悪夢を呼ぶ島

忌まわしいインスマスで蔓延していたダゴン秘密教団を調べていくうちに類似した話へ辿り着く。


1926年の冬に亡くなった考古学部名誉教授エインジェル・ジョージ・ギャマルが死の直前に残したとされる「クトゥルフ教団」と云う草稿を発見する。

教授は考古学、古代碑文字の権威でとても有名な方だった。

私も学生時代からとても世話になった、助教授になってからも教えを乞う事は少なくなかったので教授の不審な死は納得出来ていない。


その教授が残した「クトゥルフ教団」の内容と私が調べていたダゴン秘密教団との類似点がとても多い、いや恐らく根源は同じものと言って良いほどなのだ。


1907年11月ニューオリンズでブードゥー教の集会だと思われたものが摘発される。

沼地の中で邪神礼拝しているもの達がいて行方不明者が少なくないとの通報で警察が調査に趣いた。

邪神の生け贄にされ遺体の損傷の激しい行方不明になっていた開拓者の遺体12体、逮捕者50名、逮捕中に死者5名、残りは逃げ出したそうだ。

その摘発の最中、激しい太鼓の音と共に

「イア!イア!クトゥルフ」と聞くものの神経を削り取るあの言葉が聴こえたそうだ。

警官の何名かは神経を病み辞めた者もいたそうだ。

この件はルグラース警部が実際に立ち会った事件でその警部がその時押収した黒く小さな怪しげな像を教授の元に持ち込んだそうだ。


その像は古いものだという事以外は古代碑文字に詳しい教授でも考古学学会へ持ち込んでも誰にも何が記されてるのか分からなかったそうだ。

今もこの像は大学に保管されている、目の前にある頑丈な箱の中だそうだ。

開けてみると11インチほどの大きさの黒い像で、人の身体にタコの頭を付けたようなおぞましいものが台座の上に乗っている。

台座の文字は確かに何か分からない、象形文字でもヒエログリフでもなくどの文字形態にも似ているとは思えない。

見ているだけで体温が下がり気分が悪くなる様な像だ、、


ルグラース警部には連絡を取ってみたがあの20年前の事は今でもはっきり覚えている、初めは土着の黒魔術か何かの行為だろうとその目で見るまでは思っていたそうだがあの場にいてはっきりとヴードゥーなんて人間が作り出した風習の様なものではない、もっと根源的な恐怖感の様なものを覚えたそうだ。

それを信じる狂信者達もまた我々の常識で計り知れない狂気を孕んでいると確信したそうだ。

神経をやられて辞めた若い警官の1人が巨大な何かが沼地を覗き込んでいたと言っていたが辞めてまもなく精神病院へ入院したのだが直後に自殺をしたので詳細は分からないと言われた。


特に得られる情報も無かったがやはり、この手の事に関わると自殺や怪死、物狂いなどが多く出るのは間違いない。


教授の資料の中に悪夢を見たと言う人達とのやり取りが大量にあるのに気付く。

日付が1927年2月から4月に掛けてばかりなのだ、それと絵描きや詩人が多い様だ。

妙な石版と一緒に別に纏められている資料がある小箱を見つけた。

ヘンリー・アンソニー・ウィルコックスという芸術家の男らしい。

27年3月に教授の所へ尋ねてきてこの禍々しい石版と悪夢の話をして言ったらしい。

石版は真新しい物のようでウィルコックスと言う男が夢の中に出てきたものを模造したものだと書かれていた。

同年2月28日に二ューイングランドに地震が起きた夜から悪夢を見始めたそうだ。

内容は夢の中で古代都市に居て、そこには巨大な石柱が連なっていてぬらぬらと液体を滴らせたその石柱には奇怪な象形文字のようなものが刻まれていたそうだ。

どこともつかない所から形容しがたい呪文めいた言葉も響いてきたそうだ、無理やり言葉にするなら

「クトゥルフ ルルイエ」と。

教授はルグラース警部が持ち込んだ像と怪しげな儀式の事を思い出しウィルコックスに秘密教団の様なものに入っているのではないか?と尋ねたら先祖代々バプテストだと答えられたそうだ。


