第42話 エピローグ

 赤橙あかだいだいの光が滲む夕暮れ時。


 乗用車が行き交う隣の歩道を二人の女子高生が並んで歩いている。 

「ひゃー楽しかった、盛り上がったね天奈」

「ふふ、うん久しぶりの学校だったから、また皆で集まれて本当に良かった」

 長い袖の可愛らしいブレザー、茶髪をアップヘアに結んだ少女は朗らか笑い、上着とスカートの合間から尻尾を振る銀狐の少女は微笑を浮かべる。


 佐久野天奈と屋十森潤子、その両名であった。


 あの日……結界が破壊された日から三週間後の今日、天奈達が通う高校の封鎖が解け登校日を迎えることが出来た。

 久しぶりの学校、生徒達は授業どころでは無く友との再会に終始喜び喝采を上げた。


 天奈達も例に漏れず委員長やクラスメイト達と会話に花を咲かせ、放課後も近くの飲食店で駄弁り続け、別れた時には日暮れ前。


「じゃあ天奈、また明日ー!」

「また明日潤子、七時半にここね」

 お互いの家に繋がる青い自販機が目印の十字路、手を振り二人は分かれた。


(結界が無くなってから街も皆も、日常を取り戻し始めてる)

 ゆっくりと帰路につく間、天奈はここ三週間の日々に思いをはせていた。

(あっという間な三週間だったな、忙しすぎて落ち着いたのはつい最近だけれど……)

 矢染市が解放された後でも人々が往来に姿を出すには時間が掛かった。街が安全になったと判断できる筈も無く、また衰弱の影響で動けない人も大勢いた。 


 人民の救助、隣人との協力、情報の共有、衣食住の循環、そして街の復興。


 慌ただしく進む秒針の中、天奈も奔走し続けた。

 声を上げ協力を求める……思えば三週間余りで学校が再開したのは、奇跡ともいえるスピードだった。


(まだまだ沢山の問題は残ってるけれど、矢染市は以前の平和を少しずつ取り戻してる)

 一瞥すると反対の歩道を三人の親子が通り過ぎる、小さな女の子は両親と手をしっかりと繋ぎ笑顔を咲かせている。

 

 ささやかで掛け替えのない日常が寄り添っている事を実感しながら、天奈は夕焼けの浮雲をぼんやりと見つめる。

「黒音は、今どうしてるかな?」

 いつの間にか歩みは止まり、無意識のうちに小さく彼の名を読んでいた。


 市民会館での大決戦から三日後の夜、黒音はホタルを連れ市内から出て行った。


「チョびっと街の外に出て来るネー、今回の異変の事後処理が山程あるから国に押し付けてきます♪ 後、にも連絡しないと」

 外から来た救援が広がり始めた事を確認して、夕食後に突然言い放つ。

「ダイジョーブ、諸々片付けたらまたここに戻って来るヨ……今度こそ約束を守らせて、ネ」

 そして玄関前で黒音と天奈は再び指切りして約束する、天奈の顔から不安が消えたことを確認して、黒音とホタルは夜闇の空へ消えて行った。


 ……あの時の事を思い出し天奈は右手小指に視線を這わせる。

 こうして再び離れ離れになってしまったが、七年前と違い彼女の心中に悲観の色は浮かんでおらず、確かな信頼が形造る。

 くすりと笑い天奈は歩き出した、自宅近くの公園に差し掛かりその前をはつらつと進む。


(きっと黒音とはまた会える、今はそう確かに信じられる)

 黒音と再会したあの数日間の出来事は恐ろしく悍ましく、凄烈な悪夢その物だった。

 しかしその悪夢をほふる黒音を見続け、天奈自身も変わり知ることが出来た。


 諦めない事、抗う事、そして信じ続ける事の尊さと強さを。


(もう別れに泣きじゃくるだけの私じゃ駄目、この街にしっかり足を付けて未来を信じて生きていく)

 そして彼の帰りを待ち、再び出会えたとき笑顔で迎えよう。

 決意と言うほど大層なものでは無いが、交わした約束を胸にして天奈は無人の公園前を通り過ぎた。


「~~♪ ~~~~♫♫」


 通り過ぎた背後から愛しき鼻歌が聞こえた、子守唄に似た心を蕩けさせる甘い音。

 ひゅっ、と天奈は息を飲むが、すぐに穏やかな表情を浮かべ鼻歌の方へと振り向いた。

「~♬ ……久しぶりの学校どうだった?」


 公園の入り口、逆U字の柵に座り金色の瞳で天奈を見つめるのは、住宅街の風景に溶け込まないアンバランスな彼。

 夕日に照らされ猛火の如く煌めく真っ赤な長髪が、黒いゴシックドレスの生地と重なり夢幻の色彩で魅了しながら立ち上がる。

 

「うん皆と会えて嬉しかった、学校ってやっぱり良いなって再確認できたよ」

「ウィ良きカナ良きカナ、こっちもやーっと後片付けが済んだところ、穏やかなこの街も新鮮で悪くない」

「平和ってこんなに大切だったんだね、私はこの穏やかな矢染市が……大好き」 

 対面する二人の間には緊張も壁も存在しない、傍に居るのが当たり前の親しみが空気を優しくする。


 上空で飛び舞う緑の右羽を持つ一羽のカラスが街灯に着地。

 人の気配が感じられない、暮れなずむ出迎えの時間。


 互いに二歩、距離を近づけ合う。

 時期尚早な赤とんぼが一筋、どこからか現れ真横を通り過ぎた。


「ただいま、天奈」

「おかえり、黒音」


 間もなく日が沈むみやびな夜の幕開け、可惜夜あたらよが優しく人々を見守り始める頃合い。

 

 赤髪の死神と銀狐の少女は今度こそ約束を果たし、麗らかに笑いあった。



                                  <終演>

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あたらよ空にゴシック詠え 山駆ける猫 @yamaneko999

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