to-day:命日
今日。
保呂羽卯生が死んだ。
享年十六歳だった。
自殺だった。
名前は伏せるが、平日の日中にはほとんど人の居ない、快速電車に通過されてしまうような駅。僕たちの学校にはそれほど近くないその場所で、アイツは自殺を行った。両腕を頑ななまでに組んだまま、黄色い線の内側から仰向けに、線路側へ向かって倒れこんだようだ。器用に、狙い済ましたとしか思えないくらいに綺麗に、快速電車に頭部のみを轢かれたのだ。即死だっただろう。
倒れこみ自殺。
首は繋がったままだったらしい。勿論自分の目で確認などしていないから、人づてに聞いた話だ。見てしまったら、食事が美味しくなくなってしまうだろう。違いない。想像に、難くない。
ただ、それはきっと。
考え過ぎて――悩み過ぎて。
首の骨が折れるほどまでに、頭を傾げ過ぎたかのような。
奇妙で、不気味で、何より不思議な、光景だったのだろう。
* * *
木曜日。
つまり、一週間……毬雲に告白をされてから、保留の一週間が経過したわけだ。なので今日中に返答をする必要がある。約束は守らなければならないのだから。人として当然のことであって、僕だって最初からそのつもりだ。
面倒なのでメールで返答をすませてしまうという選択肢もないではなかったが、流石にちょっと横着すぎるだろうと、それは選ばなかった。となると、返事を伝える場所を考えなくてはいけない。告白を受けた槍振公園も考えたが、毬雲は電車通学なのだし手間になるだろうと思い直す。そして、順当で適当だろう、僕らの美術室にした。
美術部のない日なので、毬雲にメールを出して呼んでおいた。
一限から六限まで、覚えようともしていないのに暗記してしまった時間割。ざわついている他生徒たちに埋もれながら、授業と休み時間を交互にこなす。ぼうっとしながら、空いている席に目をやったり、板書を写したり、机に突っ伏したり、解説や雑談を聞き流したり。
そのまま放課後まで到達した、今現在。
美術室へ向かおうと、荷物を鞄へ片付けて――いた、ところで。
「……あれ?」
机の中に、手紙を一通、発見した。
薄い空色の、余計な装飾のない、単純な封筒。宛名も差出人もなく、封も軽く閉じてあるだけだった。いぶかしみながらためすがめつ。表、裏。……こんな質素なラブレターが在るはずもない。誰かの忘れ物か何かだろうか――などと思いつつ、開けてしまう。
ルーズリーフが入っていた。
綺麗に四つ折りしてあった。が、一度しわくちゃになった事があるのだろう。丁寧に伸ばされてはいるものの、複雑な皺が残っていた。珍しいものではない。こんなルーズリーフなど、世の中にたくさんあるだろう。元のルーズリーフさえあれば、工場を建てるまでもなく量産するのだって難しくない。皺をつけてたたむだけ。ありふれたものだ。意味なんかない。だからこんなものが、何故か今日、何故か僕の机の中に、何故か置いてあった封筒に、何故か僕へ宛てたかのように、何故か入っていたところで、何の不思議もない。
だけど。
何故かそのルーズリーフに見覚えがあった。
「 」
何も言わず、四つ折りを開く。
予想通り、様々な自殺方法が羅列してあった。僕の字で。当たり前だ、僕が書いたものだ。僕が書いて、捨てたもので、アイツが拾ったものだ。まだ持っていたのか。返してきたのか。律儀な奴だ。しかしただ一点、記憶と違っていたところがある。
線路飛び込み。
一度マルが書かれていて、それを上から消されて、隣にバツと書いてあって、
そしてそのバツも消されて、マルに直してあった。
赤いその印――誰が書いたかなんて――――――
後頭部をはたかれて振り向いたあの顔。爽やかに参上したあの顔。返答に驚いたあの顔。屋上の階段で微笑んだあの顔。順繰りに読み上げていくあの顔。こめかみに指を当てたあの顔。歪に笑って見せたあの顔。美術部室で我関せずを決め込んだあの顔。絵を見て騒いだあの顔。諦めたように笑ったあの顔。説明を聞いて感心したようなあの顔。一つ傘の下でのあの顔。感情の消え失せたあの顔。開口一番突っ込んだあの顔。一人だけへ向けたあの顔。意地悪そうに笑ったあの顔。自然な感情のままのあの顔。僕みたいに笑ったあの顔。またねと言ったあの顔。
あの顔、あの顔、あの顔、あの顔、あの顔、あの顔!
