ⅩⅩⅩ 預言派

「――みんな、本当に帰ってきてくれたっすね! やっぱり先生の言うとおりっだっす!」


 三日ぶりに見る仲間達の顔に、ティモスは目を輝かせて喜びの声をあげる。


 ドクロダの丘での磔刑より三日の後、イェホシアの幻影がティモスに語った通り、十一人の弟子達は再びメッサマネの搾油小屋に集っていた。


 皆、その喪失感と罪悪感から伝道の意欲も、生きる目標も見失っていたところ、ケファロやオンドレ達の時と同じように彼らの目にイェホシアが現れ、彼らを教え諭してここへ導いたのである。


「なんだか三日ぶりだというのに、とても懐かしい気がするわねえ……」


 中にはジョコッホに付き添われ、すっかり老け込んだように見える母メイアーの姿もあり、息子と過ごした思い出のこの場所を穏やかな眼差しで見回している。


「ああ、そういえば、メイアー奥様は来ないとのことっす。やっぱりイェホシア先生が現れて、俺達とはまた違う指示を受けたとかで……」


 ジュドを除く十二使者が全員集まったところで、思い出したようにティモスは妻メイアーからの言伝を皆に伝える。


「そうか、それは残念だな。我らとは違う指示とはいったいなんだろう? 急ぎじゃなきゃ顔出してからでもよかったろうに……」


「フン。まあ、今日はイェホシア先生の高弟である我ら十二使者がいれば事足りる。問題はなかろう……」


 その知らせに残念がる義弟のジョコッホだが、対してケファロはなぜか不快そうに顔を歪め、少々意地悪にも聞こえるような台詞をその口にした。


 ずっと他の者に気づかれぬようにしてきたが、それは彼の嫉妬心ジェラシーから発せられたものである……イェホシアの一番弟子を自負するケファロは、自分ではけしてなれぬ〝妻〟という立場をその手にし、即ち、師が最も愛する弟子となった彼女に対して、そんな嫉妬心ジェラシーを内心密かに抱いていたのであった。


 これはもう少し後になってからの話になるが……ケファロのこの一番弟子としての自負プライドと妻メイアーへの強い嫉妬心ジェラシーが、自身を預言者イェホシアの教えを継ぐ唯一無二の正統な後継者・初代〝預言皇〟とし、本来、寛容だったイェホシアの教えを非常に排他的なものへと変えていってしまう……。


「そんじゃ、これで全員ってことだな。ティモスが料理を用意しておいてくれたことだし、決めることはとっとと決めちまって早く宴会といこうぜ……」


 そのケファロの負の部分を知ってか知らずか、兄貴肌なティアコフがそこへ割って入って皆を促す。


 イェホシアの指示により、テーブルの上にはティモスが用意したパンや馴染み深い魚料理、そして杯とワインが並べられている……あの夜の晩餐と同じように、弟子達はその周りの各々の席へと厳かに着いた。


 ただし、今日は前回と違い、イェホシアと妻メイアー、そして、猪狩屋ししかりやのジュドの席だけは空いている……だが、師を裏切る形で姿を消したジュドのことを口に出す者は誰もいない。


 彼がシモールに騙され、本当はイェホシアの命を助けるために証言させられたという事実はもちろんのこと、数日前、ジュドが人知れず首吊り自殺・・・・・という形で発見されたことも皆、知らないのである。


「――それでは、ダーマの伝統に則り、私が兄に代わって代理預言者の任に就くことといたします」


 皆が着席すると、料理を食す前にさっそく会議が始められた。今日、皆がここに集まったのは、イェホシア亡き今、今後の活動の骨子となる方針を決めるためなのだ。


 先ず決められたのは、議長も兼ねたこの教団の代表である。それは兄が死んだら弟がその家を継ぐというダーマ人の慣習に則って、すんなりジョコッホということで決着した。


「では次に、これを機会に神殿派とも遵戒派とも隠修派とも違う、預言者イェホシアが神より預かりし御言葉に依って立つ新たな学派を立ち上げたいと思うが、名前は如何しよう?」


 続いての議題は、自分達一派の名前である。


「それはもちろん、イェホシア派っす!」


「ちょ待てよ! それじゃなんの捻りもなくねえ? ここはそうだな……先生の教えにちなんで預言プロフェシア派ってのはどうよ?」


「おお! いいな、預言プロフェシア派! なんか、オシャレな感じだ」


「先生の教えを体現しているし、いいんじゃないか?」


 まず出たのはティモスの言ったように単純明快なイェホシアの名を冠したものだったが、徴税士マテヨはそれに異を唱え、彼の提示した代案には多くの者達から賛同の声があがる。


