「十二病って何ですか?」――大学デビューが異世界デビューになってしまいました――(「ウイルスって何ですか?」外伝)

烏川 ハル

プロローグ 私の新生活!

   

 さわやかな朝の日の光が、私の部屋に差し込んできました。角の部屋なので、カーテンのない窓もあるのです。

 おかげで今日も、目覚まし時計のアラームのお世話にならずに、自然に目を覚ますことが出来ました。

「おはようございます!」

 独り言でも構いません。朝の挨拶は大事ですからね。

 そう、これは『独り言』です。

 だって、今の私は、ここ京都で一人暮らしをしているのですから!


 カーテンはオレンジ色、ベッドはクリーム色、カーペットはピンク色。最初は暖色系で揃えようと思っていたのですが、ずっと過ごす部屋があまりに濃い色なのも望ましくないと考えたら、こんな感じになっちゃいました。

 そんなマイルームの中で、

「いただきます!」

 私は一人、朝食です。

 一人暮らし用の――実家のものより明らかに小型の――炊飯器で炊いた、白いご飯。顆粒だしと合わせ味噌で作った、ワカメとお豆腐の味噌汁。炒めたウインナーと、その脂を活かして同じフライパンで調理したスクランブルエッグ。レタスの上にカットしたトマトを載せただけの、簡単なサラダ。

 これが今朝のメニューです。一人暮らしを始めて一週間、まだまだ凝った料理は出来ません。でも、しょせん朝食ですからね。夜は、もっと頑張りましょう。ちなみに、昼は学食で済ます予定です。

 実家では毎朝お母さんが頑張ってくれていたのだな、と改めて実感できました。そんな感謝の気持ちも感じながら、私は食べ終わり……。

「ごちそうさまでした!」

 また、誰もいない部屋で、決まり文句を口にするのでした。


 服を着替えて、荷物を整えて。

 大学へ行く支度をする中で、ふと、机の上にある緑色の紙が目に留まりました。

 入学式の帰りにもらった、サークル勧誘のチラシです。

 びっくりするほどたくさんのサークルから、同じような、色だけが違う紙をいただきましたが……。保存しておいたのは、これだけです。

 ほかは全部、捨ててしまいました。私が強く興味を持ったサークルは、この一つだけでしたから。

 上着の袖に通したばかりの手を、その紙に伸ばします。

「大学の合唱サークル……。高校の部活とは、違うはずよね?」


 高校時代、私は合唱部に入っていました。歌うことが大好きだったからです。

 でも『合唱』は、単純に『歌う』だけでは済まされません。あれは、一種の団体競技です。人付き合いの苦手な私には向いていない……。

 合唱なんて辞めてしまおう、と思っていた頃。

「たぶんリナちゃんには、高校のクラブより、こっちの方が合ってるんじゃないかな?」

 近所の知り合い――私を『リナちゃん』と呼ぶお兄さん――が、地元の市民合唱団に誘ってくれました。

 最初は「私が人見知りなの知ってるくせに! 知らない大人たちのところに連れてくなんて! 鬼! 悪魔!」と思ったものですが……。

 いざ行ってみると。

 確かに高校の合唱部と比べたら、年の離れた大人たちの中の方が、むしろ付き合いも薄くて済むのでラクでした。

 それに。

 市民合唱団では、高校の部活とは違って、宗教曲――いわゆるクラシック音楽――がメインでした。当時の私にとって、何となく聴いたことはあっても、真面目に歌ったことのないジャンルでした。

 歌ってみると……。

 写真や映像で見る、教会のステンドグラスのような。

 カラフルで、それでいて澄んだクリスタルのイメージ。

 宗教って、もっと地味で大人しいものかと思っていたのに!


 それだけではありません。

 市民合唱団での恩恵は、もう一つありました。

 大学生や若い社会人の方々の、音楽に対する真摯な姿勢。そうした方々の多くは、大学の合唱サークルとの掛け持ち、あるいは大学の合唱サークルの出身でした。

「大学のサークルって、無目的に集まって遊ぶ、チャラチャラした集団じゃないの?」

 そんな私の偏見を、彼らは壊してくれました。そういうサークルも一部では存在するそうですが、むしろ大半のサークルは、共通の趣味で集う仲間。「一種のオタク集団だよ」と、彼らは自虐的な表現で笑っていました。

 そんなに真面目に歌える場所ならば、是非、私も入ってみたい……。

 高校生だった私は、ちょっと大学生活に憧れたものです。


 そして、大学に入学した私。

 地元ではなく、わざわざ京都の大学に進学したのは「これを機会に、内向的な自分を変えてみたい」という気持ちがあるからです。

 あの市民合唱団で知り合った方々の中に、この大学の出身者はいないのですが……。

 それでも、おそらく。この大学にだって、彼らが語っていたのと似たような合唱サークルがあることでしょう。

 実際、入学式や健康診断の時にもらったチラシによると、少なくとも三つの合唱サークルがあるそうです。同じような活動内容のサークルでも選択の余地があるなんて、さすが大学! 授業のカリキュラムと同じですね!

 三つのうち一つは男声合唱団なので、女である私には、残念なから無縁です。

 残り二つのうち、片方は混声合唱のみ。もう一つは混声・男声・女声の全部をやっている欲張りさん。そちらにも少し惹かれましたが、どうやらクラシック系ではなく日本の合唱曲メインらしいので、そちらもパス。

 逆に『混声合唱のみ』の方は、「クラシック音楽中心だよ!」という雰囲気を前面に押し出しています。サークルの名称の中に『音楽研究会』なんていかめしい言葉が含まれていたり、姉妹サークルとして器楽部が併設と書かれていたり。合唱そのものよりも、むしろクラシック音楽のサークルのようです。

 ですから……。

「今日の放課後……。このサークルの部室ボックスに、私の方から、行ってみようかな」

 自分に対してハッパをかける意味で、敢えて口に出す私。

 チラシには「いつでもどうぞ!」と書かれていますが、それでも、説明会みたいなイベントがあるわけでもないのにノコノコ出向くのは、勇気がいりますからね。


 密かな決心と共に、机の上のチラシも鞄に入れて。

 大学へ向かうため、私は部屋を出たのでした。

   

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「十二病って何ですか?」――大学デビューが異世界デビューになってしまいました――(「ウイルスって何ですか?」外伝) 烏川 ハル @haru_karasugawa

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