第15話 緊張させられる
俺達は昨日大規模なモンスター襲撃があった街…リヴァイアサンに下ろされた場所から最初の街に着いた。要するに2つ前の街に戻った事になる。
「いや~まさか助けたのが噂のジェロームさん御一行だとは思いませんでしたよ。」
若い竜騎士は石畳の廊下を俺達を先導しながら親しげに話し掛けてきた。エリートなはずなのに気さくな若者だね。
「…で、昨日のこの街と隣街でのモンスター襲撃もあった事ですし、少し話を聞かせて頂きたいんですよ。前例のない事態ですからね。」
俺達は日頃役所と軍の駐屯地として使われている城塞の一室に通された。大して広くもなく木の机と椅子があるだけの殺風景な部屋だ。
「お腹空いているでしょう?今軽食と飲み物をお持ちしますんでこちらで少々お待ち下さい。」
若い騎士は実にありがたい一言を残して部屋から出て行った。
「助かった…のよね。何だか実感がわかないわ。これからどうする?」
無言だったスレイが落ち着いた声で話し出した。「落ち着いている」は間違いかもしれない…危機を思わぬ形で脱した事で「気が抜けている」の方が正しいだろう。それは俺とテイルも同じだった。
「うむ…。とりあえず彼らの聞き取りに正直に答えるしかないだろうな。イスマルは俺達にとっての危険を通り越して国家…いや、世界にとっての危険な存在と言っても過言ではないだろう?」
「確かにそうかもしれないけど…それじゃあイスマルがテイルを狙っている事も話すって事?」
そうか…。イスマルはテイル1人を見付けるためだけに2つの街を襲った。それはイスマルの異常性以外の何物でもないのだが、「テイルのせいで街が襲われた」と考える者も必ずいるだろうし、襲撃によって被害を受けた人達にそういった感情が生まれるのも仕方のない事だろう。何ならテイルをイスマルを差し出せばもう襲われないと考えテイルを捕まえようとする者も現れるかもしれない。
「んだな。正直に言うのが一番だべ。」
「まあ、待てテイル。スレイの心配はもっともだ。さっき自分が言った事をすぐに覆してなんだが、話すのは今回の犯人であるイスマルとあのイザベラとかいうモンスターの事だけにしておこう。嘘をつく訳じゃない。」
「でも…。」
「『でも』じゃないわよテイル。私とジェロームは国なんかよりもあなたの事の方が大事だって言ってるの。黙って大人しく庇われなさい!さもないとあの事話しちゃうわよ。」
あの事?
「そ…それは困るべ!!」
「なら決まりね。そうね…話すのはイスマルの情報…たまたまテイルが同じ出身地だから知っていたって感じで良いかしら?調べられて元婚約者だって分かってもテイルを追ってきたっていうのは知らなかったってことで口裏を合わせるって事でどう?」
あの事って何だ?
「わ…分かったべ。」
「それとイザベラってモンスターの事ね。…って、そもそもあのイザベラって何てモンスターなの?ジェローム知ってる?」
あの事って何だろ?
「ジェローム?」
「ん?あ…すまん、聞いてなかった。」
「もうしっかりしてよリーダーでしょ!?」
俺リーダーだったんだ…初めて知ったよ。
「あのイザベラが何て種類のモンスターかって話だべ。」
人型モンスターは大きく2つに分けられる。1つは生まれながらのモンスター。低知能のオークやゴブリン、高知能のヴァンパイア、サキュバスなどが挙げられる。ちなみにオーガやトロールは人型だが大きいので巨人型モンスターに分類されるのだ。もう1つは人間が変質したモンスターになったもの。アンデット化したゾンビや前述のヴァンパイアに噛まれてその僕となってしまったヴァンプサーバントなどがいる。
さて、件のイザベラだが、卵から産まれたというイスマルの話を信じるならば前者の「生まれながらのモンスター」であろう。ただ、モンスターを大量に操れる能力というのは聞いた事がない。サキュバスなどが使う「魅了」という能力ならばオスのモンスターを操る事は可能だろうが恐らくイザベラはサキュバスではない。
なぜなら「魅了」は人間の男にも効果を発揮する。そしてそれは対象がエロければエロいほど掛かりやすいのだ!俺は必ず…間違いなく…自信を持って簡単に掛かってしまうだろう。そうならなかったのだからやはりイザベラはサキュバスではない。
「正直分からないな…。それも含めて国に判断を任せようじゃないか。俺達は『イスマルがイザベラと呼んでいる人型モンスターが大量のモンスターを操っているようだ』とだけ言えば良い。そんな感じでどうだ?」
「良いんじゃないかしら。じゃあお願いねジェローム。」
「よろしく頼むべジェロームさん。」
「ん?え?俺が言うのか?」
「リーダーだしね。それに3人がそれぞれ話したらどこかでボロが出ちゃう可能性があるでしょ?私とテイルは基本的に相槌だけ打っておくわ。」
チクショー…理屈が完全に通ってるじゃないか!!
