日の当たらない奥歯生活からの卒業

ちびまるフォイ

日の当たる新天地へ

「話は聞いていますよ。あなたが歯の次の入居者ですね」


「はい、良い歯ありますか?」


「もちろん。ここはいいところですよ。

 あまり食べ物も入ってこないので静かです。

 噛むのもゆっくりなので揺れが苦手な人も安心ですから」


「そうなんですね!」

「で、どの歯にするかはお決まりですか?」

「いえまだ……」


「でしたら奥歯がおすすめですよ。

 歯の中でも一番広くて、もっとも静か!

 まだ誰も住んでいないのでチャンスですよ!」


「本当ですか! 奥歯にします!」


奥歯に住むことになると、歯不動産の話はたしかに本当だった。


「たしかに広いけど……これ日当たり悪いなぁ……」


わずかに口が空いたときに差し込んでくる光は奥歯まで届かない。

歯ブラシも先端がちょっとなぞられるだけなのでキレイとも言えない。


持て余すだけの広さくらいしかいい部分はなかった。


「はぁ……前歯がよかったなぁ……」


前歯は日当たりが良好で噛む頻度も少ない。

それに比べて奥歯ときたら何度も噛むものだから上下に何度も突き上げられる。


これじゃおちおち眠ることもできやしない。


食事が始まると奥歯はひっきりなしに動く。

動作がゆっくりなぶん、食事は長引いて揺れる時間が多い。


「やぁ、お前が奥歯に住んだ変わり者かい?」


「お前は犬歯の……」


「しっかしここは暗いなぁ。そして臭い。

 まったく、こんなところで繁殖するのは虫歯だけってもんさ」


「うるさいな。犬歯なんて狭いじゃないか」


「ははは。犬歯は歯でも花形だぜ? 前歯ほどトラブルも少ないし。

 日当たり良好で食事でもそこまで動かされる心配もない」


「ああちくしょう1 選択ミスったーー!!」


犬歯や前歯の話を聞けば聞くほどに自分の劣悪環境が浮き彫りにされるようで耐えられない。

ついに直談判へと踏み切った。


「なに? 歯を変えたいだって?」


「はい、奥歯があんなに過酷だったなんて知らなかったんです!

 あんな場所だったら最初に選んでなかったですよ!」


「そうはいっても、もうどこの歯も埋まってるんだよねぇ」


「そんな!? せめて歯シェアとかでもいいんで!」

「ひとつの歯にふたつもなんて無理ですよ」


「お願いです! もうあんな奥まった場所で生活するなんて限界なんだ!!」



「……しょうがないですね。もう諦めましたよ」


「え?」


「ここだけの話をお教えしましょう」

 

そっと顔を寄せると、聞こえるか聞こえないかの声で話した。


「実はね、ここをリニューアルする予定があるんです」


「リニューアル?」


「歯入居者の人には大規模な工事があるといって、

 いったん歯から追い出す予定ではあるんですけどね。

 そのタイミングであなたに新しい歯を提供しましょう」


「本当ですか!」


「ええもちろん。全員が一度歯から離れるのでどの歯でもOKですよ?」


「それじゃ前歯で!」


「わかりました。リニューアル楽しみにしていてくださいね」


それから来るべきリニューアルの日をウキウキしながら待っていると、

徐々に他の歯の入居者が荷造りをはじめた。


「ふふふ。まだ誰もしらないんだな」


全員が歯から出て舌の上に集合したころ、

そのすきを突いて狙った歯に荷物を移動させた。


「よっしゃーー! 前歯とった!!」


空き歯となった前歯に到着し口から眺める最高の風景に酔いしれた。

これからはここが自分の歯となる。


「ああよかった。これでもう奥歯生活とはおさらばだ!!」







そして、おじいちゃんは使い古した入れ歯をそのまま捨てた。

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