勇者死す。
抹茶
勇者に報いを。
突然だが、俺は歴史が案外好きだったりする。
偉人の考えや人類の発展を眺めていくうちに、その努力と様々な思想に触れることが、なぜだか魅力的に思えたのだ。
またもや突然だが、皆さんは歴史に名を刻まれたことがあるだろうか?
――俺はある。
なんでかって? それにお答えするには、少しばかり長い話に付き合ってもらう必要がある。これといって面白い話は無いけど、頑張れ。
それは、長い間休戦状態だった魔王軍に、新たな魔王が誕生してから始まった。新魔王は高らかに宣言したのだ。
『人族を滅ぼし、世界全てを征服する!』
そう宣言してから、魔王軍は驚きの早さで動き始めた。すぐに周辺の村や町へ攻め込み、制圧した。僅か2日間で、3つの国と数多くの町村が滅ぼされた。
魔王軍はチートだ。魔人と呼ばれる彼らは素の能力が遥かに俺たち人族を上回り、しかも未知の魔法を数多く保持している。
たった1フレーズで自然災害並みの事象を巻き起こすことなど、人族には不可能だった。
そして、従えている魔物もチートだ。人族に魔物を従属させる力など無く、しかし彼らにはある。さらにそれが、天災級の魔物ドラゴンだから性質が悪い。
その息吹は街を破壊し、その爪は渓谷を刻む。その瞳は大陸を超え、その翼は荒れ狂う嵐を吹き飛ばす。
抵抗のすべなど無いのだ。狩る側が向こうで、狩られる側がこちら。
そして、7日経った時には、人類の残りは王国と皇国しか無かった。大海原を超えた先の大陸にあったこの2つの国だけは、進軍が間に合わなかったのだ。
しかし、だからといって名誉もへったくれもない。ただ死ぬのが遅くなっただけなのだ。
この事態に対し、王国の上層部は苦渋の決断である禁忌を犯した。それこそが、まず一つ目の歴史に刻まれることであり、人類へ大きな機転となった。
――『勇者召喚の儀』
大量の魔力と命を吸い取り、異界より【勇ましき者】を呼び寄せる禁忌の魔法。王国に残る全魔術師1000人の命を犠牲とし、魔法は発動された。
これは、なんと本来必要な魔力量の倍であった。
莫大な犠牲を伴った魔法だったが、奇跡的に成功。異界より、アズマと名乗る男性が召喚された。
彼の力は、魔王軍を上回るほどのチートだった。
このチートという言葉も、彼が使っていた異界の言葉であり、これを始め多くの知識と文化が芽生えた。それは、新たな魔法の種であり、人類の未来へ繋ぐ意志の形。
知識チートもさることながら、彼は戦いにおいて最強と言っても過言では無かった。
彼が授かったと自称したのは、『強者』というものだった。効果内容は――
――――――――――――
『強者』
自身の能力値はゼロである。
自身の能力値は装備・レベルの恩恵を受けない。
自身の能力値はこの能力以外では上昇しない。
付近にいる友好的思考の生物に基づく全能力値を倍にして自身に加算する。また、その友好的思考の生物の数に基づいた%の能力値を加算する。
付近にいる敵対的思考の生物に基づく全能力値を倍にして自身に加算する。また、その敵対的思考の生物の数に基づいた能力値分を、任意の能力値へ割り振れる。
付近にいる敵対的思考の生物が保有する経験値を倍にして自身に加算する。これにより上昇したレベル分が、全能力値にそれぞれ適用される。また、その敵対的思考の生物の数に基づいたレベル分を、任意の能力値に割り振れる。
―――――――――――――――――――――
――つまりチート。
自分の近くに生き物がいればいる程強くなり、その敵が強ければ強い程さらに強くなるのだ。これをチートと呼ばずしてどうするか。
ともあれ、そんな理不尽な能力を持っていたが為に、無双が始まった。まず通常半年近く掛かる海路を1日で”踏破”した。
海に住む生物全ての能力値を移動速度に割り振ったらしい。ちなみに、本人の談だが、
『この能力の付近って言葉だけど、嘘だわ。だってこっから魔王軍の能力値貰えんだから』
と言っていた。魔王軍はその時、恐らくまだ海にすら出ていない状態で、アズマはまだ王国に居たのだ。その距離は、向こうの言葉でおよそ3000kmほどらしい。
何が付近なのか、と問い質したくなるのは当然だ。つか頭可笑しいんじゃねぇの?