何故夢に出てきた事と20年前の事件、インスマスのダゴン秘密教団の謎の呪文が一致するかはまだ分からない。


夢で見たものの模倣の石版と警部の持ち込んだ像には同じタコの頭の化け物の姿、謎の呪文めいた言葉、、謎は深まるばかりだ。


3月23日ウィルコックスと連絡が取れなくなる、彼の住むアパートメントに問い合わせると急に高熱を出して喚き実家に引き取られたそうだ。

ウィルコックスの主治医の話を聞く所によると、初めは精神疾患を疑ったのだか熱病のようだ、その熱病の原因が分からない、寝言でうなされながら都市と大きな化け物がどうのと言ってると伝えられた。

その後4月3日は病状が回復したのだが地震の日の悪夢の事を含めその前後だけ記憶がすっぽりと抜け落ちていたのだ。


一種の精神疾患的なものだったのだろうか、、それにしては同じ様な悪夢を見た者も多いしニューオリンズでの事件もインスマスの事もある。


更に調べるとウィルコックスが高熱を出した日、ニュージーランドから南米チリへ向けて出航した船が南緯47度9分西経126度43分、太平洋到着不能点の絶海の海域で謎の島を発見したそうだ。


その島を発見したのは二等航海士グスタフ・ヨハンセンと言うノルウェー人だ。

彼らの乗っていたチリ行きのエンマ号はこの島を発見する前日、海賊と思われる船に襲われエンマ号は沈没、相手の船員を殺し船に乗り移る事になったそうだ。

そしてその翌日島を発見して上陸、グスタフ・ヨハンセン以外はその島で全滅したと書かれている。

その島はとても酷い魚の腐った様な臭いが充満していて、何かよく分からない文字が刻まれた巨大な石柱群が連なり、巨大なタコのレリーフがあって何処からか形容しがたい歌のような声が響いてきたそうだ。

そこでそのレリーフそっくりなタコの化け物に、襲われて船員はグスタフ・ヨハンセン以外は死に絶えてしまった、、と残されている。


グスタフ・ヨハンセンに連絡を取ろうと調べたのだがヴィジラント号に保護されオスロに戻った後不審な事故死を遂げていた。

ヴィジラント号船長にも連絡を取ったが保護時で既に錯乱が酷く訳の分からない化け物ものを見たとか喚き立てるばかりだった、島も確認しているが間違いなく無かった。

日記のような物が残されていたが学者が引き取った。

後は見たことの無い気持ち悪い像が船に残されていたがどこに行ったかは分からないと言われた。


その晩の事だ、なんと私も悪夢を見たのだ。

異常極まりない非ユークリッド幾何学的な外形を持つ多くの建造物と巨大な石柱群からなる古代都市のようだった。

あのおぞましい蛙人間共が巨大なタコのようなものを崇め例の呪文めいた言葉を唱えているのだ。

ただ何故かその言葉が理解出来た様な確信があるのだ。


「死せるクトゥルー ルルイエの館にて 夢見るままに待ちいたり 星辰が揃う時 死せるクトゥルー目覚めたり」


その言葉が確信めいて頭に浮かんだ瞬間とてつもない恐怖感に襲われ私は叫んでいた。

自分の叫び声で飛び起きると雪の積もる3月の寒い日なのにじっとりと汗をかいていて寒さも感じない。

息着いた所で部屋の中に妙な臭いが蔓延しているのに気付く、腐った魚の様なにおいがするのだ。

明かりをつけ部屋の中を見回す、机の上に置いたあの像の入った箱が無いのだ。

誰かが部屋に入った形跡も無い、庭に出て見たがアーサーの足跡以外何も無い、彼が何かを追いかけ回した様に足跡が残っていただけだった。


クトゥルフとはなんなのだろうか、私が見たあの悪夢の正体は、消えた像はどこへ行ったのだろう、、


1928年 アーカム自室にて

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ミスカトニックレポート 黒咲 千那 @lluluyer

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