アイツの色々な顔が、眩しいくらい鮮明に、
しかも連続して、とにかくも正確に、
瞬く間もなく、浮かんできた。
中でも。
笑顔。
爽やかな――笑顔。
それが目に付いた。
焼きついて離れない。
* * *
なんでアイツは自殺した?
保呂羽卯生は何故死んだ?
保呂羽卯生は渡砂瀬々斗の跡を追った? 彼女と彼が恋人同士であることは、ほとんど公然だったのだから、そう見るのが自然かもしれない。いくら不自然でも、そう見るべきなのかもしれない。
そう表現するのが、一番説明がしやすくて、最もしっくりはまるゆえに。
まさか、そんなはずはない。
そんなことで、電車を止めるような――迷惑極まりない方法をとるわけがない。
大人しく首を吊れ、飛び降りろ、手首を掻っ切れ、川で溺れろ、毒を飲め、車に轢かれろ、頭を打ちつけろ、舌を噛め、刃物を突き立てろ。自殺方法なんて、人が死ぬ方法なんて、数え切れない程たくさんあるのに、どうしてとりわけ他人へ迷惑がかかる列車人身事故を狙うのだ。いっそ他人へ迷惑をかけたいならラッシュ時を狙えば良いのに、なにゆえ人もまばらな平日日中なのだ。
だからこれは、だからこれは。
僕へと宛てた、自殺法なんだ。
全ての約束を、卯生は守った。
最初に死ぬな、とは言った。僕の後に死ねとは、言ってない。最初に死んだのは、アイツの彼氏の……アイツの恋人の、渡砂瀬々斗だ。約束は破ってない。考えて考えて死ね、とも言った。考えないで死ぬのは惨めだ、と。腕を組んで首を傾げて、考えすぎてアイツは死んだ。約束は破ってない。契約が破綻してもなお――約束は破っていない。
きちんと三日かけた準備時間。
きちんと返したルーズリーフ。
きちんとそつのない、優等生。
優等生。
幼馴染。
保呂羽卯生は何故死んだ?
なんでアイツは自殺した?
僕への宛て付けか?
振ったからなのか?
――自殺に理由は必要ないと思うよ――?
――あたしも死んじゃおうかな――?
充分すぎる伏線だ。
それでいいのかよ。
* * *
――――くしゃっ。
咄嗟に、
ルーズリーフを握り潰していた。
折角綺麗に折りたたまれていたのに。
「…………!」
目を見開いたままだった。呼吸を止めてしまっていた。瞬きを幾度か繰り返し、肩で息をする。大丈夫、他の生徒には目をつけられていない。涙は出なかった。もはや枯れていた。昨日の内に泣いておいて良かったと思った。いや、良いことなど何もない。
何もなかった。
……この時点では、僕は卯生の死なんか知らなかった。
しかし知らなかったというだけで。
事実と変わらないくらいに、それは確実だった。
たった一枚の紙切れが、現実を物語っていた。
騒がしかった今日。
風の噂。
そういう理由があったのかもしれない。
知れない。
知らない。
「……行くか」
僕は荷物を持って、毬雲の待つ美術室へ向かう。
教室から出る際、握っていたルーズリーフをゴミ箱へと捨てた。
拾いあげる不届き者は居なかった。
* * *
始めに立ち返ろう。
僕が望んでいた自殺方法の条件は何か?