っとと、話を続ける。
こうして、もはや暴力の塊となった彼は、単騎で魔王軍へと乗り込み、勝利を掴み取っていった。
人類の力とはいったい……。まぁ、勇者が異常なだけだ。
人族にも、希望の灯火が上がった。彼がそのまま破竹の勢いで、魔王軍を瀕死にまでおいやっていたのだ。
勝てると、魔王を討伐できる、と誰もが信じていた。そして、その3日後。
――勇者が死んだ。
さて、話が長くなったが事前に言ったからセーフだろ? ってな訳で、本題に戻るか。えっと? 確か俺が歴史に刻まれた、ってことだよな、うん。
よし、教えてやる。それは本当に簡単なことなんだよ。
時は、勇者が未だ登場しなかった皇国に立ち寄った時に。
「あー、お前、死ぬから」
「は?」
呆れたような、戸惑うような声。まーそりゃそうなるわな。
だって俺と目の前の勇者さんは初対面で、しかも向こうの方が地位は上な訳だ。当然だよな、人類の希望たる勇者は王すらも上回る! ってな。
「ど、どうゆうことかな?」
異界より呼ばれた勇者ってことだから、もっとゴツイのかと思ったけど、見た目はまんま優男みたいだった。なんか丁寧だし。
地位は上なはずなのに、俺にこんなに丁寧にしゃべるとは……!(驚愕) まぁこれについてはおいといて。
少しばかり戸惑い、そして僅かに不安を滲ませた表情の勇者さん。
「別に難しいことじゃねぇよ勇者サン。お前に宿っている力は、あくまでも借りもんだろ?」
俺の問いかけに、大きく目を見開く勇者さん。ったく、ポーカーフェイスも身につけちゃいねぇ。いったいどんな箱入りで育ったのやら。
「借りもんはお前のものじゃなくて、しかもそれは巨大過ぎるときた。異界から呼ばれたっつーから何か強いのかと思ったけど、その体はこの世界で生きてくにゃあ弱過ぎる」
なんで剣で切ったから豆腐みてぇに柔らかそうな見た目してんだか。実際、転んだだけでも擦り傷ができるほどに、弱い。柔い。
「よくある話だろ? 有り余る力は、やがてその身を滅ぼすって」
俺の話に、次第に顔を青くする勇者さん。どうしてそんなにも臆病なのやら。でもまぁ、その不安は頷ける。いきなり見知らぬ世界に呼ばれ、しかも戦えだからな。
見ず知らずの国の、見ず知らずの他人のために、自らの命を懸ける。バカみてぇな考えだ。少なくとも、俺はそう思ってる。
「ど、どうすれば良いかな?」
「それを俺に聞くのか?」
「だ、だって、貴方はなぜだかほかの人と同じには視えない」
「!」
これには俺も驚いた。すげぇよ、俺のことを初対面で違うって見分けられるのは。初めてじゃないけど片手に収まる程しかない。
確かに、勇者なんて大層な名前で呼ばれる何かを秘めているのかもしれねぇ。
「それに、さっきから僕の体に力が漲ってるんだ。数値上では、今までと何も変わらないのに」
「へー? 気分とかじゃねぇの?」
「そうかもしれないけど、僕はそうじゃないって信じてる。君は綺麗に見える。この世界に来てから、誰よりも真っ白に近いんだ。だから逆に、僕は不思議に思えた」
「……そうかよ」
にしても、ホントにこの勇者さんはすげぇ。最早中に神サマでも入ってんのか疑うぐらいすげぇ。この勇者さんに、俺のことを見通す力なんて無い。断言できる。
だからこいつは、全部直感で言ってやがんだ。何かしらあるとは思うが、けど実際には存在しない何かに全幅の信頼を置いてやがる。
ココまで来て、俺は本気でこの勇者さんを気に入っていることに気付いた。
「なら、教えてやる。お前が死なずに済む方法を」
「な、なにっ!?」
食いつくような瞳。溢れそうな焦り。不安。だから俺は。
「逃げろ。今すぐに戦いの無い、魔王軍の目すら届かないような場所まで逃げて、一生戦わずに居ろ。その力は戦いの中で限界を迎える。だから戦うな、逃げろ」
「え…………?」
最も無慈悲な救済を与えるのだ。
茫然とした、意表を突かれたような表情。しかし、やがて意識が戻ると、すぐさま俺に駆け寄ってきた。
「ねッ……ねぇっ! 他に、他に何か無いの!? 他に、逃げずに済む手段は……」
「無い」
「…………本当に、無理なのかい?」
「ああ、無理だ」
「ッ……!」
その言葉を。
終わり、か。この勇者さんは、何を選択するのだろうか。自身の死を前に、それでも尚、戦うことを選ぶのなら、俺は――――
やがて。
「…………なら、僕は戦うよ」
「……そうか、なぜと聞いても?」
「死ぬのは怖いさ」
なら逃げれば良いだろ?
