綻び


気付いたらおれは虜になっていた。なぜあの人の魅力に気づかなかったのだろうか。

新しい高校生活はあっという間で気付けば新学年が始まる直前まで来ていた。おれは部活にストレスを感じ、途中で辞めた。まあただ辞めても内申点とやらに影響が出てしまう。それは避けたいと生徒会に入るか否かを悩んでいた頃だった。


放課後。帰りの用意をしていた時だった。隣で聞こえるのは聞き覚えのある心地よい歌声と歌詞。

この歌は…

思わず口ずさんでしまった。なかなかにマニヤックなおれのお気に入りの歌を家以外で聞けると思わなかった。ふと、歌声を辿ると隣の席に座っていた同じクラスの女子。今までおれはその人とは中学校も同じだったのだが同じクラスにならなかったせいでほとんど接点を持たなかった。綺麗な顔立ちをしており気品のある雰囲気だ。そんな彼女がなぜそんな歌を知っているのか気になった。

その彼女の人柄を近しい人に尋ねてみた。そして驚いたことに俺と同じオタクだった。そこからかいつしか気になっていた。

それから出来る限り悟られない程度に話をしたりLINEを交換したりとそれなりに短い時間で仲良くなった。久し振りに恋しているような気もしたが中学生までのドキドキ感とは少し違った。

それから日は経ち、思い切ってLINEで2人っきりのカラオケに誘ってみた。返事はOKだった。その返信を見ると嬉しくてスマホを思わず投げ出してしまいそうだった。気づけばそれほど興味を持っていた。

また日は経ち、カラオケ当日になった。天気は曇り日は見えずとも雨の予報ではなかった。とりあえず安心した。あとはうまくエスコートするだけだ。集合場所には十分前に着いた。彼女も思ったより早くに来てくれた。その姿は普段の制服とは想像のつかない私服のギャップといつもくくっていた髪も下ろしていた。特別な彼女の姿を見れている気がしておれは優越感に浸る。

その後は楽しく歌った。やはり彼女はオタクが盛り上がることの出来る歌を歌ってくれた。普段の男友達で行くカラオケで歌っても理解してくれない曲も彼女は理解してくれた。そして楽しそうな顔が脳裏に焼きつく。その時、脳が悲鳴をあげていた。早く手に入れたいと。だが口は思うように言葉を告げてくれない。やっと言葉を発したと思えばただ話を盛り上げるだけで告白ムードが消えていき一向にチャンスが見えてこない。結果は口にできずに解散してしまった。

そしておれはLINEで告白する事にした。直接伝えたい気持ちはやまやまだが、あの時言っていればどんな顔をしたのだろう。相手の表情が怖かった。おれにはそれを乗り越える勇気がなかった。気づけば文字は綴られ送信した。


[貴方様のことが好きです。本当は直接伝えようと思ったのですが勇気が出なくてですね…(笑)

よければ、私めとお付き合いしていただけないでせうか?]


いつものLINEの口調で綴った。変にかしこまるよりも、もし相手が拒否する時断りやすそうな軽さを醸し出した文章だ。

送ってからはずっと右手にはスマホが。真っ黒な画面に変化がないにもかかわらず何度も見てしまう。そして光った時、瞬時に画面をみた。返事は…


[よろしい。これからよろしくお願いしますね(笑)]


おれはなんども読み直した。これほど一文字一文字丁寧に読み返した事は生まれて初めてだ。


それからの生活は楽しかった。心にサポーターが付いているようで何も怖くなかった。どんなに辛いことがあっても頑張れた。

一緒に遊びにも行った。ご飯にも食べに行った。そんな楽しい時間はあっという間に経ち気づけば2年生になっていた。


「なんの委員会にするの?」


「んー楽なのがいいな(笑)」


おれと同じく部活に入っていない彼女は偶然にも生徒会に入ろうとしていた。生徒会には色んな委員会がある。そんな中、おれは出来れば彼女と一緒に仕事をしたいと思っていた。そんな妄想は何十回としたか。噂によると風紀委員の仕事が楽らしい。そして2人で風紀委員になろうと軽く約束した。


