思い出に沈もう。

 落合さんの言葉を踏まえて、俺の今までの行動を顧みる。

 俺は、帰るのが正しい選択だと思っていた。けれど、ここにはあの時失われた『今』があって、皆それぞれの幸福を取り戻している。なら俺は、この偽物の世界を本物に──



「ショージン! 会いたかった、よォー!!」

「ぐう゛ゥ!?」

 この硬さ、間違いない。トッキーの頭だ。

「お、お前、何でここにいるんだ。学校は?」

 頭突きを食らった脇腹を押さえながら問いかける。

 俺たちの学校はまだ授業が残っているはずだ。この場所に来ていることもおかしい。

「待ちきれなくて早退しちゃった。午後は哲学と現代文だし、帰ってもダイジョブでしょ?」

 悪びれた様子もなく、どこか誇らしげだ。

 俺には何がどう大丈夫なのか見当もつかない。

 それにしても、なんて酷いタイミングで現れたんだ、コイツは。


「むしろトッキーに一番必要な授業じゃねーの」

「何言ってんのカバラン。現代の文なんて誰でも読めるよ。それに私には『帰ったもん勝ち』っていう哲学があってぇ──」

 生真が芝居がかった軽薄さでからかい、トッキーがふにゃふにゃと柔っこい自信を振り回す。


 昔と変わらない光景だ。

 けれど、決して焼き増しされたわけじゃない。

 ──懐かしくて、新しい、この積み重なっていく一瞬を、俺は日常と名付けたのだろう。

 こうして三人で過ごす無為な時間が、とても特別な物のように感じる。

 ──俺は帰るべきだ。行き先は未だ決まらないが。


「オイオイ。ショージンが話に入っていけなくて泣いちまったぞ」

「いやいや。あれは自分の格好を冷静に振り返って泣いちゃったんだよ。私も最初見たとき、ちょっぴりドン引きしたもん」

 思わず、涙が零れていた。

 自分でも何の涙なのか判別できない。だが、悪い気はしなかった。

「誰が好き好んでこんな格好──」

「みんな静かにッ! 今ショージンが会話に入ろうとしてるから。しっかり聞いてやってくれ」


 会話が消えた。


(よし。今だ、いけショージン!)

 生真が小声でゴーサインを出した。

 入ろうとした会話、お前が消したんだけどな。


 これからのことは、生真バカをぶん殴って考えよう。


 ◯


 そういえば、落合さんの言葉ってどういう意味だったんだろう。

 どうして俺の心にあれほど刺さったんだ? 


 この世界に来てからの行動を思い返してみるが、幸せだとか失ったものだとか、具体的なソレを俺はまだ目にしていないはずだ。

 だが、罪悪感は今も湧き上がってくる。

 どこかで思い当たるものと出会っていたのだろうか。

 ──それとも、何か忘れているのか? 


「えーっと……。僕からも二つ、いいかな」

 落合さんが俺に話しかけてきた。

 しまった、落合さんと相武さんの存在を忘れていた。

「まず一つは、頼み事。善志乃さんと火原君の活動に協力して欲しいんだ」

「二人の活動? 何ですか、それ?」

 聞いた覚えがない。

 共同利用するアジトがあったし、何らかの活動をしていても不思議ではないが。

「あれ、聞いてなかったんだ? 二人は自主的にノーヴィスを取り締まっているんだよ。咒骸を使って悪さした人を善志乃さんが捕まえて、火原君が取り上げるって具合にね。それに賛同したから賃貸ビルを事務所として貸したんだ」

 咒骸を取り上げる? 

 そんなことが可能なのだろうか。

 昼食を食べている時もそんな話題は出なかった。生真にとっては、あまり良い話じゃないのかもしれない。


「ハル先生、ビル持ってたんですか?」

 平然と漫画の話を始めた生真とトッキーに対して、遠巻きに愛想笑いを浮かべていた相武さんがこちらに混ざってきた。

「ああ、うん。向こうだと僕の物じゃなかったんだけど、こっちは色々な面倒事が最初から無かったことになってたからね」

 落合さんは、ばつが悪そうにしていた。

 不動産絡みの揉め事となると、生徒の前ではあまり話したくない内容なんだろうな。


「二人に協力する件、わかりました。この世界にいる内は、俺も皆を守りたいと思います」

「あ。ハル先生、これ高城君が本気の時にするキメ顔ですよ……!」

「そうなんだ。本気でそう言ってもらえたんなら、すごくありがたいよ」

 相武さん、俺のことバカにしてるわけじゃないんだよね? 

