第10話 誰かの叫び
「いきなり何言ってるんだお前」
「あなたが知らないことよ。あいつらが私たち勇者を召喚し続けたのは魔王の侵略時に減った国の人員の補充が目的だった。あいつらは止められなかったんじゃない、止めなかったのよ!」
あまりに突拍子もないことで幸村は何の反応もできない。
「そんな理不尽な理由で連れてこられて...帰る方法があるかもしれないなら帰りたいって思って何が悪いのよ!」
「...は?ほ、補充?」
まだ思考が追い付かない。
そこに光里が言葉を投げかけてくる。
「もう一回聞くけど、あなた帰りたいと思ったことはないの?」
「...ないことはないが」
「そう、諦めたのね」
歯切れ悪く答える幸村に対し光里は同情と蔑みを混ぜたような視線を送る。
「でも私は諦めてないのよ!向こうでの日常を簡単に手放すなんて無理に決まってるでしょ!向こうには家族だっている。私がこっちに連れてこられた次の日は友達と遊びに行く約束だってしてた。それを一瞬で奪われて......こんな世界滅んで当然でしょう?」
光里の迫力に幸村はただただ気圧された。
それに光里の言う通りだった。連れてこられた時こそ混乱したが、強く帰りたいとは思わず諦めていたのだ。
ただ、今は諦めて引き下がることはできない。自分も勇者である以上、光里が冷静さを失いかけているうちにできるだけ情報を引き出し、今何が起こっているのか知る必要がある。
「肝心の帰る方法ってどんなものなんだよ」
「それがわかってたらとっくに帰ってるわよ。それを王宮の奴らから聞き出すために反逆を起こしたんだから。でも――」
光里が語った話を整理すると、王都を襲った際すでに国王は捕らえることが出来ているが国王自身は召喚の魔法の仕組みについてまったく知識がなかったらしい。だから今は王宮の魔法部隊顧問でもあった宰相の捜索、及び各地に逃げた大臣たちの始末と大陸の蹂躙を行っているとのことだった。
「お前の言い分は分かった。王政を恨む気持ちも分からなくもない。でもだからって大陸すべてを襲うのは理解できないな。この村の人たちはただ平和に暮らしてただけだろ。俺たち勇者の召喚なんかには関わってないんじゃないのか」
「ただ平和に暮らしてたからよ。私たちの召喚に何の疑問も持たずに野放しにしてね。知らなかったなんて通用しない、無知って言うのは罪なのよ」
まるでテロだ。
仮に無知が罪だとしても納得いかない。平和に暮らして何が悪いんだ。
光里たちのしていることは知らないだけの人に対する罰にしては重過ぎるんじゃないかと思ってしまう。
日も高くなってきて窓から差し込む光が一層強くなってきている。
話の内容と比例するように部屋が明るくなっていく。
光に照らされた光里の顔に曇りはなく、なにより必死だった。
光里には自分の顔はどう見えているのだろか。影になってあまりよく見えてないのかもしれない、見えていたとしてもきっと混乱でひどい顔になっているだろう。
しかし物事のほとんどはこの部屋のようにくっきり明暗など付けられはしない。誰かの得と誰かの損がごちゃ混ぜになっていて全員が幸せになる方法などないのかもしれない。
いつもなら、特に向こうにいた時にはこんなに考えずどうでもいいと他人事で終わっていただろう。
でもこの村に来ていろんな物の見方が変わっていった。
だからこの村が潰されるようなことは何があっても阻止したい。かといって目の前の勇者にすべてを諦めろということが正解だとも思わない。
もう世界が動いてしまっている以上全員が幸せになるには手遅れかもしれない。
が、全員が不幸にならない方法ならあるのかもしれない。
少なくとも全員が不幸になることは避けなければならない。
不思議と使命感が湧き上がってくる。
顔を挙げろと耳元で囁かれている気がした。
前に進めと背中を押された感じがした。
(そうだ、この世界では俺は勇者なんだよな)
“世界を救え”
誰かの叫びが胸に響いてきた――
飽和勇者~なぜ勇者の敵は勇者になったのか~ 森たもり @tamosan
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