第2話 月のわずらい

ああ、なんてわずらわしいのだろう。


かぐやは人知れずため息をついた。

ここ数日、部屋にこもってばかりだ。――表にいるわずらわしい人間たちのために。


――讃岐のさぬきのみやつこの屋敷に、輝かしいほどの光を放つ美しい娘がいるという。


誰の口から漏れ出たのか、そのような噂を聞きつけて垣の向こうで人がうろつくことが増えた。


うろつくならまだしも、垣の隙間から屋敷の中をのぞき込もうとするなど、なんとも苛立たしい行為をしでかしている。



ふう、とふたたびかぐやはため息をついた。

さらさらとぬばたまの髪が横顔を流れる。


落ち着けるのは皆が寝静まる夜ばかりだ。



しんと静まり返った宵の頃、かぐやは丸く太った月を見上げた。


ゆっくりと胸元をなでつければ、淡く盛り上がりができていた。

それに気がつき、思わず眉根を寄せる。


――身体が変質している。女へと。


だが、わずかな変化である。

確定ではない。


私は性を持ってはいけない。

性を持てば私は……――。



「や、かぐや……こんな遅くにこんな場所でどうしたんだえ……」



ほのかな光を放つ灯火を手に現れた翁に、かぐやは驚き思わず顔を背けた。


「なんでもありません……」


「や、かぐや……お前さん、泣いているんか」



はらはらと頬を濡らすしずくを、かぐやは乱暴にぬぐった。



「……ただ、物悲しい気持ちに浸っていただけです。宵は人の心を弱らせる」


「……月を見て、泣いていたんかな。……お前さんを拾ったのも、こんなにまんまると月が太った晩だった。……お前さんはきっとお月さまが授けてくれた子に違いない。うちに、親のもとに帰りたいかえ?」



かぐやは、思わず目を広げた。……どうして、この人にそんなことがわかった。

いや、あてずっぽうに、妄想に違いない。どうして自分が月の人間のものだとわかる。わかるはずがない。わかるはずがないのだ、ただの人間に。



「……わしゃあ、うれしかったよ。こんなよぼよぼのじいになって、こんなに可愛い娘ができたことに。そばにいてくれるだけで幸せだ。元気に育ってくれるだけで幸せだ。子の幸せが、親の幸せだよ」



しょんぼりとしたようにうつむく横顔を見て、かぐやは顔を歪めてそらした。


……なんて、かくも醜いのだろう。人間は。

無用な情で縛りつけ合おうとする。


胸のうちをえぐるような痛みとも言えぬしびれの名が、かぐやにはわからなかった。

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かぐや彦物語 @kotohamagia

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