第二章 実家編
プロローグ 伯爵家 (エレノーラ妹視点)
「……なんで、なんでなのよ」
蝋燭の小さな灯りしかない暗い部屋の中、ぽつりとそんな声が漏れる。
侍女も下がらせたその部屋で私、マリージュ・マーレイトが手に持っていたのは一つの手紙だった。
送り主の名前を睨みつけながら、私は吐き捨てる。
「なんで、なんであの女なんかを……!」
──エレノーラを公爵家で引き取りたい。
何度読み直しても、手紙に書かれた内容が変わることはない。
それを確認して、私はようやく理解する。
エレノーラは、あのいまいましい姉は、公爵家新当主によって侯爵家から救い出されたのだと。
「なんであの女が!」
感情に任せて、手紙をびりびりに破く。
妾の子どもでしかなく、今まで私達に尽くす存在でしかなかった人間。
それが、エレノーラのはずだった。
……そう、だったのだ。
顔を上げると目に入ってくるのは、以前とは比べ物にならないほどに荒んだ自室だった。
侯爵家当主ソーラスが自主的に爵位を返還してから、1ヶ月ほど経ったか。
その間に伯爵家は、坂道を転がるように衰退していた。
侯爵家が潰れてすぐ、私達の屋敷には借金取りが押しかけるようになった。
いつからか、父は多額の金を借りていたのだ。
その借金取り達が、私達の縁戚であった侯爵家が潰れたのを区切りに、いきなり返済を求めてきたのだ。
侯爵家が潰れた今、伯爵家が借金を返せるわけがない。
……そう、エレノーラ含めた商会の人間達はもう伯爵家にいないのだから。
「恩知らずの平民さえ、残っていれば……」
今までの恩を忘れて去っていった商会の人間達を思い出し、私は顔を歪める。
あの恩知らず達は、商会を平民向けから貴族向けにすると言っただけで、商会から去っていったのだ。
もう、義理を果たす必要もない、そんな置き手紙を残して。
その卑劣な裏切りのせいもあり、貴族向けに商会を変更した途端、衰退していった。
それからのドレスを買うことさえ、制限されるような状況だったのだ。
ただでさえそんな状況だったのに、侯爵家まで潰れてしまったのだ。
借金まで返せなんて、不可能に決まっている。
なのに、借金取り達が私達の言い分を聞くことはなかった。
その結果が、ドレスどころかベッドや小さな棚を除いた家具まで借金取りに取られた部屋だった。
……そんな自分と対照的に、エレノーラは栄光の道を歩んでいる。
「なんで、なんで!」
見れないくらいぐしゃぐしゃになった手紙が散乱した床の上、頭を抑える。
侯爵家破滅以降、行方が分からないとされていたエレノーラが公爵家にいることは明らかだろう。
侯爵家を潰したことで、より一層力を増したとされる公爵家で、豊かな生活を送っているに違いない。
こんなに悲劇的な私達を他所に。
「なんで、あんな平民に媚びを売るだけの女が……! なんでなんでなんで!」
手に持った小さなナイフを、唯一残った小さな棚に突き立てながら、私は呻くように呟く。
「ひっ!」
からん、という音と共に響いた悲鳴に振り向くと、閉めきれていなかった扉から見えたのは、足元にお盆を落とした侍女の姿だった。
「何を勝手に……!」
「も、申し訳ありません!」
一瞬、許可なく部屋を覗いた侍女に対し、私は怒りを抱く。
だが、必死に地面に頭を擦り付ける侍女の姿に、私は思い直す。
今、こうして公爵家から来た手紙を私に持ってきてくれているのは、この侍女だ。
万が一にでも両親に手紙を持っていくようなことが目も当てられない。
両親に手紙が持っていかれるようなことがあれば、彼らがエレノーラに頼ろうとすることは目に見えている。
それは、私には許し難いことだった。
「……いいわ。今回は許してあげる。代わりに手紙の件はきちんと頼むわよ」
「は、はい」
そう言って、その侍女は落ちたお盆を拾って扉を閉め、急いで部屋を去っていく。
「今までであれば、あんな侍女すぐに首にしていたのに」
明らかにできが悪い彼女でさえ、首にできないほどに、今の伯爵家の財政は悪かった。
だからこそ、私はエレノーラを許すことができない。
「……必ず、あの女を然るべき立場に戻してやる!」
ひび割れた鏡に映った私の目には、憎悪の炎が宿っていた……。
◇◇◇
改めて、色々とあり遅くなってしまい申し訳ありません!
三日に1回の定期更新を目指し、更新再開させて頂きます!
そして、活動報告では随分前に報告させて頂いていたのですが、この度本作がビーズログ文庫様より、1月15日に発売決定いたしました!
書籍は大きく恋愛面を加筆しておりますので、是非興味があればよろしくお願いします!
(明日は発売日ですので、もう一話更新させて頂く予定です!)
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