第14話 待ち伏せされる

 空がうっすらと明るくなった頃、俺達は街を出た。昨日俺達は荷物をほどく事をせずに寝た。本当は一つやりたい事があったのだが、それはまたの機会にしておこう。今はとにかくイスマルからテイルを逃がす事が重要だ。


「本当にわりぃな2人とも…。オラのせいで昨日の戦闘タダ働きになって…。」


 昨日の戦闘の報酬が翌日…、つまり今日冒険者サロンで支払われる事になっていた。しかし、それを待ってはイスマルからテイルを逃がすのは難しくなるだろうと考えたのだ。

 俺は報酬を貰えないばかりかキマイラ退治の為に銀貨全てを失った。でも全然気にしてないよ!まだ金貨と銅貨はあるしね!全然気にしてない…本当に、本当に全然気にしてない…。


「何言ってるのよテイル。そんな事気にしなくても良いのよ。」


 本当に全然気にしてないからね…。

 辺りが明るくなった頃、俺達は綺麗な小川が流れる清々しい森に差し掛かった。


「気持ち良い森ね。朝食をとるのに少し休憩しない?」


 俺達は小川の畔に腰を下ろした。何だかピクニックみたいだな!平和だ。


「やあ、遅かったね。」


 突然の声に俺達は驚き立ち上がった。見ると小川の対岸にニコニコと笑っているイスマルがこちらを見ながら座っている。その横には黒いドレスを来た色の白い女性が日傘を差して佇んでいる。


「イスマル…。」


「もう…酷いじゃないかテイル。せっかく再会できたのに何も言わずに街を出るなんてさ。2つも街を襲ったのが無駄になるところだったよ。」


 え?今なんて?


「それはどういう意味だべ!?」


「そのままの意味だよ。」

 

 爽やかな笑顔とは裏腹な言葉に俺達は言葉を無くした。でもモンスターテイマーが一度に多くのモンスターを操るのは無理なんじゃなかったっけ?


「本当に今まで大変だったよ。どこで聞き込みをしてもテイルがどこにいるのか分からなかったんだから。パルトク訛りの十代後半の女の子の冒険者なんてそうはいないと思ったんだけどね…。」


 そりゃ見付からないだろう…。テイルは十代前半の男の子に見えるんだから…。


「でも、有名な『蒼天のジェローム』と『全滅姫スレイ』と旅をしてるって聞いてね…。」


 え?俺とスレイのせいでバレたの?


「そんな事はどうでも良いべ!街を襲ったって?お前があんな沢山のモンスターを操れる訳ねぇべな!」


 テイルは弓をキリキリと引き絞りながらイスマルに問い掛ける。


「おいおいテイル、その物騒な物は下ろしてくれよ。テイルに強くなった僕を見て貰いたかったんだ。凄いだろ?まだ本気出してないのに街1つを落とせそうだったじゃないか?

もう1つの質問にも答えてあげる。大勢のモンスターを操れるのはこのイザベラのお陰さ。なあ、イザベラ。」


「はい、マスター。」


 イザベラと呼ばれた女性はうっすらと微笑み答えた。


「どういう事だ?」


「ジェロームさん、僕はあなたとは話したくないんだ。愛するテイルと旅する男には怒りしか感じないからね。」


 ありゃ、俺知らないうちに恨まれている!?


「そのイザベラって人のお陰ってだけじゃ質問の答えになってねぇべよ。」


「ああ、そうだね。君が旅立った次の日、僕は僕のモンスター3匹と君を追って街を出たんだ。でも君には全然追い付かなかった…。旅を続けて行くうちに僕のモンスターは1匹、また1匹と倒れてとうとう僕1人になってしまったんだよ。

 そんな時にモンスターと遭遇しちゃってね。必死に逃げて隠れた岩屋で僕は見た事のないモンスターの卵を見付けたんだ。今にも孵化しそうだったそれに僕は賭けたんだ。幸いにも食糧は充分あったからその岩屋で卵を育てた…そして産まれたのがイザベラさ。

