第一話
更新、遅れてしまい申し訳ありません……。
◇◇◇
「……二年の間に、こんなにも変わっていたのね」
そう呟きながら、ベッドの上私は自分の手に持つ書類をめくる。
それは、私が商会から離れてからの情勢について記された書類だった。
それを確認しながら、私は驚きを隠せなかった。
大手の商会ならともかく、平民相手の場合では人気の商品の移り変わりが早い。
だからある程度は予想できていたとはいえ、想像以上に移り変わりが早かった。
ただ、その理由に関しては容易に想像できた。
……かつての私の商会が衰退したことに関係しているのだろう、と。
「はぁ、どうしてあの商会を貴族向けに変えようなんて思えたのかしら」
一年以上前に、私がかつて作り上げた商会は潰れていた。
そのことを知った時、私は父親のあまりの愚かさに呆れることしかできなかった。
私の作り上げた商会は、あくまで平民向けのもの。
安い商品を多く売ることで儲けを出す顧客が大勢いることを想定したものだ。
間違っても、貴族向けとして変われるような商会ではない。
あの商会を貴族向けに変えるのは、愚行としか言えない。
とはいえ、伯爵家の商会が潰れていたことは、私にとって大きなチャンスでもあった。
何せ、伯爵家の商会が消えてから、平民向けの市場には大きな商会が新しく現れている様子はない。
「この流行なら、ミーンズさんのお店と協力できれば……」
どう商売を広げていくか、そう考えながら私はにんまりと笑う。
知り合いの店の状況に関しても、私は二年でどう変化しているのか分かっていない。
一体どうなっているのだろうか、そう懐かしく感じながら私は、知己の店についての報告が書かれた次の書類をひらこうとする。
ばんっ! という音とともに部屋の扉が開かれたのはその時だった。
「……エレノーラ様?」
怒りを隠さない声に、私は思わずビクッと肩を震わせ、慌てて書類をシーツの下に隠そうとする。
だが、既に手遅れだった。
「シーツに隠したのもを出して下さい。エレノーラ様」
冷ややかな怒りに満ちた声に、私が恐る恐る顔を上げると、そこにいたのは怒り心頭といった様子のマリーナだった。
その様子に隠そうとしても無駄だと理解した私は、渋々シーツから書類を取り出す。
一冊、二冊、三冊。
ごそごそと取り出す際、マリーナからの怒りの声がないことに気がついて顔を上げると、マリーナは額に手を当てて項垂れていた。
「……エレノーラ様、お仕事は時間を決めてのお約束ですよね?」
「は、はい」
「魔法医様からは、身体のバランスが崩れているから、のんびりした時間を作るように言われてましたよね?」
「そうです……」
マリーナの重い空気に耐えかねた私は、必死に言い訳する。
「ち、違うのよ! 偶然見始めた時にマリーナが来ただけで、別にずっと見ていたわけじゃないの! 少し気になったところがあって、見返していただけで……」
「嘘ですよね?」
「……………はい」
しかし、自分でも苦しいと分かるそんな嘘でマリーナを騙せるわけがなかった。
無言でこちらをずっと見てくるマリーナに対し、もはや私にできるのは謝ることだけだった。
「ご、ごめんなさい。その、つい何かしておかないと落ち着けなくて……」
マリーナの表情に柔らかくなったのは、その瞬間だった。
「……そう、ですものね。まだあの生活から数ヶ月しか経っていませんもんね」
そう呟くマリーナが何を言っているのか、私にはすぐに分かった。
数ヶ月前まで、私は侯爵家夫人の立場にあった。
といっても、そこでの私の立場は奴隷でしかなかった。
実家にいた頃私の侍女であったマリーナ、そしてこの家の主人であるアルトが助けてくれなければ、今も私は変わらず地獄のような日々を送ることになっていただろう。
「でも、安心して下さいエレノーラ様。もうあんな生活になることなんてありえません。絶対に、私達がそんなことを許しませんから」
そして、近づいてきたマリーナはその表情のまま告げる。
「なので安心して、シーツの奥に隠されたその書類も私に渡して下さい」
「…………はい」
誤魔化すことはできなかったらしい。
目が笑っていないマリーナに、諦めた私はシーツの奥に隠していた最後の書類を取り出す。
「もう本当に! 商会の時からずっと、働きすぎは駄目だと言っているじゃないですか!」
「……ご、ごめんなさい」
最近、まるで隠し事が通じなくなってきたマリーナに、私は縮こまることしかできない。
マリーナに怒られる度に、私は罪悪感を覚えずにはいられない。
しかし、あのことを考えないようにするには、頭を動かしているのが最善で……。
こんこん、と半分開かれた扉をノックする音が響いたのは、その時だった。
その瞬間、私は思わず身体を強ばらせる。
私が部屋に書類を部屋に書類を持ち込むのを阻止するようになってから、マリーナやこの屋敷の侍女達は部屋をノックすることはなくなった。
そんな中、こうして律儀にノックしてくる人物は、私の知る中一人しかいない。
「えっと、大丈夫ですか?」
扉の外から、遠慮がちにかけられたその声は、私の想像通りアルトのものだった……。
虐げられた侯爵夫人は逃亡を決意しました〜破滅しようが知りません〜 陰茸 @read-book-563
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