その時ドアがノックされて中年の女性が山のようなサンドイッチと水差しを持ってきてくれた。この重量感のあるサンドイッチを軽食と呼んで良いものか…。まあ、どうでも良いんだけどね。
そんなサンドイッチの山が小高い丘程度に低くなった頃、ノックする音が部屋に響いた。ドアを開けて現れたのは小柄な役人風の中年男だった。
「お待たせしました。皆様お待ちですのでご案内致します。」
男は丁寧な言葉と態度で俺達に着いてくるように促した。役人がたかが冒険者にこれ程礼を尽くすのは珍しい。客人扱いされてるのかな…逆に何か不安なんですけど!!
「おじさん!この残ったサンドイッチ、もったいねぇから包んで持って帰っていいべか?」
余計な事を言うなテイル!恥ずかしいだろ!
「え?…あ、はい…。では包んでおきますのでお帰りの際にお渡ししましょう。」
役人は一瞬呆れた顔を見せたがすぐに笑顔に戻り再び俺達の前を歩き出した。
「やあ、お待たせして申し訳ない。どうぞお掛け下さい。」
案内された部屋に入ると先程の若い騎士が笑顔で長テーブルの奥の席から声をかけてきた。その他の席に座っていた軍人や役人と思われる人達がこちらをギロリと睨んでいる。歓迎はされていないようだな。
「おい!お前!御前であるぞ!兜と仮面を着けたままとは無礼であろう!」
1人の軍人が俺に怒鳴る。あ…やべ…確かに失礼だったかも…。そうだよね、外します、今すぐ外します!
「無礼?私達は話を聞かせて欲しいって言うからここに来たんだけど?それをいきなり恫喝するなんてそっちこそ無礼なんじゃないの?」
止めろスレイ!!俺が失礼しただけなんだから!
「そうだべ!ジェロームさんは風呂と寝る時以外はいつでも戦えるように兜もフェイスガードも外さねぇんだぞ!」
テイルも止めて!事を荒立てないで!
「なにを!?この方をどなたと…」
「まあ、良いじゃないですか。」
軍人の言葉を遮り若い騎士が手をヒラヒラとおどけて見せる。お前も怒られるぞ!
「し…しかし殿下…!」
殿下?
「僕が良いって言ってるんですから良いんですよ。」
ちょ…ちょっと待って…、この軍人のオッサンよりあの若い竜騎士の方が偉いのか?それに殿下って?
「部下の非礼をお詫びします。申し遅れましたが僕は帝国軍第一竜騎士部隊隊長の『ロイドレイ・ベネクト・アマリア・ヨ・アロクサー・ミットラルド・アジム・フォン・ダーツァル』と申します。長いんで『ロイ』とでも呼んで下さい。」
その名前を聞いて俺は凍り付いた。隣に座るスレイとテイルも固まっている。ロイドレイ殿下は現皇帝陛下の次男だ。つまり兄である皇太子殿下に何かあった場合は次期皇帝になられる御方なのだ!めっちゃ緊張する!…ってか、さっき俺達を普通に部屋に案内してくれてたよね?気さくにも程があるよロイドレイ殿下!!
