8 おしまい

 底が知れないとおもっていた穴ですが、やわらかい土のおかげで、けがをすることはありませんでした。

 暗がりのなか、エセルグウェンはシスティーナをよびます。

「ティー、だいじょうぶかい?」

「わたしは平気。風と土が守ってくれたもの」

「そうか。ならばぼくが平気なのも、そのおかげなんだろう。ありがとうティー」

 ここにいて、上から誰かが来るともかぎりませんので、エセルグウェンはおそるおそる先へ進むことにしました。

 穴は二人が並んで進めるほど広くはないので、二人は声をかけあいながら、ひたすら先へ進みます。身体が痛くなってきたころに、光が見えて、ようやっと穴の外へと這い出ることができました。

 穴の外は、高い木々におおわれた森のなかでした。

 システィーナはおどろきます。

「ここは、いばらの森だわ。どうしてこんなふうにつながっているのかしら」

「きっとティーを助けてくれたんだ」

 エセルグウェンがそういったとき、木々が揺れて答えました。


 システィーナ。いばらの森のさいごの魔女。よくぞ戻った。

 エセルグウェン。森の客人にして、さいごの王子。

 王子や、よくぞ我らの子を救ってくれた。ありがとう。


 ありがとう、ありがとう。


 声がこだまします。

 エセルグウェンは答えました。


「礼をいうのはこちらのほうだ。ありがとう、ぼくはあなたのおかげで、大事な人を見つけられたんだ。あのお城の庭でぼくが穴を見つけて、そうして誰にも邪魔されずにいられたのは、ご老人、あなたのおかげだろう?」


 ざわめきは答えます。


 やれ、王子や。いつから気づいておいでだね。


「あの広場で、声をきいたその時から。ああ、あなただったのかとわかったよ」


 王子。よくぞ魔女を殺した。おかげでシスティーナはただのむすめとなった。

 そして王子。おまえもまた死んだのだよ、エセルグウェン。



 エセルグウェンは微笑みました。

 となりにいるシスティーナにたずねます。

「ぼくはここに居てもいいだろうか」

「かまわないわ。森もよろこんでいるし」

 そういうと、エセルグウェンは少し不満そうな顔をします。

「君はよろこんでくれないのかい?」

 システィーナは恥ずかしそうに答えました。

「……そんなの、うれしいにきまっているわ」

 システィーナは、よごれてしまった服を払います。

「泉で顔をあらいましょう。髪もぐちゃぐちゃだわ」

「そうだね。せっかくのきれいな髪がだいなしだ」

「エセルの髪のことをいっているのよ」

「ティーの髪のほうが、ずっとずっといいのに」

 泉のほとりで清めながら、システィーナは訊ねました。

「ねえエセル、エセルグウェン」

「なんだろう」

「本当に、ずっとここにいるつもりなの? あなたには、お父さまもお母さまもいらっしゃるのに」

「かまわない。だってぼくはただの王子だ。それにどうせ、名前だっておぼえていないだろう」

「どうして? とっても素敵な名前なのに……」

「そうおもうかい? グウェン――おしまいって意味じゃないか」

「それは違うわ。だってグウェンははなむけの言葉だもの」


 良き出会いグウェンタール良き別れをグウェントール


 旅立つ人におくる、祈りの言葉です。


「そんなこと、はじめて知ったよ」

「エセルの名前は、とっても素敵に満ちているのよ」

「だから君に会えたんだ。この名前でよかったと、はじめてそうおもったよ」

 エセルグウェンは幸せそうに笑い、システィーナを抱きよせました。

「ねえ、ティー。システィーナ。ぼくのそばで、ずっとずっと名前を呼んでくれるかい?」

「それがあなたの望みなら、わたしはそれを叶えるわ。だってわたしは魔女なのよ。いばらの森の、さいごの魔女なの」

 システィーナはそういって、笑みを浮かべました。



  *



 ひろい世界のどこかの端に、緑ゆたかな小さな国がありました。

 小さな国は荒れ果てて、いまはもう見る影もありませんが、北のほうにある森だけは、国が滅びてもそのままの姿で生きていました。いばらで覆われた、深い森です。

 森では、美しい金色の髪をしたむすめと、銀色の髪の凛々しい若者がふたりきりで暮らしています。

 たくさんの自然に囲まれて、森の声をききながら暮らしています。

 時折、旅をする人が通りかかりますと、ふしぎなことにいばらの蔓がしゅるりと割れて、道ができるのです。

 旅人は中へと入り、むすめと若者に旅の話をきかせたりします。


 商いをする男もまた、二人を相手に物を買ったり売ったりしました。

 むすめのつくった薬はたいそうよく効きましたので、男の商売もうまくいきました。

 たくさんの物を買い付けましたが、美しいむすめの髪の毛だけは、決して売ってはくれません。若者は、金色の柔らかそうな髪をとても大切そうに撫でては、愛おしげな目でむすめを見つめるのです。


 むすめと若者はいつも一緒でした。

 どんな時も、どこへ行くにも、ずっと寄り添っていました。

 森の入口で、今日も旅立つ人を見送ります。



 グウェンタール・グウェントール。

 どうぞ、良き旅を。



 あなたが幸せでありますように――。



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いばらの魔女と呪いの王子 彩瀬あいり @ayase24

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