ユウシャノシカク

月宮翅音

ユウシャノシカク

「はぁ~、だるい。もう、何もかもだるいし、めんどくせぇ」

 高校生の山本秀斗しゅうとは、学校をさぼって、空を見上げていた。とある公園の、飛行機型の遊具の上で。


 秀斗は、優秀の「秀」という漢字を名に持っていたが、残念ながら決して優秀とは言えなかった。この前の定期テストの結果は言うまでもない。特に国語は悲惨である。秀斗はライトノベルをたくさん読んでいたが、彼の語彙が豊かになることはなかった。

 そんな秀斗とは対照的に、妹の南美みなみは優秀であった。特に、国語。南美は中学生にして文才を発揮し、童話で小さな賞をとったりしている。

 南美は優しく、兄を馬鹿にするような真似はしない。しかし、両親はどうしても、優秀な妹と劣等な兄を比較してしまうのだ。

 そして今は、2年生の秋。そろそろ進路を真面目に考えなければならない季節である。


「あーあ、異世界にでも行きてぇ」

秀斗は、思考を放棄した。

「……寝よ」



『……モト…………ト……ヤ…………シュウ……ヤマモト……シュウト……』


 秀斗は、目を覚ました。目をこすり、ゆっくりと体を起こした。そして、自分の目を疑った。なぜなら、そこは砂漠のど真ん中で、見渡す限り何も無かったからである。一応、秀斗は飛行機型の遊具に乗ったままではあったが、それ以外には人工物など無かった。

 しかし残念なことに、秀斗は楽天的かつ高校生らしからぬ単純な思考回路の持ち主であった。

「え、これってもしかして、異世界転移的なヤツ? 俺、無双しちゃう感じ?」

 早くも秀斗は、自分が無双する未来を思い描き、ワクワクした。

「ってことは、神様が現れて、『お前は選ばれしものだ』なんて言って、俺は冒険の旅に出ることになるのか? それとも、魔物に追われているかわいい女の子とか現れて、俺がチャチャっと助けちゃって、村に連れていかれて英雄になってハーレム!? うーん、どっちも捨てがたい……」

 秀斗は、乏しい知識——ライトノベルとゲームと漫画で学んだものばかりであったが——を総動員し、素晴らしい未来を想像した。


 しかし、一向に神様や魔物、かわいい女の子は現れない。それどころか、何かが起きる気配すらない。

 早くも秀斗は退屈し始めた。

「大体、俺が魔物なんて倒せんのか? 装備すら用意されてないし。この世界の神はケチだな。あー、あと、かわいい女の子って言っても、俺の好みじゃなきゃ。やっぱり、小動物系がいいなぁ。もしも俺より背の高いお姉さん系が来たら……。ありえねぇ、勇者様の好みじゃないヒロインなんて。なんだよ、この世界の神は怠け者なのか? とりあえず何か起こしてくれなきゃ退屈なんだけど」

 秀斗は、自分のことは棚に上げて様々な不満を並べ立てた。自分自身がアクションを起こす気がないのに、神様を『怠け者』呼ばわりするとは……。

「なんか、だるくなってきたな……。やっぱ、学校の方がマシじゃね? 昼休みにアイツとゲームする約束してるんだった。今何時だろ……。神様、なんかイベント起こせよ」

 秀斗は飛行機の上で再び寝そべり、その下に靴を脱ぎ捨てた。

「……寝よ」



 彼が目を覚ますと、そこはいつもの公園だった。飛行機の下の砂場には、脱ぎ捨てた靴が落ちていた。

「……何だよ。夢オチかよ」


「学校、行くか」

 秀斗は飛行機から降りた。



『……カレニ、ユウシャノシカクハ、ナカッタヨウダナ』

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