エピローグ 思惑

「……そうか、アルフォートが侯爵家を潰したか」


 俺がその知らせを陰の男から貰ったのは、侯爵家の破滅が決まったその日のことだった。

 侯爵家の爵位返上に関する書類がアルフォートに渡ってから、まだ数日しかたっていない。

 そのことを認識して、俺は笑う。


「さすがアルフォート。先代公爵家当主を力でねじ伏せた化け物だな」


 今までも一定数侯爵家に対して不満を持つ勢力は存在した。

 が、それらは個の力がいくら強くても、互い存在さえ知らない烏合の衆でしかなかった。

 それを驚異的な手法でまとめあげ、数日の内に完全に侯爵家を潰したアルフォートには、さすがの俺も感嘆を禁じえなかった。


「さすが、大商会の主といったところか」


 アルフォートがまだ隠しとおせていると思っている事実を呟きながら、俺は笑う。


「……よろしかったのでしょうか」


 遠慮がちに報告を持ってきた陰の男がそう告げたのは、その時だった。


「侯爵家が王家の身内であることは知れ渡っています。それを元は他国の人間である公爵家が潰したとすれば、公爵家の力が増すことに……」


「いやないさ。アルフォートは俺に借りを作ったことを理解しているだろうからな」


「……え?」


 即答した俺に困惑した雰囲気を向けてくる陰の男に、俺は教えてやる。

 なぜ俺が、侯爵家を潰せるようアルフォートにお膳立てしてやったのかを。


「簡単な話だよ。俺は別にあの時、アルフォートに書類を渡さなくてもよかった。でき悪い妹の懇願など、無視してもよかった。なのに、あえて要望に応え、侯爵家を潰す書類を渡してやった。それをアルフォートは借りだと判断しただろうさ」


 そのことをあの聡いアルフォートが分からないはずがない。


「アルフォートは公爵家の評判が良くなるほど、俺の借りを意識せざるを得ないんだよ。あの肥溜めのような侯爵家を切り捨てることで、公爵家に借りを作る。くく。我ながら、ほれぼれとする手際だ!」


 だからこそ、俺はあの時アルフォートの頼みを聞いてやったのだ。

 悩ましそうな態度を取っても、引く気を見せないアルフォートの姿に、大きな借りを作れると判断したからこそ。


 もっとも、この行為は王家の後々を考えれば、決して最善ではないだろう。

 この件で王家の求心力は下がり始めるだろうし、何代も先になればその影響は致命的になるに違いない。

 が、そんなこと俺にはどうでもよかった。

 王家を長く存続させたいのであれば、そもそも大増税などという一時的にしか収入が増えず、貴族からの反感を得る政策など打ち出しはしない。


「俺の代が安泰であれば、それでいいんだからな」


 それこそが、アルフォートに借りを作った俺の最大の動機だった。

 唯一この国を転覆させかねないアルフォートという男を、封じ込めることこそが俺の目的だった。


 公爵家当主に命を狙われながら、大商会を打ち立て、逆に父である当主を引退に持ち込んだ。

 それは異常な能力がなければできない芸当だ。


 故に、俺は真っ先に封じることを決めたのだ。

 大きな借りを作るということで。


「いや、公爵家の規模を考えれば、まだ不安か? なら、公爵家と王家自体をもっと密接な関係にするしかないか」


 そう判断した俺は、陰の男へと先程思いついた考えを命じる。


「おい、アルフォートに勅命を出せ。俺の末妹、王女アリアナと婚約しろ、と」


 末妹は俺に意見した愚妹よりも愚かな、頭の中身がないような女だが、政略結婚に知能は必要ないだろう。

 アルフォートは嫌がるだろうが、どうでもいい。

 何せ、公爵家を王家との縁でがちがちに縛ることができれば、それだけでいいのだから。

 俺の命令を受け、陰の男が走り去っていく音を聴きながら、俺は呟く。


「さて、アルフォートはどう反応するかな?」


 そう告げた俺──国王マークベス・ソーマラーズの顔には、笑みが浮かんでいた……。



◇◇◇



 これで一章は終了となります。

 二章についてなのですが、一章が設定のだし方について色々と考慮しないといけない部分があると感じ、一度じっくり構想を考えようと思っていること、他作品に注力したいことから、少しの間お休みを頂こうと考えております。

 できるだけ書き溜めを行ってから再開しようと考えているため、再開した際には定期的に更新できるよう意識させて頂きます!


◇◇◇


※9月25日、アルトの容姿について付け加えさせて頂きました。

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