迷惑をかけない、面倒ではない、絵に描いたような、そして確実な自殺。
「面倒ではない?」
面倒さというのは、起こそうとしている動作に自分で価値があると思えないとき、または到達しようとしている目標への距離が思っていたよりも迂遠に見えるとき、つまり無駄へ感じる感情……だと思う。結局自分の感性に合うか合わないか、着手する気になるかならないか――そんな話になってしまうだろうから、あえて条件として掲げなくても良いかもしれない。『面倒くさい』が断念の理由になっても、『面倒くさくない』が実行の理由になることは、厳密にはないのだろうから。
「確実な?」
確実さ。死ねない自殺は滑稽な徒労だ。骨折り損だ。自殺をするからには、確実な方法を選ばなくてはならない。自殺の後ろに未遂という単語がついてしまうのは――しかもそんな言葉を背負って生きていくのは、なるべく細心の注意を払って避けていきたいものだ。
「絵に描いたように?」
絵に描いたように死ぬ。これは今まで散々問題や話題にしてきたことで、悩んできたことだ。この話の根幹といってもいいだろう。余裕ある自殺者――抜き差しならない状況の精神的重圧に負けてやむなく死を選択する自殺者とは違う、死にたいからという理由だけで死ぬ、死に方こそが理由となる、目的と手段の撞着――そんな僕の選択だからこそ、この点が重要だ。……とはいっても、これも感性に合うか合わないか、納得できるかできないかが、結局は論点になってしまう。ラスボスも勇者も自分。だからこの条件も、今更になって見直すほどのものではない。
「そして、迷惑をかけない?」
迷惑をかけない。人が死ぬと――とりわけ現代日本のように平和が確立された社会に於いては――他人へ迷惑がかかる。それでも最小限、他人へ迷惑をかけないで自殺をしようと、方法を模索してきた。結果、『自殺に見せない自殺』、そんな発想へ辿り着いたわけだ。
最初に思いついた方法は、先を越されてしまったけれど。
大体これで全部。それらがここまで、特にこの二週間の間、僕が考えつづけてきた考察の肝となる内容だ。変更する点もないし、よくずっと飽きもせず考えているものだと思う。勿論、四六時中の行住坐臥、頭がその事でいっぱいというわけでもなかったが。
しかし、どうだろう?
本当に僕は他人に迷惑をかけずに死ぬことができるのか。
生きているだけで迷惑だとは確かにその通りだとは思うけれど、死んでしまってはそれ以上に迷惑だろう。カルマを歌うつもりはないものの、今一度それを考えたとき、色々と思うところはあった。他殺へ見せかけた自殺――それが本当に、最大限迷惑をかけない自殺なのだろうか。
そもそも――自殺ってなんだろうか。
死にさえすれば――それで終わりか。
わかりやすい終止符なのだ。
死にたいよりは終わりたい。
「自殺を考えない人間は居ない……か」
美術室の中で一人おさらいをしながら、吐息のように独り言を漏らしていたところで――カチャッ――という音を聞いた。ドアの方に視線を向けたが、まだ開いてはいなかった。ノブに触れて、気後れがしたのか一端離して、そして、もう一度触れて。その間、僕は何も言わずに、向けた目も元の位置に戻して、のんびりと待っていた。
かちゃり。
毬雲が、やっと美術室に入ってくる。
「ちょっと遅れてごめンなさいです。おはろー」
「おはろ」
「……おはろって、世界共通言語ですよね?」
「初めて聞いたよそんなグローバリズム」
「ン。でもでも、日本と英語圏で通じます」
「世界には日本と英語圏しかないのか?」
「え? 違うンです?」
「イタリアに行ってみたいんじゃなかったのかよ……」
「……おおお」
目をパチクリさせて、うんうんと頷くブービー・ヒナナ。
それと、おはようとハローを足した言葉だからって、どちらにも通じるわけじゃない。むしろどちらにも通じなくなると思うんだが……試してみよう、なんでも実験。
「夜の挨拶」
「ぐっどなさいと」
「お食事前に」
「れっついーてぃだきます」