 正直産まれた時はガッカリしたんだ。見た目は人間と変わらないしどう見ても非力そうだったしね。でもそれは間違いだったってすぐに分かったのさ。イザベラはモンスターを操る能力を持っていたんだ。お陰でそれから全てのモンスターは敵ではなく僕の駒となった。その気になれば国の1つや2つ滅ぼせるんだ…。テイル、君に世界をプレゼントしてあげる…一緒に来てくれるよね?」


 イスマルは立ち上がりテイルに手を差し出しながら浅い川に足を踏み入れる。


「近付くな!!」


 そう言うとテイルは矢を放った。その矢はイスマルの頬を掠め後方の木にタンと軽い音を立てて突き刺さった。


「なぜだテイル?僕は君の望む強い男になったんだ。何で僕を拒絶するんだ?」


 頬の血を拭う事もせずイスマルは悲し気な表情になる。


「国を滅ぼす?世界をオラにプレゼントする?そんなもんオラはいらねぇ!それにお前が強さを語るな!強いのはお前じゃねぇ…そのイザベラって奴だべな!」


「……そうか…そういう事か…。分かったよテイル。」


 良かった。どうやらイスマルもようやく諦めて…


「僕がその2人を倒して強さを見せれば良いんだね?」


 何でそうなるんだ!!?

 

「イザベラ…。」


「はい、マスター。」


 イザベラが返事をした途端森から鳥達が鳴き声を上げながら一斉に飛び立ち、ウサギや野ネズミが俺達の足元を掠めながら森の外に向かって走って行く。


「時間があまりなかったからね。この程度しか集められなかったよ。でも強いとはいえこの数を2人で倒す事は不可能だよね?」


 イスマルの背後の森から昨日戦ったガーゴイルやキマイラ、オーガの他にも多種多様なモンスターたちが湧いて出てくる。俺は100より先を数えるのを止めた。


「2人じゃねぇ…3人だ!!」


 テイルはイスマルに向けて再び矢を放った。先程の威嚇とは違い間違いなく仕留めにかかったものである。イスマルの眉間に刺さる寸前の矢をイザベラが素手で掴んだ。


「ジェロームさん!スレイさん!逃げるべ!!」


 テイルの言葉に俺達は必要最小限の荷物だけを持ち全力で走り出した。と同時にスレイが準備していた魔法を使い俺達とイスマル達の間に岩の壁を出現させた。そんな魔法も使えたのか?言ってよ…。

 その魔法のお陰で少しは距離を取れたがそれはほんの一瞬であった。それもそうだ。人型のモンスターならまだしも獣型のモンスターの速さは鍛えられていようが人間の比ではない。俺達は応戦しながらの逃亡を余儀なくされた。


「スレイ!次の街までどのくらいあるんだ!?」


「まだまだ先よ!なんなら前の街の方が近いくらいだわ!」


 マジか…。俺はいつものように知っている策や知識でこの危機を突破出来るものはないか思案する。が、何も思いつかない。もはやここまでか…。


「…ジェロームさん、スレイさん、今までありがとな…。2人と旅が出来て物凄く楽しかったべ。一生忘れないべよ。」


 テイルは寂しそうに笑って走る速度を緩めた。


「何言ってるのよ!!バカな考えは起こさないでちゃんと走りなさい!」


 スレイはそんなテイルの手を取り引っ張りながら走った。


「でもこのままじゃ…。」


「ハハハ…。まさに大冒険じゃないか。盗賊と戦った時の危機とそうは変わらないだろう?」


 俺は精一杯の空元気を絞り出して笑った。そうだ、あのサスリの森の時だって何とかなったじゃないか。出来るだけ生き延びてそのチャンスを逃さないようにしなければ…。

 ん…?生き延びる?言うまでもなくイスマルの最大の目的はテイルを連れて行く事だ。俺とスレイを殺す事はそのための手段と言っても良い。ならばこの状況は何だ?今俺達を追っているモンスター達はそれほど知能も高くはないし急ごしらえのはず…。ならばテイルのみを捕らえ俺とスレイだけを殺すなんて複雑な命令を理解出来るのだろうか?テイルが死んでしまっては元も子もない。だとすればとりあえずの命令は『3人を捕らえよ』なはずだ。考えてみれば今応戦しているモンスター達の攻撃は命を取りにくる様なものではない。俺の予想もあながち間違いでもなさそうだ。ならばまだこの状況から脱する可能性はある!…はずだ…。


