第13話 ゾッとさせられる

 俺は剣を担ぐように構え、キマイラと目を合わせた。皆が道を開け俺とキマイラの間には誰もいない。


「テイル…、一つ頼まれてくれるか?」


「もちろん。なんだべ?」


 俺は顔を寄せたテイルに耳打ちをして、銀貨の入った袋を渡した。


「頼んだぞ。」


 そう言って俺が一歩踏み出すとキマイラが猛然と突進してきた。予想通りだ。多分怪我はするだろうな…。俺自身は弱い、でも俺の剣と鎧の強さは装備屋として折紙を付けても良い。その装備を俺が信頼しないで誰が信頼すると言うのだろうか?信じてみよう…一流と認められた自分の装備屋としての経験と知識を。

 突進してくるキマイラに向けて俺は大振りを斬撃を放った。キマイラはそれを易々と横に飛びかわす。そして尾の毒蛇が俺に襲い掛かり俺は腕を出して毒蛇に噛ませた。この鎧なら牙は通さない…はずだ。キシキシと鎧が嫌な音を立てる。今剣を払えば毒蛇を切り落とす事は容易だ。だが俺はそれをしなかった。キマイラが笑ったような気がした。俺を捕まえたと思っているに違いない。だがなキマイラよ…それは逆だ…。


「今だべ!!」


 テイルが先程渡した銀貨の袋を投げる。それは火炎を吐こうとしていたキマイラの口にすっぽりと入った。キマイラの動きが数秒止まり次の瞬間キマイラの頭はドンと爆音を立てて破裂した。潰れた眼球や脳が広範囲に飛び散った。俺も吹き飛ばされ不恰好にしりもちをついてしまった。俺はすぐに立ち上がり残っているモンスターへと向かって行った。



 街はモンスターを打ち倒した高揚感と亡くなってしまった人々に対する悲しみの入り交じった不思議な空気に包まれていた。

 あの後、銀貨の入った袋でキマイラを倒したと知った地元の商人から銀貨が提供され残り2体も倒す事が出来た。残ったオーガを皆が総攻撃していた時に、隣街のモンスター襲撃を鎮圧して帰って来たこの街の兵士達が加わり程無く殲滅に成功した。


「大丈夫なのかスレイ?」


 俺達は宿の食堂で食事をとっている。


「大丈夫よ。この鎧凄いわね…傷一つ付いてない。ジェロームこそ大丈夫なの?」


「ああ。何ともない。」


 痣だらけなのと剣を振り過ぎて腕の感覚がない事以外は何ともないよ!あ…後、腰も痛いけど…何ともないよ!!


「しかし、あれでキマイラの頭が爆発するとはびっくりしたべ。」


「そうそう!何で銀貨でああなるのよ?全然意味が分からないんだけど?」


「ああ、あれはな…。」


 俺の読んだ本の中に『古今東西怪物拾遺伝』というのがある。これは世界中のモンスター退治の逸話を集めた物なのだが、その中に農民がキマイラを退治した話があった。その一節はこうだ。


『農夫鍬ヲキマイラノ喉奥ニ押シ込ミ候。キマイラ自ラノ焰ニ熔ケシ鉄喉ニ詰マラセ苦ミ暴レル也。是七人ノ死人有レドキマイラ息詰マラセ絶命ス。』【古今東西怪物拾遺伝より抜粋】


 読みづらい…。要するに鉄を口に入れられたキマイラが自分の火炎でそれを熔かしてしまい喉に詰まらせて死んじゃったって事だね。

 俺は先程の戦いでキマイラの火炎を受けた冒険者の鉄の鎧が熔けていたのを確認していた。それでこの話を思い出したのだ。ただ心配だったのはキマイラの口の中で鉄が完全に熔けるのか…それと、この話の中にあるように苦しんだキマイラが暴れて死人が出てしまうのではないか…という事だった。

 そこで鉄よりも融点の低い銀を使い更にそこにリヴァイアサンの鱗を入れたのだ。リヴァイアサンの鱗でガーゴイルの魔法を防いだ時、それは霧散した。即ち魔法の成分が膨張したのだ。熔けた銀で出口を失った魔法の成分はキマイラの内部で急激に膨張したのだ。それが頭部爆発のカラクリである。


「なるほど…って言いたい所だけど、それってかなり危険な賭けだったんじゃないの?」


 そうかな…?