「毬雲さんの得意分野は?」
「ぺいンてぃぬるー!」
「お前宇宙人だったのか」
言語レベルが僕らの世界を凌駕していた。
いや、毬雲はもしかしたら本当に宇宙人なのかもしれない。ビブ星雲からやって来たお絵かき好きの泣き虫星人なのだ。そう考えると、しっくり来ることがたくさんある。……なんて、三流四流SFのような妄想は(面白いけど)脇にやろう。
「ンへへ」
宇宙人はそう笑いながら、向かい合うように座った。
薄暗い中でベンチに隣り合せだった先週の今日とは違い、今はお互いの顔がくっきり見える。蛍光灯に照らされた毬雲の顔と、僕の顔。ほんの少しだけ息苦しくなって、視界をずらした。
毬雲雛鳴。
二年E組の変わり者。『ブービー・ヒナナ』。知っている人間の中では一番絵が上手い。笑って、怒って、泣いて。感情表現が豊富。舌っ足らず。ロングヘアで、背が小さい。可愛らしい容姿の割に、性格はえげつない。そして、迷わない。決定的、独断的、確信的。自分の世界を持っている。他人の世界を知ろうとしない。
加えて忘れてならないのは、
――お付き合いできませンか。
僕に告白をした少女であること。
視界を戻して中心に毬雲を据えた。
「……えと、ンっ……と」
毬雲の方も、何となく居住まいを正した。
「うん」
お互いの精神の平和のために、確認することから話に入ろう。先週は毬雲にいきなり踏み込まれて、度肝を抜かれたからな。らしくもなく取り乱して突っ込んでしまったもので、思い返しても恥ずかしい。二の轍は踏むまい。
「もう、一年以上前になるよな……僕と毬雲が知り合ってから」
「うン。ですですね。最終回みたいです」
「入学式の時にC組の教室で、たまたま名前が近かったから会話が始まったんだったか」
「そうそう、私の方から話し掛けたンですねー」
「だね。その後入学式があって、チュートリアルがあって。数日後の席替えでも、割と近い席だったな」
「ン、でしたっけ?」
「覚えてないのか? ほら、僕がうっかり前川先生の授業で眠っちゃってた時、起こしてくれただろ」
「あー、はは。あの時私は私で、お絵かきしてたンですけれどー」
「ったく、授業は受けろよな」
「はい。ンでンで?」
「それで、部活紹介で美術部が不在だったくせに、堂々とビブを始めたんだよな。お前は」
「私ビブだもン」
「あの頃はてっきり僕も、美術部は実在するんだって思い込んでたぜ」
「実在するよぅ。してるンです。レンズ付きフィルムじゃないンですよ」
「使い捨てカメラすら絶滅の危機という時期に、その言い方じゃ通じないだろ」
「寂しい話だなぁ……」
「あのさ」
「ン?」
「いい加減突っ込んでくれ……」
「……うぇ?」
首をくりくりと傾げる毬雲だった。
ささやかな意趣返しは失敗だった。
いきなり踏み込むのの逆というギャグを試みたつもりだったが、ただの懐かしき思い出四方山話になってしまいそうだった。いわゆる突っ込み待ちだったのだが。毬雲に突っ込みを期待した僕が馬鹿だった、なんて定型句に見事に当てはまってしまう状況だ。返す返す恥ずかしかった。
わざとらしいほど良いとされる咳払いを一つ。
「ふぅ……。一週間、経ったな」
「……はい」
神妙な風に、頷かれる。
「返事をしないとね。生憎僕はこういうのに慣れてないから、結論を告げるだけになっちゃうんだけれど……」
「私も、うーン、初めてだし、いいよ。です」
「そっか。……まぁ、だろうと思ってたけどさ」
僕が望んでいた自殺。
迷惑をかけない自殺。
そして。
人の心を殺すのも、他殺と表現するのなら。
人間から転倒さえ、転落さえできるのなら。
答えはそこに在った。
誰にとっても残酷なくらいに、そこに在った。
「受けるよ。申し出」
「……と?」
「お付き合いできませんか、に対して、お付き合いしたいとこちらこそ思いますと、応えたんだ」
「……う、うう、うン?」
「だから」
「い、いや、意味はわかってるンです」
「…………」
「そだな……もう、死にませン?」
「うん。死なない」