 おそらく、話の流れがわかっていなかったから茶化すようなことを口走ってしまったのだろう。後で相武さんにも生真たちの活動を説明しておくか。

 彼女も数少ないノーヴィスだし、生真たちと相談して誘ってみてもいいかもしれないな。


 ◯


「じゃあ、二つ目は質問。高城君は、十年前に東西線のトンネルが落盤した事故のこと覚えてる?」


 覚えてるもなにも、俺はその事故の被害者だ。

 当時はまだ小さくて、詳しい状況はあまり覚えていないが。

 後から聞いた話によると、トンネルの一部が崩落して、通過中だった電車が脱線。先頭車両はそのまま埋まってしまったらしい。

 俺は先頭車両にいたから他の様子はわからなかったが、後方は大勢の犠牲者が出たそうだ。

 けど、何で今更その話を聞きたがるのだろう。


「実は、その事故が起きた時、諒一と僕も乗ってたんだ」


 そうなんですか、としか言いようがないな。

 一体、何を聞きたいのだろう。

 既に十年も昔のことで、原因も自然災害だ。何を探っているのか見当がつかない。


「それで今朝諒一から連絡があって、君の咒骸をその事故現場で見た気がするって言うんだよ。元の世界で、しかも十年前にね。多分、見間違いだと思うんだけど」

「俺もその電車に乗ってましたけど、心当たりは無いですね」


 あの頃の俺が咒骸を発現しているはずがない。

 俺の咒骸を見たなんて、あり得ない話だ。

 片桐の見間違いだろう。


「……そっか、そうだよね。多分、諒一の見間違いだと思う。変な質問してごめんね」


 落合さんはそれ以上の追及をしなかった。

 片桐から連絡が来た手前、一応聞いてみただけなのだろう。


「ところで君は、どの車両に誰と乗ってたの?」

「俺は──たしか、幼馴染と先頭車両に乗ってました」


 ◯


「あれ、もうこんな時間か。相武さん、話はまだ終わってないから、職員室に戻るよ」

「う。は、はい。わかりましたー……」

 そういえば相武さん、職員室に呼ばれていたな。

 時刻は夕方に差し掛かっていた。

 そろそろ俺たちの学校でも下校し始める頃だろう。


「あ、そうだ。アイアイも一緒にカバランの家泊まろうよ」

 トッキーが相武さんに向かって言った。

 生真は独り暮らしだし、人数はどれだけ増えても多分大丈夫だろう。

 寝床と寝具の分配で割を食うのは確実に俺と生真だが。

「えっと……。いいのかな?」

 相武さんは遠慮がちに生真を見た。

「もちろん。オレん家はドロボー以外誰でもウェルカムだ」

 生真はいつものように受け入れた。


「じゃあ、俺たちも相武さんが終わるの待つか。生真の家まで案内必要だろうし」

 とはいえ、全員一緒にってわけにはいかないだろう。

 落合さんがいるからハッキリ口にしづらいが、片桐がいるせいで大人数だと歩き回れないからな。

 今の状況もよく考えたら危ないかもしれない。

「そんな! 待ってもらわなくて全然大丈夫だよ。待たせちゃうの申し訳ないし、皆バスか電車でしょ? 私はお父さんのバイク借りて来たから──あ」

 相武さんのバイクって、中型のオフロードだったよな。

「……うちの学校、自動二輪の通学は禁止だよ。もしまだ何かあったら、さすがに僕も庇いきれなくなるかなあ」

「ご、ごめんなさいっ!」

 善良そうな顔してるけど、なかなかのアウトロー振りだ。

 ギャル化にバイク通学。あと、うちの学校で俺を探してたっていう不良少女も、おそらく彼女のことだろう。

 内気な性格と裏腹な、いっそ暴力的とも称せる彼女の行動力には、少しの憧れと多大な恐怖を抱かざるを得ない。


 悲しげな背中は、落合さんと共に去っていった。


 ◯


 生真と相武さん、結局仲良くなれたのだろうか。

「なあ生真。相武さん、どんな印象だった?」

「んー、まあ、そうだな。まだ距離感は掴めねーけど、優しいし良いやつだと思うな」

 これ、結構な距離があるな。

 まあ仕方ないか。彼女は過去に憧れ過ぎている。

『助けてくれた時の俺』、『優しかった頃の母親』。そういう、過去のある時点の表情で人を見る。

 まるで顔に写真をあてがわれているみたいで、俺も少し苦手だ。


 そして生真も、卒業式が終わったその日のうちに卒業アルバムを捨ててしまったイカれ野郎だ。

 こいつは行き過ぎた未来志向というか、過去を足枷としか思っていない。嫌悪していると言ってもいいだろう。

 もとから相性は絶望的だ。


 やっぱり、俺の周りにはマトモなやつがいないらしい。

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bye my life ー傷心者の血戦ー 夏川 木石 @therosy7

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