ガスライティング授業をリーディング

ちびまるフォイ

大多数が支持する嘘が真実に決まってんだろ!

「みなさん。学校の卒業まであとわずかとなりました。

 この寮生活から卒業して多くの情報に触れる機会が出てきます。


 この先、悪い業者や危険な宗教や嘘の情報に踊らされないように

 みなさんの情報耐性をつけるための授業をこれから行っていきます」


進級試験も終わった頃、不要になった授業の空き枠を使ってある授業が行われた。


「みなさんは、ガスライティングを知っていますか?」


生徒はぽかんとしていた。


「ガスライティング。嘘のすりこみです。

 これから授業の1時間中は嘘をさも本当のようにつきます。

 それでみなさんが情報の確からしさを見極める目を養っていきましょう」


ガスライティング授業がはじまった。


「たとえば、白鳥がいるでしょう?

 あの白鳥は実はもともと茶色なんです。

 でも、食べるものの関係で色素が薄くなって白くなるんです」


「先生、それは本当ですか?」


「ダメです。授業中は嘘か本当かを言ってはいけません。

 学内の図書館で調べるのもダメです。いいですね?」


授業が終わってから確かめればバレるのに、

どうして制限をつける必要があるのかわからなかったが、

生徒はみなふざけて嘘を付き合い続けた。


「実は俺、彼女ができたんだ」

「B組のサッカー部キャプテンて浮気してるらしいよ」

「あーー今日、2時間しか寝てないからつらいわーー」


お互いが「嘘」の前提のもとにふざけて言い合うだけの時間。

教科書を開いて授業を受けるよりもずっと楽で楽しい授業だった。


授業は徐々に慣れさせるために段階を踏んで内容を変更させた。


ただ生徒同士が嘘をくっちゃべるだけの時間ではなく、

意味や目的のある嘘を真顔でできるだけ話し合う場へと変異していった。


「みなさん、今日は来年に行われる男女差別法について意見をまとめ、

 それぞれの班でレポートを提出してください。

 不真面目なレポートを提出した場合は再提出となるので注意するように」


授業がはじまると生徒は机4つをつなげて島を作る。

存在しない新しい法律について勝手な解釈と理解で話をしはじめた。


「やっぱり男女差別法の形はよくないと思う。別の方法があるはずだ」

「でも、社会では男女差別なくして回らない仕事もあるでしょう?」

「昨日ニュースで男女差別法の必要性を専門家が話していたよ」

「私の周りでも男女差別法についてはみんな賛成しているわ」

「でも差別法が通ったら、男女ヘイト罪防止法はどうなるんだろう」


生徒は真面目な顔をして心で笑いながら嘘を付き続けた。

嘘で構築した理屈の通るレポートを先生に提出した。


「みなさん、どのレポートも良くできていました。この調子で頑張ってくださいね」


「「 はい! 」」


先生に褒められることは嬉しかった。

それがたとえ嘘で得たものだとしても。


授業も回数を重ねると知らず知らずのうちに嘘の浸透がはじまっていた。


「そういえば、サッカー部のキャプテンどうなったんだろうな?」

「どうって?」


「マネージャーと、キーパーの妹との二股してたって話し」


「ああ、あれ嘘だよ? ほら授業中だったじゃん」

「いやいやいや、本当に付き合ってるんだって」

「授業だったろ?」

「授業後に聞いたんだって!」


「え?」

「ん?」


授業中に何を話したか、なんてキッチリ覚えられるわけがない。


どこまでが嘘を話していたのか。

どこからが本当のことだったのか。


あいまいな境界線は授業外でも尾を引いて生徒は自分の知っている情報が信じられなくなった。


下手なことを言ってしまえば嘘を話してしまう。

嘘つきだと思われたくない。オオカミ少年のようになりたくない。


生徒はあれほど楽しかったガスライティング授業でも言葉を話さなくなり、

しだいに孤立し、コミュニケーションも遠ざけ、病気がちになっていった。


これでは本末転倒と焦った先生は生徒が全員集まる人を狙って、

最後のガスライティング授業を開いた。


「先生、今日の議題はなんですか?」


「今日は授業ではなく、みなさんに大事なことを伝える必要があります」


先生の真面目なトーンにふざける気まんまんだった生徒たちも襟を正した。


「今回でガスライティング授業は終わりです。

 授業の最初にみなさんの情報耐性をつけるため、などと言っていましたが

 それは全部ウソです。あの時点で授業は始まっていたのです」


ふたたびぽかんとする生徒。


「実は研究機関から依頼を受けてガスライティングを受けた人間が

 いったいどうなっていくかのサンプルを取るために授業を受けました。

 みなさんのためでなく、学校のための授業だったんです。

 それももう終わり。必要なデータは日々の生活の様子から回収できました」


「先生……どういうことですか?」


「全部嘘だったということです。ただそれだけです。

 みなさん、今度はもう嘘に騙されずに真面目に生きましょう」


授業が終わっても生徒はあまりの衝撃に動けなかった。


「……なぁ、これで本当に授業は終わりなのかな?」


「そうだろ。先生もああ言っていたし」


「いや、実はこれもまだ授業の一環だったりしないのか?

 授業は終わったという嘘を信じ込ませるためのものだったんだ」


「でもガスライティング授業はもう時間割に入ってないぜ?」

「時間割も嘘なんだよ!」


「ちょっと待てって! その嘘がなんのために必要なんだ!」


「サンプルは多く期間が長いほうが正確になるだろ?

 だからまだ俺たちをどこかで監視しているんだ!

 この嘘を受けてどういう反応をするか観察してるんだ!! 騙されるものか!」


嘘に踊らされているのは許せない。

その気持ちから最後の授業を受け入れる人とそうでない人で対立が起きた。


「もう嘘をつく必要はないだろ! なんで嘘をつくんだ!」


「嘘などついているものか! 授業はまだ続いている。その意味を知らないのか!?」


「お前は勝手に思いこんでるだけだろ!」

「騙されるな! この嘘つきめ!!」


ガスライティング授業は本当に終わったのか。


誰もがお互いの言葉を信じることもできなくなり、

人間不信になった生徒たちは暴走をはじめた。


「嘘つきどもを追い出せ!」

「騙されているバカどもを近づけるな!!」


しだいにエスカレートしていく生徒の惨状に学校側も限界を感じ、

卒業の時期を早めることになった。


「みなさん、少し早くになりましたがこれで卒業です。

 寮生活の仲間と離れるのは寂しくなるとは思いますが

 新しい社会を知っても自分を見失わずに生きていってください」


ギスギスし始めた学校生活からやっと解放されるということで、

生徒たちはみな卒業式に関してだけは全員参加となった。


卒業式が終わって家同然となっていた寮から荷物を出した。


そして、初めて触れる世界を見て言葉を失った。




「どうなってる……空は紫色なんじゃないのか?」



卒業生だけがガスライティング授業以外のすべてが嘘だったと知ったのです。

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