第16話 白状させられる

「飽きたな…。」


「そうね…。」


「オラももういらないべ…。」


 俺達は案内された宿屋の俺の部屋で包んでもらったサンドイッチを食べていた。数時間前に同じ物をたらふく食べた上に思った以上に残っていた事から正直もて余している。残すのも勿体ないし…。

 その時外で冒険者サロンの緊急依頼の鐘が鳴り響いた。


「緊急依頼だ!…まさか…イスマル!?」


 俺は勢いよく立ち上がるがスレイとテイルは慌てた様子はなくゆっくりと立ち上がった。


「…多分違うわよ。」


 そう言ったスレイの表情は雲っていた。テイルの表情も暗い。


「そうだな…行くべ…。」


 俺は訳も分からず2人に着いて行った。



「そういう事か…。」


 俺達の前には瓦礫の山が点々としていた。昨日モンスターの襲撃の際、ほとんどは街の塀の外で撃退する事が出来たのだが、一部侵入を許し被害が出た。俺達が見た街から上がる煙もここが燃えた時のものだろう。緊急依頼はこの瓦礫の片付け作業だったのだ。聞けばここが戦場になった時には市民は全員避難を終えており死者は出なかったようだ。だが、戦闘員…即ち兵士や参加した傭兵兼冒険者には多数死者が出たという。さっきまで「もうサンドイッチ食べられないよ~」とか言っていた自分が恥ずかしい。もちろんあの時…街が襲われていた時に参戦しなかった事に後悔はない。前にも言ったが戦争や大規模戦闘は冒険者の範疇ではないからだ。とはいえ、この状況を見ると心が傷む。


「これ、オラのせいなんだべな…。」


 テイルがポツリと呟いた。


「テイル!それは違うぞ。絶対にだ!だから…もう二度とそんな事言うな…。」


 俺は思わず声を荒げてしまった。テイルにこんな思いをさせているイスマルを俺は許さない。許さない…けど、元々大した力もなくたまたま有名になっただけの装備屋のオッサンにあれに対抗する術はない。情けない話だ。


「よ~し!街の人達のためにガンガン片付けるわよ!!ほら!ジェロームもテイルもぼやぼやしてないで!!」


 沈んだ空気を振り払うようにスレイが元気よく声を出す。そして瓦礫に向かってズンズンと先に進んで行き途中躓いて豪快に転んだ。それを見たテイルがクスリと笑った。ありがとうスレイ。



 今日の瓦礫の片付け作業は日没と共に終了した。かなりの人数がほぼ休まずに続けたのだが先はまだ見えなかった。俺達は宿屋に戻りクタクタの中、残りのサンドイッチを腹に押し込み各々の部屋へと別れた。

 思えばとんでもない1日だった。朝早くからモンスターの大群に追われて竜騎士に助けられ、王族であるロイドレイ殿下に会い会議に参加させられて午後は復興作業…それに1日の食事が大量のサンドイッチっていうのもこれからの人生まずないだろう。そんな事を考えながら風呂に入り鎧の手入れをしていると誰かが俺の部屋のドアをノックした。

 きっとスレイかテイルだろうとドアを開けるとそこに立っていたのは昼間待機していた部屋から会議をしていた部屋まで案内してくれた役人風の中年男だった。


「夜分遅くに申し訳ありません。私、この街の軍の書記官をしておりますデルクラフトと申します。本日お会いしたのですが覚えていらっしゃいますでしょうか?」


 デルクラフトと名乗った男は畏まった態度で挨拶をした。軍の人だったのか…。


「ええ、もちろんです。…で、何か御用で?」


「はい。ロイドレイ殿下がジェロームさんにお話があるそうで、少々お時間を頂きたいのですが…。よろしいでしょうか?」


 恐い恐い恐い!!殿下が俺に話?


「……俺にですか?」


「はい。」


「俺一人にですか?」


「はい。」


 マジか…。デルクラフトの言葉は俺に伺いを立てている形はとっているが、殿下が呼んでいるとなれば俺に拒否権はない。


「…分かりました。では急いで身支度を整えますので少々お待ちいただけますか?」


「ええ、もちろん。外に馬車を用意しておりますので準備が済み次第そちらへ…。」


 俺は「分かりました」と答えドアを閉めるとまだ手入れ途中の鎧を日頃の5倍速で装着して部屋を飛び出した。



「やあ、ジェロームさん。急に呼び出して申し訳ないですね。」


 殿下は相変わらずニコニコとしながら俺に椅子を勧めた。今回はちゃんと部屋に入る前に兜とフェイスガードは外したよ!

 俺が通されたのは昼間会議の行われた建物の一室だったが俺達が最初に入った殺風景な部屋と違い椅子もテーブルも高級感が漂っている。恐らく殿下が今日泊まる部屋であろう。奥にも更に部屋がある…寝室かな?


「いえ、私に何かお話があるそうで?」


 何とか落ち着いた感じで話す事が出来た。実際は緊張で震えそうだし吐きそうだし、なんならウ○コだって漏れそうだ。頑張れ俺の肛門!!


「まあまあ、そう畏まらずに…。僕の個人的な興味ですよ。ジェロームさんはお酒はいけますよね?」


 そう言うと殿下は高そうな小さなグラスに高そうな蒸留酒を注いで俺の前に置いた。


「あ…ありがとうございます。」


 これを飲めば少しは緊張が解けるだろうか…。そう思い俺はそれを一息で飲み干した。焼けるような感覚が喉から胃に流れた後果実の甘い香りと燻製のような渋みを感じさせる香りが混ざりあいながら鼻腔を駆け抜ける。


「これは…美味い…。」


 思わず呟き殿下を見ると手に同じグラスを持った殿下がクスクスと笑っている。


「気持ちの良い飲みっぷりですね。では改めて乾杯しましょうか。」


 やっちまったーーー!!!!

