切れないミサンガ


ミサンガを切ろうと思った。ミサンガが憎くて憎くて仕方ない。


《相手を幸せにできますように》


何が願い事だ。端から神様なんていない。あてにしたおれが悪かったんだ。

しかし、おれはミサンガをきれなかった。本当に願いが叶わなくなりそうで。。おかしな話だ。信じたくないのにどこか心の中で信じきっているおれがいる。もし、本当にミサンガに神秘的な何かが存在し願い事が叶うのならなぜ切れていないのだろう。おれが付き合って相手が幸せならその時点で切れていた。仮にそうでなければ別れた今切れるべきだろう。なのに何で少し紐が切れているもののしっかりと繋がっているのか。考えても仕方がない。そんな事は分かりきっているのにどうしても気になってしまう。まるで呪いのアイテムを装備しているかのようだ。その呪いのアイテムのせいでいつもは美味しく感じられる食事も面倒に変わり食欲さえも失せてしまった。恋は病気だなんてよく言ったものだ。治療法が欲しい。


おれはこんなことを考えてばかりでは鬱になってしまう。そう悟った。心の中で彼女のことを忘れると誓った。そして家に置いてあった彼女の好きなアニメのグッズ。自分でも使えるのだがどうしてもそれを見るたび頭に彼女との短く長い思い出がよぎる。とりあえず家には置いておきたくない。せめてこれは彼女にあげて全て終わりにしよう。

おれは既読のつかないLINEに


[前買ったメイトのやついつかわたす]


別に彼女に送ったつもりではない。自分の意思表示みたいなものだ。


それから彼女とは一切話さなかった。なんなら目を合わせることすら出来なかった。生徒会室で会う度めを合わせる直前で彼女だと認識しておれは目を逸らしてしまう。こんな調子じゃいつまでたっても渡せやしないか。思えばレベルの高い事をしようとしていた。こんな事をするならLINEで告白なんて真似はしない。そんな生徒会で毎日会うのに目も合わせず変に意識して近くに来ると避けてしまうテンプレート化した日は早く進みジメジメとした6月、生徒会主体で行われる文化祭が近づいてきた。


毎日おれは彼女のことを忘れるため勉強に精を出していた。普段しっかりとしていないことをしているととても辛いものがある。日に日に体力が削られ限界が見えてきた。いつも夜勉強をしていると気づけば寝ている。そして朝は起きれば家を出る時間。食欲が湧かず食事もろくに取れていない。そんな慌ただしい毎日におれは家族とのコミュニケーションも取れていなかった。そろそろ休みたい。だが休んでしまうと生きている意味を分からなくなりそうで怖かった。そんな限界に近い生活を続けていた文化祭リハーサルの時だった。今日も雨。

休んでも死ぬ。休まなくても死んでしまう。そう思いながら機材を運んでいた時、俺の様子のおかしさに声を掛けてくれたのは現保健委員会の女の先輩だった。

うちの生徒会は文化祭を終えるとともに世代交代する。そしてまだ文化祭前の俺は仕事を学びながら手伝っていたのだ。

その優しい先輩に俺は機材を運び終えた後、全てを打ち明けた。正直泣きそうだった。今までの悲しみを口に出してみると意外にも自分の背負っていたものの大きさに気づく。その悲しみを一緒に背負ってくれた先輩のおかげでだいぶ軽くなった。本当に感謝している。だが、驚きの言葉を浴びせられた。


「やっぱり君もその悩みなんか。もう一度付き合えばいいのに…」


君も。

続けて先輩は話してくれた。話によると彼女も先輩に相談していたらしい。その内容と言うのがあまりにもショックだった。

彼女は泣きながら相談したらしい。どうすれば俺に謝れるか、と。どうやら別れたことを後悔していたらしい。一時の感情で行動してしまった自分が許せないし、何より俺に友達ですらいてもらえなくなっていたことを心の底から悔やんでいたのだと言う。