委員会役員決め当日。一つの教室に集められた立候補した生徒たち。予想以上に人数が多かった。例年なら2年生と1年生でちょうどぴったりか足りないといった人数なのに2年生だけで十分な数が揃っていた。異例の人数に1年生は補佐という形で仕事を回す事になった。

そして、もう一つ衝撃を受けた。他の委員会は委員長、副委員長という形をとっているにもかかわらず風紀委員会は委員長の枠しかなかった。おれには1人で仕事ができる能力はあいにく持ち合わせていない。残念だが彼女とは同じ委員会は難しい。

こうしてなんだかんだで委員会決めが始まる。おれは保健委員会に入る事にした。これも仕事が楽らしい。おれはその委員会名が呼ばれるのを待った。


「じゃあ次、風紀委員会」


先に呼ばれたのは風紀委員会だった。彼女1人が手を挙げていた。少し悪い気になった。謝りたかったが話すことができるような席ではなかった。

こうしておれは結局、保健委員会副委員長を務める事になった。

そこからは慌ただしい生活だった。生徒会の仕事をしたり、もう時期ある中間テストの勉強だったりと。ふと思えばあまり彼女に連絡はたまにとってはいるものの直接話す事は無くなっていた。でも、おれは今忙しい。用事が済んだら死ぬくらい話そう。前、アニメイトで買った彼女が好きなアニメのグッズをプレゼントしよう。そう思った。


だがその日は突然訪れた。おれがずっと見ないといけないと思っていたアニメを1話から鑑賞しながら課題をせっせと進めていた昼下がりの時だった。


ピコンという音がおれの部屋全体に高く響いた。何か嫌な予感はした。かなり大きな音で流していたアニメの音をかき消しているかのように聞こえた。おれは恐る恐る光った画面を見た。その瞬間、体に熱が走る。何も考えることができなかった。映し出された文字にはこう書かれていた。


[急になんやけど、最近考え方とか違うかったり、話してて楽しいけど友達と喋ってる感じがする。ごめんけど別れて欲しい。]


何の言葉も涙も出なかった。ただ感じられたのはおれの心の中の何かがすっぽりと空いてしまった感覚だけだ。盛り上がるアニメの音もその時は全く聞こえてこなかった。おれはそのあと彼女の言葉に承諾の返信と、まだ好きだということを伝えた。そこから返信は来なくたさなった。

この日、おれはあの人の事しか考えれなくなった。別れて悲しい。今までにない悲しみの大きさだ。なのに涙が出ない。何故だ。風呂に入りシャワー浴びながら自問自答を繰り返す。


おれはなぜ涙が出ない。


歳をとって感情のコントロールができるようになったからか?


違う。この前アニメで自然と泣けた。



事が急だったからか?


違う。時間なんて関係ない。



なら、、、


彼女を本気で愛していなかったからか?


違う。本気で愛していた!



何で泣けないんだ!おれはこんなにも彼女を愛しているというのに!



おれは必死に心の中で叫んだ。悲しみ、苦しみ、怒りが体中を高速で乱れ舞う。だがやはり涙が出てこない。そんなおれに嫌気がさしてきた。

おれは頭から被るシャワーの水を涙に見立て泣いた。頭がぼーっとする。そして目の前に見えたのは切れかかっているがまだしっかりと繋がった右足首につけたミサンガだった。

相手を幸せにできていないって言いてえのか…くそっ!

ミサンガまでもがおれを嘲笑う。もうだめだ。現実から逃げようとまたLINEを見るが案の定変わっていない。次第にこう読み取れた。


[私のタイプじゃない。私の前から消えて]


そう見えて仕方がない。


おれは色々考えているうちにそれから体調を崩した。


もういい。恋はしない。


おれはそう誓った。

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