覗き込む顔
月浦影ノ介
覗き込む顔
知り合いのAさんから聞いた話である。
Aさんの友人にMさんという人がいて、救急隊員の仕事をしている。このMさんがまだ新人だった頃の話だ。
通報を受け、先輩らと共に事故現場に駆け付けると、道路上に一台の車が横転しており、運転手と思われる男性が一人、車外に投げ出されていた。
他に事故車両や怪我人はない。現場の状況から、どうやら単独事故のようだった。事故を起こした男性はまだ若く、二十代前半といった印象である。
すでに意識はなく、出血も酷く、とても助かるとは思えなかった。
それでも救命措置を施していると、Mさんのすぐ隣に誰かが立って、それを覗き込んでいるのに気付いた。
野次馬かと思い、注意しようと振り向くと、今まさに事故を起こして救命措置を受けている男性と、まったく瓜二つの顔がそこにあった。
不思議そうな表情で、意識もなく横たわる男性の姿をじいっ・・・・と見つめている。
咄嗟に「見てはいけない!」と思い、Mさんは自分の仕事にだけ集中した。男性を搬送する頃には、Mさんの隣に立って覗き込んでいた人物はどこかへ消えていた。
病院に運ばれたものの、事故を起こした男性は結局助からなかった。
Mさんが仕事を終え、更衣室でベテランの先輩に自分が見たものを話そうとすると、その先輩は「言わなくていい」とMさんを制した。
「お前が何を見たのか言わなくても分かる。でもこの仕事をしていると、ときどきそんな事があるんだ。いちいち気にしてたらキリがないぞ」
と、Mさんは先輩に諭されたそうだ。
(了)
覗き込む顔 月浦影ノ介 @tukinokage
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