「んだな。そもそも古い物語だかんな…。作り話かもしんねぇし、話に尾ひれが付いてるかもしんねぇべ。」


 確かに…。


「それにリヴァイアサンの鱗の効果で魔法成分が膨張するっていうのも予想を通り越してただの勘じゃない?」


 本当にそうだな。今考えると怖くなってきたよ。


「でもそれを現実にやって成功してしまうんだからやっぱりジェロームさんはスゲェなぁ~。」


 ありがとうテイル。でも恐怖で背筋がぞくぞくするよ!風邪引きそうなくらいぞくぞくするよ!!

 

「見ぃつけた!」


 突然かけられた弾んだ声に俺達は視線を上げた。


「捜したよ。やっと見つけた。」


 そこには栗毛で高身長の若い男が立っている。男前だ…男の俺から見ても男前だ!!


「何か用か?」


 俺が問い掛けたのを無視して男はスレイとテイルの方を向いた。おい若造!年長者を無視するな!寂しいじゃないか!!スレイの知り合いだろうか?まさかナンパか!?


「何?私はあなたの事知らないわよ?」


 あれ?違うの?


「君じゃないよ。テイル…やっと見つけた。」


 テイルはその男をキッと睨んでいた。


「何しに来たんだべか?オラはお前と話す事なんかねぇ。」


「そう邪険にしないでくれよ。こうして婚約者が迎えに来たんだよ?」


 …うん…きっと聞き間違いだ。それとも言い間違いかな?


「その話はなかった事になったんだべ!!」


 間違いなかったみたいです。


「お~怖い怖い。まあ、居場所は分かったから今日は退散するとしよう。またねテイル…。」


「二度とオラの前に現れるな!!」


 男はひらひらと手を振りながら背を向けて去って行った。


「…ねえ、今の誰?こ…婚約者って?」


 スレイも『婚約者』というワードが引っ掛かっているのか狼狽気味にテイルに尋ねる。


「アイツはイスマル…。オラと同郷の男だ。」


 テイルはそれだけ言うと食事を再開した。あまり話したくないみたいだな…。ここは空気を読んでそっとしておこう。


「…で、婚約者って?」


 空気を読めスレイ!!


「…オラが16の時に親同士が決めただけの話だべ。」


 ん?16の時?


「え?テイルっていくつなの?今が14歳位だと思ってたんだけど…。」


「そんな子供でねぇよ。今年18になったべ。」


 嘘!?性別だけじゃなくて年齢も不詳だったんだな…。


「んで、オラはそのつもりはなかったし冒険者になりたかったから家出して来たんだべ。『パルトク』出身のくせに標準語使うカッコつけ野郎と結婚するくらいならやりたいことやって野垂れ死んだ方がマシだべな。」


 テイルはパルトク出身なのか北方の…悪く言えば超ど田舎の地方だな。


「そうだったのね…。でも彼…イスマルはテイルの事大好きみたいじゃない?ここまで追って来るなんてなかなか出来ないと思うわよ?それにちょっとカッコ良かったし。」


 うん。俺もそう思うよ。


「好きでもねぇヤツと結婚なんて嫌だべ。それにアイツよりジェロームさんの方が何倍もカッコ良いべよ。」


 え?ホント?…嬉しい!!


「そうよね…。彼は冒険者なの?何で婚約って話になったのかしら?」


 スゲェ聞くなスレイ。妻もそうだったけど女性はこういう話好きだよな。偏見だったらごめんね。


「アイツは冒険者ではねぇよ。パルトク伝統の『モンスターテイマー』って聞いた事ねえかな?代々続くその家の三男坊なんだけんど、アイツが森でモンスターに襲われている時に助けてやったら惚れられたんだな~。こんな事になるならあの時放っておけば良かったべ。」


 それは少し冷たい気もするけど気持ちは分かるぞ。ん…モンスターテイマー?それって確か…。


「なあテイル。モンスターテイマーっていうのは確かモンスターを調教して芸をさせたり労働をさせたりする職業だったよな?」


「そうだべ。」


「なら、今回のモンスター襲撃はそのイスマルの仕業って事はないのか?」


「ああ、それはねえべな。モンスターテイマーはモンスターの卵か子供を育てて調教するんだべ。一人であんなにたくさんのモンスターを育てるのは不可能だかんな。」


 そうか…なら良かった。でも一つ厄介事が増えた感じだな…。とりあえず…。


「テイルはイスマルと帰るつもりは毛頭ない事は分かった…というとやることは一つだな。」


「そうね…。」


「わりぃね2人共…。感謝するべ。」


 俺達はもう知れた仲だ。言わずとも解り合っていた。俺達は食事を手早く食べ早々に寝る事にした。もちろん朝早くこの街を出てイスマルを撒くために…。



「イザベラ、やっとテイルを見つけたよ。」


「そうですか。良かったですね…マスター。」


                つづく



 


 

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