俺は目が覚めた。今まで勝手に妄想を膨らまし、勝手に傷ついて相手までもを傷つけてしまっていた。そんな自分を許せようか。俺には彼女の泣いた表情が想像できない。知らぬ間に俺の頬を伝って涙がシャワーのように零れ落ちていた。


「あって話してきます。ありがとうございました。」


俺は溢れる涙を拭い。1人で仕事をして生徒会室にいるであろう彼女の元に走った。近づくにつれてだんだんと足が重くなってくる。今会って何が伝えられるだろうか。ごめんなさいの謝罪の言葉か?いきなり会ってごめんなさいと言われても相手は困る。じゃあ何を言えばいいんだ。そんな気持ちに反して足は止まらない。彼女の元へと心も飛んでいく。ついてこないのは気持ちだけ。

そうして知らぬ間に戸の閉まった生徒会室の前に立っていた。硬く拳を握りしめる。頭によぎる葛藤を抑え閉まった戸に手を当てたその時だった。


後ろに黙って立っている彼女が居る。ただ居るだけではない。俺のカッターの裾を強く握っている。いつの間にいたんだ?気付かなかった。

しばらく沈黙が続いた俺は振り返る事が出来なかった。伝えたい事があり過ぎて先ずは何から伝えるべきなのかわからないでいた。だが今、思いを言葉にしないでいつするのか。

俺は裾を握る彼女の手を手に取り振り返って片膝を地面につけた。


「俺と本気で付き合ってください!」


初めて彼女の目を見て本当の言葉を言えた気がした。彼女の目には涙が見える。俺はその涙が溢れないよう言葉を続けた。


「俺はまだちゃんとした告白をしていない。だから!まだ付き合ってすらない!ここから始めさせてくれ!」


最低なことを言っている気がする。だがこれが俺の本心だ。

返事が返ってこない。相手の目にはもう涙が溢れかえっていた。これ以上俺が喋ってきしまうと俺は声を出して泣いてしまう。高ぶる感情を必死に抑えた。短い期間だが見てきた彼女の表情。こんな顔は見た事がない。そしてついに彼女の口が開く。


「…っす、は…私もLINEで言っただけだから別れてないよね、、、」


細く力のないノイズの混じる声は確かに聞こえた。俺は溜まる涙が溢れないようゆっくり頷く。


「私もっ…貴方が、、、好きです」


俺はその返事を聞いて彼女に飛びついた。そして彼女がなくなってしまうくらい抱きついた。今までの悲しみが全て消えていった。それは誰かが背負うわけではなく跡形も残さずに。その悲しみが出て行くとともに涙が溢れでた。


「ごめん…ね」


「いいけど、、、苦しい」


笑いと涙が混じった声で訴えたその声に慌てて手を外す。だが彼女の手は握っていた。彼女がまた何処かに行ってしまいそうで。


それから落ち着いて話をした。勿論先輩には事情も話した。少しの間なら代わりをしてくれると言ってくれた。本当に情のある先輩だ。

そして今回の件を俺は結論付けた。


「これから大事なことはちゃんと目を見て言おうな。」


問題は文字で気持ちが全て伝わると思っていたことだ。俺だって告白はLINEでなんかでしてしまった。相手がどう受け取るか以前に直接されたいものでもある。そして彼女もまた文字で別れを告げた。受け取る側からしたら被害妄想を膨らませてしまう。

こうしてお互いはまたいつものように、いや、いつも以上に話すようになった。しっかり目を見て。このお互いの幸せがいつまでも続きますように。


大事な事は口に出そう。せっかく人間には表情というものがある。使わずして感情を伝えようなんて横着しすぎだ。ちゃんと目を口を頬を体、あらゆる人間の気持ちを伝える手段を使おうではないか。文字はそのアシストに過ぎない。


え?のミサンガはどうなったかって?


俺のミサンガはその後すぐに切れたんじゃないかな。

だけど、おれのミサンガは未だに綻ぶ様子も千切れていく様子も見せてくれない。理由は分かりきっている。ろくに気持ちを言葉にせず未だに想いを、たらればの妄想をまた文字に綴って逃げているだけだからだ。

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ミサンガ Lalapai @Lalapai

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