃げようともしたが結局それも出来ずに更に嘘を重ねた。その積もり積もった嘘は俺自身も気付かない内に俺の心にのし掛かっていたのだ。それを殿下に暴かれ吐き出した事でその重荷を少し降ろす事が出来たようだ。
「そうですか…。嘘は必ずバレる物なんですね…。」
「いや、嘘も方便…ジェロームさんのやって来た事は嘘ではないんですからね。私個人の気持ちとしては装備屋のご主人がその年齢で冒険者になってこれ程までの結果を出している事の方が胸躍る物語じゃありませんか?ますますファンになりましたよ。」
「おや?殿下が仰っていた『男』とは殿下ご自身の事でしたか?」
「おや…。『嘘は必ずバレる物』ですな。」
俺と殿下は笑い合いもう一度乾杯を交わしグラスの酒を飲み干した。
「ちょっと!ジェロームどこ行ってたのよ!
!」
「そうだぞ!!オラ達すげぇ心配したんだかんな!!」
朝方、宿に戻るとスレイとテイルが飛び掛かって来た。何も言わずに出掛けてしまって2人には悪い事をした。これ程帰りが遅くなるとは思わなかったしね。でもしょうがないじゃん!殿下に呼ばれちゃったんだよ!焦るし慌てるのは当然じゃないか!!でも、ごめんなさい。
「すまんすまん。ロイドレイ殿下に突然呼ばれてな。2人で朝方まで酒を飲んでいたんだ。」
だから凄く眠いの…ちょっと眠らせて…。
「え?殿下と!?何で?」
うん、そう思うよね。でも全部は話せないのよ…。
「うむ。殿下は冒険の話がお好きなようでな。俺の話を聞きたかったらしいんだ。」
これは本当。あの後の冒険談義は楽しかった。俺も殿下もかなりの冒険者オタクだ。過去の有名冒険者のマニアックな話なんて同レベルで話せる人なんて今までいなかったもん!
「そんな事で夜中に呼び出したの!?偉いからってそれはちょっと酷くないかしら?昨日ジェロームだって凄く疲れてたのに…。」
「いやいや、俺にとってもなかなか楽しい時間だったんだ。それに殿下とさしで飲むなんて有り得ない事だろ?良い経験をしたと思っているさ。」
スレイ、もうそろそろ良いかな?物凄く眠いの…マジで眠らせて…。
「そう?それなら良いんだけどさ…。」
「でも、これから1人でどっか行く時は声かけてから行って欲しいべ…。オラ心配で心配で生きた心地がしなかったべよ。」
そんなに心配してくれてたんだ…。確かに大変だった昨日の今日でいなくなったら物凄く心配するよな。もしこのタイミングでスレイやテイルが朝起きていなくなってたらと考えただけで恐怖すら感じてしまう。
「本当にすまなかった。この通りだ。」
俺は2人に深く頭を下げた。本当に反省している…反省してるんだけどね、もう本当にお願いだから眠らせて下さい。
「…分かったわよ…。無事で良かった。じゃあ、私達は復興作業に行ってくるわ。ジェロームは休んだ方が良いでしょ?」
やっと眠れる。あっ、そうだ。
「そうだ、午後一に3人で昨日の場所に来るようにロイドレイ殿下に言われているから昼には戻って来てくれ。それに俺が起きてなかったら起こしてくれるとありがたい。」
「え?それどういう事だべか?詳しく教えて欲しいべ。」
眠らせてーーー!!!!
時間は間もなく1時半になろうとしていた。昨日通された同じ造りの部屋にかれこれ40分は待たされている。
あまり寝ていない俺を筆頭に疲れが貯まっていたであろうスレイとテイルもコクリコクリと居眠りをしてしまっていた。まあ、無理もない。そのほのぼののんびりとした空気も
勢いの良いノックで終止符を打たれた。
「ふあ!!」
「のわ!!」
ノックの音に驚いたスレイは危うく椅子から転げ落ちそうになりテイルは…見事に転がり落ちた。俺は動じていない振りをしているが心臓はバクバクと音を立てている。あ~びっくりした…。
「大変お待たせ致しました。ご案内…」
迎えに来たデルクラフトが言葉を止めると咳払いを1つすると話を続ける。
「…皆様、ご案内致しますので少々準備をして頂けますでしょうか?」
「準備?」
そう聞き返したスレイの額には机に突っ伏して寝ていて付いたであろう跡がくっきりと付いている。
「ハハハ…!スレイさんのおでこに跡が付いてるべ!」
そう言うテイルの口の周りはよだれで汚れている。女の子なんだからもうちょっとちゃんとしなさい!!
「え!?ジェロームだって頬っぺに凄い跡付いてるじゃない!」
マジで?
俺達は身支度を整えると執務室で殿下と謁見した。たった数分でスレイの額の跡は消えたのに俺にはまだはっきりと残っている。これが若者とオッサンの肌の張りの違いだ。みんなも歳を取れば分かるさ…。
「お待たせしました。各方面からの報告が思いの外時間が掛かりましてね…と、言い訳はみっともないですね。申し訳ありませんでした。」
相変わらず腰が低いですな…。俺は午前中寝てたけど殿下は徹夜な上に仕事までしていたのか。しかもそんな素振りは全く見えない…これは若いという事もあるだろうが、やはり並みの人物ではない。尊敬します!