「でも、僕はこの世界に呼ばれた。僕がこの世界に呼ばれたんだ、人類を助けるために」
違う。彼らは自身を守るために、他者だけを犠牲にして異界の1人の命までも道具に使っているだけだ。
「何が正しいのかなんてわからないけど」
正しいのはいつでも自らの命だけだ。死ぬことでは、何も残せないのだから。
「僕が呼ばれた。全てを救える力がある。助けが聞こえた」
……それが、何なんだ?
「僕は勇者なんだ。【勇気ある者】の、〝勇者〟なんだ」
……。
「それだけで、僕が戦う理由さ。それに――」
「……そうか」
「うん、身勝手で申し訳ないけど、貴方のお蔭でも僕は決意できた。ありがとう」
俺の返答を待たずに、勇者さんは微笑んだ。そのまま、決意を胸に背を向ける。
「さようなら」
彼は勇者。勇気ある者の、勇者。
――彼女は勇者。勇ましき者の、勇者。
他人ばかりを尊重し、ついには命すらも投げ出そうとしている。
――俺らばっかを守って、他人なんて無視してた。
無謀で臆病で優しくて。
――無謀で勇敢で優しくて。
戦いなんてしたことないだろうに。
――いっつも負けてばっかだったのに。
勇気なんて、無いだろうに。足だって震えて、手は痣だらけになって。なのにいつでも、前に立って笑うんだ、任せろと。
もう立ち上がれなくなっても、姿を現すんだ。いつでも、どんな時でも。
――――もう、後悔はしないと、彼女に誓った。
『それに、僕は貴方を死なせたくない』
実のところを教えてやるよ。本当は、俺も異界から呼ばれた者だ。それも、ここと似たような世界から。といっても、転生だけどな。
前の世界では、勇者のパーティに入っていた。当時、俺の幼馴染だった彼女が勇者だったからだ。
彼女は無責任にも国も街も人も守らず、俺とパーティメンバーだけを守り続けた。魔王の住まう城までの行軍で、俺らは何度も助けられたのだ。彼女の強さと優しさに。
魔王を倒す直前、最後の足掻きで、彼女は死んだ。呆気無いほど簡単に、彼女はその儚い命の灯火を消したのだ。
魔王は、俺が
真夜中。
勇者アズマが眠りに着いた時、俺はその横に立っていた。まったく見つかていない。そういう力だからだ。
「アズマ、お前を死なせる訳にはいかねぇんだ。ちょっと辛いかもしれねぇけど、まぁ大丈夫だろ?」
笑い掛けても、すやすや眠る彼には聞こえない。戦いの前として、睡眠をしっかりと取っているのだ。律儀なことだよな。
その寝顔を見下ろしながら、呟く。
「スキル【
この世界では無い能力。力。
「本スキル所持者のスキル使用を封印。スキル終了時間、スキル封印解除時間、ともに【
さぁ、全ての準備が整った。
「スキル【
全てのアズマが保持していた能力を貰い、能力も貰い、そして征く。大丈夫、アズマから能力は消えないし、不都合も無い。
ただ、俺が死ぬまで能力は使えず、必ず俺は死ぬだけだ。
一瞬にして、大量の力が沸き上がる。敵は万の大軍、こちらは1人。
「この能力の付近って言葉だけど、嘘だわ。だってこっから魔王軍の能力値貰えんだから」
上等じゃねぇか。最高に漲ってくる。
僅か1日にして、海を渡り終えた。そこから先は死地。俺の魔力を察知され、魔王軍は全勢力を以てお出迎えしてくれるようだ。
思わず口角を吊り上げる。笑いが止まらない。楽し過ぎるのだ。
さあ、声を挙げろ。
「皇国第3皇子オアル・エレメント・アズマ、旧姓は
全てを捧げて、勇者に報いを!
「今代勇者に代わって、魔王軍を滅ぼしてやるよぉッ!!」
――
勇者死す。 抹茶 @bakauke16
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