「ジェローム…あれ…。」


 スレイが指差した先を見て先程までの俺の希望はガラガラと音を立てて崩れた。そこにはまだ小さくて種類は判らないが飛竜の群が森の木の枝の隙間から見えた。空からの攻撃も加わるとなると微かに残っていた逃げ切る可能性は皆無となるだろう。


「2人とも!あれはイスマルのモンスターじゃないみたいだべ!」


 え?マジで?


「何でそう思うの?」


「こっちには向かって来てないからだべ。でも変な飛び方だな…。」


 確かに飛竜は降下することなく高い所を真っ直ぐに飛んでいる。それに一体の飛竜を先頭に三角形の隊列を組んでいる様に見える。野生の飛竜はそんな飛び方はしない。


「まさか…。」


「イスマルのモンスターじゃないならやり過ごしましょう!もうそろそろ森を抜けるわ。平野に出て飛竜に襲われたら一溜まりもないわよ。」


「いや…、スレイ。空に向かって出来るだけ派手な魔法を撃ってくれ!」


「え?それじゃ飛竜に見付かっちゃうじゃない!?」


「説明は後だ!!急げ!!」


「わ…分かったわ!」


 スレイは炎の魔法を飛竜に向かって放つ。


「おい!!!飛竜を撃つな!!」


「え?何で?」


 スレイはキョトンとした表情で俺を見る。俺は空に向かって撃てと言ったんだぞ!。飛竜を撃てとは言ってないぞ!!俺の予想が正しければ大変な事に……。

 スレイの撃った魔法は飛竜の群に向かって飛んで行く。それを回避するために隊列が大きく崩れた。そして数匹の飛竜がこちらに向かって降下を始めた。


「こっちに来るべ!」


 テイルが叫んだと同時に俺達は森を抜け広い平原に出た。飛竜は降下を止め低空で旋回をしている。


「…襲って来ないわ。」


「スレイ!気を抜くな!」


 俺はスレイに言うと後ろをチラリと振り向いた。獣型のモンスターが大量に森から飛び出して来る。森の木々で分からなかったがこんなにいたのか…。この他にも人型モンスターもいると思うとゾッとする。

 

「もう少しの辛抱だ!来たぞ!」


「キャーーー!!」


 俺が指差した方を見てスレイが悲鳴を上げる。テイルも声を出してはいないが顔をひきつらせているのが分かる。先程まで上空を飛んでいた飛竜全てが隊列を組み直しこちらに物凄いスピードで向かって来ていた。


「怯むな!!このまま走るぞ!!」


 飛竜は目前まで迫っている。頼む!


「ギャウッ!!」


 俺達に襲い掛かろうとしていたキマイラが背中から血を噴き出しながら転がり倒れる。そして次々に俺達の周りにいたモンスター達があるものは飛竜の爪に引き裂かれ、またあるものは首を引きちぎられて倒れていく。


「大丈夫か!?乗れ!!」


 俺達を並走する形で一体の飛竜から声が掛かる。その声は飛竜の背中に乗る騎士のものだった。

 帝国軍竜騎士部隊。この国最強とも言われる精鋭部隊だ。おそらく昨日起きたモンスターとの大規模な戦闘の事後処理又は敗走モンスターの掃討に向かっていた途中だったのだろう。

 俺達が飛び乗ると飛竜は高度を上げた。眼下には竜騎士に蹂躙されるモンスター達の姿が見えた。


               つづく

 


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