「よし。それでは、これから我らは預言プロフェシア派を名乗ることとします」


「大神殿も近いし、活動の拠点はもちろんここだろう。ここをまずはじめの預言プロフェシア派会堂としよう」


 他にも、そのようにこの思い出深い搾油小屋が一派の拠点とされたり……。


「先生は戒律遵守の思想と闘ってこられたのに、我らの象徴シンボルがこれまでのダーマ教同様、〝戒律の石板〟というのもどんなものだろうか?」


「それなら良い考えがあります。あの最期に先生が見せられた奇蹟……〝神の眼差し〟を形どるのはいかがでしょう?」


 そうして彼らの象徴シンボルがダーマ教の伝統的なものから新たな彼ら独自のものへと変えられたりした。


「さ、だいたいのところは決まったから、細けえことは後回しにして、まずは祝杯といこうじゃねえか」


 自分達の学派の名や象徴シンボル、拠点が次々に決められると、再びティアコフが音頭をとり、皆はワインを注いだ酒杯を各々手にする。


「私は先生の第一の弟子として、先生の教えを微塵も違えることなく、正しく伝えていくことをここに誓おう」


「私は先生の教えを書物にまとめ、より広く、また後の世まで伝わるようにしたいと思います」


「今回の一件で、やはり帝国からの独立とハドロス王朝の打倒なくして、このエイブラハイームに未来のないことを嫌というくらい思い知らされた……私はこの預言プロフェシア派の教えを根幹として、これからはもっと積極的に愛国派の活動を行っていくつもりだ」


 杯を手に、ケファロ、イヨハン、愛国派のシーモをはじめとして、十一人の弟子達は代わる代わるそれぞれの決意表明をその口にしてゆく……皆、それぞれに多少の温度差や方向性の違いはあるものの、イェホシアの残した教えを広く伝えていこうとする強い意志は誰もが同じく共有している。


 ついでに少し歴史についても触れおくと、このシモーロら愛国派の旺盛な運動は、やがて〝エイブラハイーム独立戦争〟として実を結ぶこととなるのだが、圧倒的なイスカンドリア帝国の軍事力を前にあえなく惨敗。辛うじて存続していたダーマ人の国は、この地上から完全に消滅する……ま、とはいえ、それはもう少し先の話だ。


「それでは、ここに偉大なる預言者イェホシアの教えを継承し、彼が神より預かりし御言葉を広く広めるための学派――預言プロフェシア派の設立を宣言する! 我らが神と、我らが救世主マシアー、預言者イェホシア・ガリールを祝して乾杯!」


「乾杯ぁぁぁぁーい!」


 高らかに芳醇な赤い液体の入った酒杯と祝福の声があげられる中、こうしてここに、後の世において絶大な影響力を持つこととなる一つの教団の萌芽が、今はまだひっそりと、人知れず古びた狭い小屋の中でなされたのであった──。





 古代イスカンドリア帝国が世界を支配していた遥か昔の遠い時代、〝神の言葉〟を預かり、苦しむ人々を救うために自らの命をかけたその者の名はイェホシア・ガリール……後に〝始まりの預言者〟と呼ばれ、その教えは幾多の困難の末にイスカンドリア帝国の国教に定められると、世界宗教〝|預言《プロフェシア)教〟へと発展してゆくこととなる……。


 ただし、彼の死後、その教えは権力者達の手によって歪められ、限られた一部の者のみに神の言葉と祝福を与える宗教的権威〝預言皇庁〟と、異なる考えを排除する宗教組織〝正統派レジティマム教会〟を生み出すこととなるのであったが……。


(Primum Prophetae ~はじまりの預言者~ 了)




※1500年あまり後の時代を描いたシリーズ本編はこちら


・『El Pirata Del Grimorio ~魔導書の海賊~』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054889619569


 さらに同じ世界観・時間軸を有する関連作品はこちらから


〇『エルピラ・サイクル(作品群)目録』

https://kakuyomu.jp/works/1177354054895101906


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Primum Prophetae ~はじまりの預言者~ 平中なごん @HiranakaNagon

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