第12話 また断れなくなる

 俺達は次の街への道のりを歩いている。初めはモンスター警戒のために気を張っていたが、その心配もなくなりいつも通りの旅となった。途中2つの兵団とすれ違ったのだが、おそらくあの街への増援だろう。

 街に着いたのは日が沈んで間もなくの時間だった。街は隣の街の話題で持ちきりで不安を口にする人々は陰鬱な雰囲気だ。すぐ隣の街にモンスターが大挙して押し掛けたとなれば当然の反応であろう。


「仕方のない事だとは思うけど皆暗いわね。」


「そだな。今日は大人しく泊まって朝早くにでも出るべ。」


「そんだな…ん?」


 数分前に通過した門の方が騒がしい。悲鳴や怒号が入り交じりそれはだんだんとこちらに近付いてきた。


「あれは…ガーゴイル?それにオーガ…キマイラまでいるじゃない!!」


 それぞれ3匹ずつ合計9匹のモンスターが街に侵入したようだ。前の街を襲った顔ぶれと似ている事も気にかかる。スレイが反射的に剣を抜いた。テイルも既に弓を引き絞っている。


「この街の兵は隣の街に応援に行っている!かなり手薄だぞ…。ここは一旦引いて態勢をととの…。」


「そんな時間はないわ!行くわよジェローム!」


 逃げられないか…。俺は覚悟を決めて剣を抜いた。運が良かったのはこの街に多くの冒険者が滞在していた事だろう。武器を持つ街の男達に混じり冒険者達の姿が見える。彼らは示し合わせたようにそれぞれのモンスターにうまく分散して戦闘を始めた。俺達は固まっている3匹のガーゴイルに狙いを定める。

 ガーゴイルは赤みを帯びた肌と黒い羽を持つモンスターだ。体躯に対して羽が小さい事から浮遊は出来るものの高く飛ぶ事は出来ない。が、膂力は人の何倍もある上に様々な魔法も使いこなす厄介なモンスターだ。


「くっ…これじゃ射てねぇべ…。」


 テイルが悔しそうに呟いた。人々がガーゴイルを取り囲んでしまったため、もし矢を外してしまった場合同士討ちの可能性が生まれる。テイルの腕ならばその確率は低いのだが、あくまでも低いだけなのだ…絶対ではない。そしてそれは魔法においても同じ事が言える。


「肉弾戦は消耗戦…。勝てるとは思うけど怪我人が多く出るのは間違いないわね。誰か指揮官がいればこんな事にはならないのに…。指揮官……ジェローム!!あなたしかいないわ!!」


 へ?


「そうだべ!!『蒼天のジェローム』の言う事なら皆聞くべ!」


 また指揮ですか!?困ります!マジで困ります!!

 その時ガーゴイルの一匹が魔法の詠唱を始める。あれ?こっちに向いてない?ヤバくない?…あっ!そうだ!

 俺は腰に下げた袋からリヴァイアサンの鱗を3枚取り出しスレイとテイルに1枚ずつ渡した。


「なによジェロームこんな時に!」


「いいから聞け!魔法攻撃が来たらこれをそれにかざせ!」


「意味が分からないべ!」


「分からなくて良い!とにかくかざせ!」


 目の端で閃光が走った。ガーゴイルの魔法が発動したのだ。俺はそれに向かってリヴァイアサンの鱗を持った手を伸ばした。パンッと小さく弾けた音がするとガーゴイルの魔法はキラキラと虹色に輝きながら霧散してしまった。


「何…?今の?」


 リヴァイアサンの鱗。それは魔法を拒絶する。効かないのではなく拒絶するのだ。

 リヴァイアサンに魔法が効かないのは以前話した事があったと思うが、その効果をもたらしているのが鱗という訳だ。唯一その拒絶を掻い潜る性質があるのが雷魔法なのだが、身体にそれがたどり着くまでにほぼ攻撃力はなくなる。要するに対魔法最強と言っても過言ではない素材なのだ。

 魔法が霧散する様を見てモンスターと対峙している一部の人間を除き俺に注目が集まった。


「あれ、ジェロームじゃないのか?」


「ジェローム…『蒼天のジェローム』だ!」


 そんな声があちこちから上がる。


「ほらジェローム!今よ!指揮して!!」


 スレイが叫ぶ。こうなってはもう断れない。え~と…こういう状態は本で何かなかったかな…。ちょっと待ってね…え~と…そうだ!!歴史的に有名なグレイブ共和国の軍師ガルテルロの生涯を物語にした『名軍師ガルテルロ』の中に無計画な戦闘を繰り返す部隊にガルテルロが派遣されて勝利を納めた話があったな。確か…。


「聞け!!北側の者は後退せよ!!南側を厚くし北側に押し込め!!」


 俺が叫ぶと円であった陣形はU字型になった。


「弓を使う者、魔法を使う者は南側に移動!物でも人でも良い高さを取って攻撃せよ!」


 U字になった事により北側は石造りの民家の壁だけとなった。それにより南側からの攻撃であれば同士討ちの心配はなくなる。もちろんその民家もただでは済まないだろうが、人的被害と物的被害を秤に掛ければ仕方ないだろう。でもその家の人……ごめん…。

 

「みんなどけーーー!!!」


 スレイが叫びせっかく俺が作った陣形か崩れた。スレイの目の前にはラセツチョウを攻撃したあの炎魔法の準備が整っていた。あんなモノを街中で使うヤツがいるか!!


「うおい!!」


 俺の声も虚しく大崩した陣形の合間をぬってスレイは魔法を放つ。断末魔を上げる間も与えずにガーゴイルは消し炭と化してしまった。そして後方にあった民家の石壁も瓦礫の山となっていた。本当にごめんなさい家の人…。


「よし!!」


 だから「よし!!」じゃねぇよ!!指揮しろって言ったお前が俺の指揮の邪魔をするな!まあ、結果ガーゴイルは倒したけどさ…。


「スレイ…お前な…。」


「ジェローム!あっちがピンチよ!行かなきゃ!」


 俺が注意をしようとするとスレイはオーガと戦う一団に向かって走って行った。スレイの魔法による怪我人はいなかったのは奇跡としか言えない。

 

「危ない!!」


 誰かが叫んだ。次の瞬間スレイが横からキマイラに体当たりされて吹き飛び石畳の地面を転がった。


「スレイ!!」


 俺がスレイに駆け寄るとスレイはゆっくりと上体を起こした。


「イタタタ…。油断したわ。」


「大丈夫か?頭打ってないか?」


「うん。大丈夫。さあ、行くわよ。」


 大丈夫と言ったスレイだったが声が弱々しい。


「お前は少し休んでいろ。後は…」


 その言葉は自然と出てきた。俺はまだ自分に自信がない。モンスターだって怖いし痛いのも嫌だ。それでもその言葉が心の底から湧いて出たのだ。


「後は…俺に任せろ。」


                つづく



 




 

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