「さて、今日お呼びしたのはあなた達を私の客人として帝都に御招待したいのです。」
「ほ、ほう!それは光栄ですな!なあ、スレイ、テイル!」
俺は見事な棒読みで答えてしまった。やっぱり演技って難しいね。
殿下がこの提案をした理由は昨晩の俺との会話へ遡る。
※ ※ ※ ※ ※ ※
「…で、ジェロームさん、酔ってしまう前に少しこれからの事を話させて下さい。それと御意見を頂ければ…。」
「これからの話ですか?」
酔う前にと殿下は言ったが俺は既にまあまあの酔い具合だった。大丈夫かな?
「ええ、ジェロームさん達がこの街にいる事をイスマルが知るのは時間の問題だと思うんですよ。いや、もしかしたらもう知っているかもしれない。今のところ周辺の監視からモンスターの集団は確認されてはいないんですが、次に襲って来るとすれば先日以上の規模で攻めて来るはずです。」
「ええ。イスマルは今日俺達への襲撃でかたをつける予定だったんでしょうから当てが外れて苛立ってるでしょうね…。次はイスマルが必ず勝てると思える戦力を用意するはずです。」
「…これは、本来上層部以外に話してはいけない事なんですが、今この街はダメージも残ってますしそれに耐えられないんです。」
確かに街の外壁は大分傷んでいたし、何より戦闘員が減ってしまっているとも聞いている。
「そこでですが、皆さんを帝都に来て頂こうかと思っているんですよ。言葉を選らばなければある意味囮なのですが帝都なら防御もここの比ではないですし、何より軍の本部があるのでモンスターの大群にも対応出来ます。そして、イスマルの耳に入るように『ジェロームさん一行は帝都に行った』という情報を広く流します。そうすればこの街が襲われる事はないでしょう?」
「なるほど。スレイとテイルには何て言いましょうか?」
「私が個人的に帝都に御招待する事にしましょう。私が冒険話が好きなのは私本人が言うのもなんですが、有名ですからね。今話題のジェロームさん御一行を招くのに疑問を抱く者はいないと思います。こんな計画でいかがでしょうか?」
「分かりました。では自然な感じで2人を誘いましょう。」
※ ※ ※ ※ ※ ※
…と、いう事があったのだ。俺の「自然な感じで2人を誘う」というミッションは見事に失敗したが2人に断る理由はないだろう。
「帝都?私は別に行かなくてもいいかな。帝都には魔法学校でしばらく住んでたから行っても退屈だわ。」
な…なんだと!?
「オラ、帝都に行くよりここで復興の手伝いして役に立ちたいべ。」
偉いぞテイル!!だが、そうじゃないんだよ!良く考えて!自分の立場を良く考えて!!
予想外の2人の発言に流石の殿下も困惑気味だ。
「ちょ…ちょっと集合!集合!!」
俺は2人に顔を近くに寄せるように促し小声で話始めた。
「おい…危ないところを助けてくれた殿下の誘いだぞ?なぜ断る?」
「え~~だってぇ~~。」
だってぇ~~…じゃねえよ!!
「オラは復興を…。」
気持ちは分かる!
「あのな…。良く考えろ、今俺達はイスマルに追われているんだぞ。殿下の客人として帝都に行けば安全度は格段に上がるだろ?」
「そうかな~。」
そうだよ!!アホなのか?お前はアホなのか!?
「…それになテイル、復興を手伝うっていうのはとても良い事だ。でもここにいたらまた攻められる可能性もあるだろ?っていうかその可能性は高い!ここは国の保護を受けつつ今後の対応を検討するってのが得策とは思わんか?」
「そ…そうかもしんねぇな。」
まったく…揃いも揃って……。
「あの…そろそろ良いですかね?」
俺達の行動をしばし野放しにしていた殿下が声を掛けて来た。
「あっ!はい!!行きます!喜んで行きますとも!!なあ、スレイ!テイル!!」
こうしてグタグダだが何とか皆で帝都に行く事になった。何か………疲れた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「マスター、少しお休みになられてはいかがでしょうか?」
「うるさい!!僕に指図するな!!」
薄暗い洞窟の中、イスマルの足下には5匹のゴブリンが血だらけで転がっている。内、数匹は既に息をしていない。イスマルはヒステリックに叫び声を上げながらまだ息のあったゴブリンの腹を蹴りあげた。
「…市中にテイル様達が飛竜に乗って帝都に向かわれたと噂になっております。いかがなさいますか?」
「何を迷う事がある?僕からテイルを奪うのなら帝都を攻め滅ぼすのみだ。」
「こちらも大きな損害が出てしまいますが…。」
「損害?モンスターが死ぬのは損害なのか?
イザベラ…お前は僕の言う事を聞いていれば良い。意見などするな。」
「…はい…マスター。」
つづく
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