 そうだよね!普通乾杯するよね!!先に飲んじゃったよ!恥ずかしい!!何が「これは美味い」だよ!!1分前の俺のバカ!!


「御無礼を致しました。ロイドレイ殿下を前に柄にもなく緊張しております。実にお恥ずかしい。」


 とはいえ、初っぱなに大恥をかいたお陰で少し緊張が緩んだ気がする。怪我の功名ってやつだ。再び注がれたグラスを持ち殿下と乾杯を交わした。


「まあ、ここでの話は僕とジェロームさんとだけの物と思って下さい。」


「は…はあ。」


「ジェロームさん、イスマルが狙っているのはジェロームさんなんですか?それともスレイさん?僕はテイルさんが本命だと思うんですが…。」


「!!」


 は?え?何で?何で!?いや、それは今はいい…誤魔化さなければ!


「でででで殿下!ななな何を仰っておられるのか俺…いえ、私には全然分かりませんでございますことよ!」


 ダメでした…。


「ここだけの話ですよ。誰にも言いませんし、これも僕の予想ですが、仲間を庇うために必要以上の事は話さないようにしているんでしょう?それにイスマルが襲撃の犯人だとすればまたあなた方を狙うんじゃないでしょうか?おおっぴらにせずに護衛を付ける事も出来ますしお互い悪い話じゃないと思うんですが?」


 確かにそうだ。殿下は「思う」とか「予想」という言葉を使っているが、ある程度の確信を持っているのだろう。でなければ、夜中に俺だけを呼び出し護衛も付けずに話をするなんて考えられない。スレイ、テイルすまんが俺の独断で殿下を信じてみるよ。もう誤魔化せそうにないし…。


「殿下の慧眼…感服致しました。なぜ、分かったんですか?」


「良かった。ジェロームさんを呼び出しておいて外していたら恥をかく所でしたよ。まあ、イスマルと面識があったのはテイルさんだけですしね。昨日のモンスター討伐の報酬も受け取らずに早朝に街を出たと聞いてまるで何かから逃げているようだなと感じた訳です。そこで襲われたんですから、イスマルから逃げていたと考えるのが自然かな…と思ったんですよ。」


 なるほど。でも、その考えに至るという事は昼間の俺の話を信じていなければ出来ない事だ。


「昼間の私の話を信じて下さったんですね。体験した私ですら未だに信じられないのになぜ信じてくれたんでしょうか?」


「あなたは必要のない嘘はつかない人物だと思ったからですよ。」


 え?そんな理由?


「まあ、もう1つ理由もあるんですが言わない方が良いでしょう。」


 そう言うと殿下は酒瓶をこちらに向け俺のグラスに注いだ。もう1つの理由?


「あっ。ありがとうございます。気になる言い方をされますね。」


「気になりますか?」


「ええ。」


「そうですか。」


 そう言うと殿下はいたずらっ子のように屈託なく笑った。うん、この人なら信じられる…いや、信じてみよう。


「殿下も仰ったじゃないですか。ここでの話はここだけの話だと…。」


「ハハハ…、そうでしたね。では絶対に内緒ですよ。」


 殿下はわざとらしく周りを確認すると俺に近付き小声で言った。


「実は僕も冒険者に憧れていたんですよ。」


 へ~、そうなんだ。やっぱり王族となると冒険者になるわけには行かないだろうしね!俺と同じだったんだ~……ん?「僕も」?あれ?


「『僕も』と仰いますと?」


 俺の全身から冷や汗が吹き出す。まさか…いや、そんなはずはない…大丈夫なはずだ。


「そうですね…。例えばの話ですがね、冒険者に憧れているけど立場上なれない男がいるとしますよ。」


「はあ。」


「その男は冒険者の物語を読んだり現役の冒険者の活躍を聞いたりするのが好きなんです。そんな折、突如彗星の如く現れた「蒼天のジェローム」という冒険者の噂を耳にしたんですね。たった1人でトロールを倒し不吉とされた「全滅姫スレイ」とパーティーを組み、たった3人で凶悪な盗賊団を壊滅…。更には討伐対象のリヴァイアサンを助けその背に乗りどこかへともなく去って行った…と。その男はすぐにジェロームさんのファンになりましてね。ファンになるとその人の事を知りたくなるでしょう?」


「そうかも…しれませんね…。」


「すると色々不思議なんですよ。それほどまでに強い冒険者なのに噂になる以前の活躍どころか目撃情報すらないんですよね。」


「……。」


「すると、蒼天のジェロームにはもう1つ武勇伝があったんですよ。一見古く汚い鎧を名工カラタール作と見抜き、それを不当に買い叩こうとした装備屋を懲らしめご婦人を助けたそうですね?しかもそれを完璧な手入れで美しい姿を取り戻したと。スレイさんの鎧がそれですよね。実に美しい鎧でした。」


「…そんな事も…ありましたね。」


「余程の鎧マニアか装備屋にしかそんな事は出来ません。あれ?そういえばジェロームさんが初めて噂になった街で装備屋のご主人がその日に亡くなられたんですよね?正確には遺体が出てないので行方不明みたいですけど…ご存知でしたか?」


 ああ…これはあれだ…アウトだ。


「ねえ……ジェクトさん。」


               つづく



 


 

 


 


 


 

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