「これから私たち、らヴぁいびと? です?」
「らぶらぶい恋人」
「ン…………。……よろしくお願いします」
両手をわたわたとさせてから、膝の上に揃えて、頭を下げながら毬雲はそう言った。
「こちらこそよろしく」
僕も応じた。
終わりだと、感じた。
終わりだと、決めた。
終わりだと、誓った。
終止符だ。
僕はこれより一切合財、僕のために考えるのを止めよう。思うのを止めよう。感じるのを止めよう。生きるために頭を使うのを止めよう。死ぬために頭を使うのを止めよう。責任を取るのを止めよう。自由を知るのを止めよう。理想を持つことを止めよう。夢想を語ることを止めよう。自分自身であると保証すること、認識すること、自覚することを止めよう。水梳軌跡という人間であることを止めよう。絵を描くのを止めよう。
筆を置こう。
全て。
全て毬雲雛鳴のために。
笑うのも怒るのも泣くのも、全て彼女のために。
決定的に独断的に確信的に描く、彼女の世界へ。
僕は取り込まれよう。
水梳軌跡である水梳軌跡はここで死んだ。
毬雲雛鳴から見た水梳軌跡が在るだけだ。
誰にも迷惑はかからない。
面倒さを感じる心もない。
確実な滅私のみしかない。
そして絵に描いたように。
残りを描くのは全てを全て、彼女に任せよう。
毬雲は絵が得意なのだから。
好きに彩ってくれるはずだ。
「……おっと」
「うン?」
「プレゼントっていうのも拙いけれど……渡したいものがあってさ」
そう言って、僕は机の上に置いておいた紙を渡した。
今週の火曜に完成させた、僕の絵だった。
がらんとした白っぽい背景は、まるで小部屋だ。真ん中の辺りに、林檎のような赤い球形が積んであるように、連ねて描いてある。それらはヒビが口を開けたみたいに、誰かが叩き割ったかのごとく、砕けている。砕けた部分から、赤や黄や暗い青が、噴出して飛び散っていた。様々な色が奇妙に混ざり合い、あまり気持ちの良くない――しかし薄っぺらい、どうでも良いくらいに薄っぺらい水溜りを作っている。
ただそれだけの、抽象画。
意図も意思も何もない。
「軌跡くンの、心かな」
「……心?」
「うン。小部屋が敷居で、いろいろな思いがそこに積ンであるンです。無造作で、自分でも整理がついてないけど、それぞれは丸くて硬くて、どこか甘い。ベタベタ癒着しあってない、っていうのかな。でも硬いから、割れちゃって。傷口から、痛い痛いって色――思い――声が漏れちゃってるンです。それで、その水溜りに、だンだン、沈ンでっちゃってる」
勝手なことを、まるで自明のことであるように――決め付けるように、毬雲は言った。
「…………そうか」
「うン。…………でも、嬉しいな」
きゅっと。
毬雲は絵を、細く短い腕で、抱き締めた。
にへらっと微笑みながら。
「…………」
僕は――誰の顔も、思い出さなかった。
けれど、微笑み返した。
「あンがとぅ」
「いや、喜んでもらえて嬉しいよ」
「それなら、二倍に嬉しいです」
結局、誰も彼もが、自覚的に無自覚に、気付きながら気付かないまま、自然に不自然に、自分を順繰りに殺していく。それにきっと慣れていく、慣れてしまう。麻痺して、そして死んでゆく。工夫も作為もない、特筆するべくもない、単純な当たり前のお話。人生という道。幸せへ通じる道。
自殺を考えない人間は居ない?
考えるな。
「……帰ります?」
「うん。帰るか」
「一緒に帰るンだよ」
「駅まで送るよ。それとも、僕の家に泊まるか?」
「ンへへ……、それはまたいつの日か、です」
「楽しみにしとくな」
僕らはまるで幸福だった。
美術室を揃って後にする。
お疲れ。お休み。
さようなら。
―――― ―――― ――――
実行するか否なのか、考えてる時点で同じこと。
水に筆を捨てると、赤は抜けて浮いて広がった。
―――― ―――― ――――
(水彩度・終。)
水彩度 梦現慧琉 @thinkinglimit
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