「あっ、そうそう!聞きましたよ!昨日起きた隣街でのモンスター襲撃を退けたのはジェロームさん達だったそうじゃないですか!先ずはそのお礼を言わせて下さい。ありがとうございました。」
ロイドレイ殿下の言葉にスレイとテイルは少し得意気な顔になっている。しかし俺はこの雰囲気に少し違和感を感じていた。もちろんこの気さくさはロイドレイ殿下の元からの性格だろう。だが、政略や利権を求めて言い寄って来る者がいるような王族貴族を嫌というほど見てきたであろう殿下が古参の部下を冒険者ごときに諌める事をするだろうか?それに、ただ俺達の話を聞くだけならばこのお偉いさんの集まる会議である必要はない。部下にでも聞き取りをさせその内容をまとめた書類をこの会議で報告するだけで良いはずだ。
ならば、軽く考えれば俺達がこれから話すであろう事が信頼出来るのか俺達の人となりを見るため…。重く考えれば何かしらを疑われているという事だろう。何れにしても粗暴な冒険者と見られては損でしかない。俺はゆっくりと兜とフェイスガードを外した。
「おや?外して良いのですか?」
殿下は大袈裟に驚いたような声を上げた。
「危ない所を助けて頂いたばかりか一冒険者の我々に対して殿下のお言葉はもったいなく…。それを前に私個人の戒めなど些細な事。非礼をお詫びすると共に改めてお礼を申し上げます。」
俺は深すぎないように頭を下げた。この「深すぎない」というのが重要だ。この礼はあくまでも礼節としての礼であり、殿下やお偉いさん達に対して媚びへつらった物ではない事を印象付けなければならない。これであちらの顔も立て、こちらが相手によって態度を変えるような小さな人間でない事を伝えられる……と、思う。大丈夫だよね?
「いやいや、頭を上げて下さい。では少し話を聞かせて下さい。」
殿下は相変わらずだが、俺の言葉に先程の軍人を始め他の人達から放たれていたピリピリとした空気が引いて行くのを感じた。どうやら正解だったようだ。スレイやテイルには出来ないであろうこの大人の対応…オッサンの力の勝利だ!
俺は先程スレイ、テイルと打ち合わせしておいた通りの話を皆の前で話した。スレイの時折の「そうそう」とか「うんうん」とかの相槌が鬱陶しかったが何とか上手く報告出来たと思う。話を終えるとお偉いさん達はザワザワとし出した。まあ、すぐには信じられないような話だからね…。
「なるほど…。モンスターテイマーのイスマルとモンスターを操る人型モンスターイザベラ…ですか…。モンスターテイマーの一族は帝国軍竜騎士部隊と縁も深いですからね…。イザベラの事はモンスター学者の意見も聞くとしよう。」
確か100年以上前にモンスターテイマーの分家が帝国軍に協力して今の竜騎士団の礎が出来たと何かの本で読んだ事がある。…って言うか、殿下、こんな話そんなにあっさり信じてくれるんですか!?
「殿下!こんな荒唐無稽な話を信じるのですか!?」
殿下の隣に座る肥満気味の男が強い語気で言う。もっともです…。
「う~ん…。でも起こっている事自体が異常な訳ですからね…。その原因も異常なんじゃないかと僕は思うんですよ。あらゆる状況を想定しておくのは悪い事ではないでしょう?『そんな訳がない』と切り捨てては事実だった場合対応出来ませんよ?」
殿下のその言葉に一同は黙りこんでしまった。若いのに大したもんだ。俺が殿下くらいの年の頃は…え~と、何してたかな…装備屋はもうやってたけど…ああ、新婚でただただ妻とイチャイチャしてた頃だな…。
「ジェロームさん、スレイさん、テイル君。」
あっ。
「オラ女だべ。」
「!!…失礼…、テイルさん。ありがとうございました。お疲れでしょうから今日はゆっくり休んで下さい。宿を取っておいたので案内させますね。」
殿下も間違った!親近感が湧くね。
俺達はまだ会議が続く中その場を後にした。
ほっとした俺には1つ気になる事が残っていた。スレイがテイルの事で話すと言った「あの事」って何だ!?
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます