無縁仏

月浦影ノ介

無縁仏



 最初に断っておくが実話である。なので余計な推論は排してただ事実のみを書いて行く。


 もう二十年ほど前のことだ。私の母方の本家の跡取りが急死した。

 ややこしいが母の父親の兄の息子になるので、係塁としては従兄伯父いとこおじに当たる。

 仕事の出張先で突然倒れ、そのまま還らぬ人となった。死因は急性心不全。まだ四十前半の若さだった。

 従兄伯父の両親である大伯父と大伯母はすでに他界している。元気だった頃は実質的に本家を取り仕切っていた曾祖母は、数年前からほぼ寝たきり状態で介護施設のお世話になっていた。

 あとに遺されたのは従兄伯父の妻と三人の幼い娘である。末娘はまだ四歳で、父親の死を理解できていないらしく、葬儀の席で参列者にニコニコと笑いかける姿がなおさら不憫であった。


 母方の本家には昔から不吉ないわれがあった。跡取りの男は若死にする、というのがそれである。

 従兄伯父の父である大伯父は五十手前で死んだ。その父親の曾祖父もやはり四十代で死んでいる。

 それがいつ頃から始まったのか知らないが、代々遡って行くと五十を越えて長生きした者はほとんどいないという話である。


 こうなると何かが祟っているのではないか、と思いたくなるのが人情というものだ。


 当時、横浜に母の兄、(私にとっては伯父だが)が住んでいた。若い頃から苦労して自分の会社を興して成功し、その町の名士にまで数えられるようになった人物だが、その伯父が懇意にしているなかに一人の霊能者がいた。

 七十近い高齢の婦人で、地元では知られた存在だという。

 伯父は知人の紹介でこの霊能者の婦人と知り合い、ときどき事業のことや家庭の問題などを相談していた。ただし婦人は謝礼としての金銭などは一切受け取らなかったという。


 心配した伯父が、その霊能者に本家のことを相談してみると、彼女はこんなことを話したそうである。

 曰く「本家の向かい側の山の麓に無縁仏の墓がある。どうやらそれが障っているようなので、その無縁仏を探してきちんと供養しなさい」とのこと。

 それを聞いた本家のお嫁さんや親類たちは皆一様に首を傾げた。そんな無縁仏の存在など誰も聞いたことがない。無論、横浜に住む伯父も私の母も同様である。


 母方の本家は辺鄙へんぴな田舎にあり、目の前には一本の県道を挟んで確かに山がある。ともかく親類にも手伝って貰って、その無縁仏とやらを探してみることにした。


 すると本当にあったのである。無縁仏の墓が。

 丈高く繁った草木に隠れてほとんど自然石と見間違うばかりに風化していたが、確かに人の手でそこに作られたらしい小さな墓石がぽつりと一つ。すっかり摩滅して読めないが、その表面には文字らしきものが刻まれており、おそらくは明治よりもずっと以前のものと思われた。


 この地で行き倒れたか、それとも何か別の仔細があったのか。

 そもそもこの無縁仏と本家の間にどのような因縁があり、それがいかなる理由で障るようになったのか、まるで何も分からなかった。

 いずれにせよ、かつてここに葬られた者がいたことだけは確かである。

 墓の周囲の草木を綺麗に刈り取って花や水、食べ物などを供え、その横に小さなお地蔵様を置き、それからお坊さんに頼んでねんごろにお経を上げて貰った。


 その後、本家のお嫁さんは再婚もせず、三人の娘を立派に育て上げ、末娘は先ごろ嫁に行った。上の娘二人は今も実家で母親と一緒に暮らしている。

 本家にはもう男の跡取りはいないが、しかしこの無縁仏は今も彼女たちによって供養が続けられている。


 件の霊能者が言うように、この無縁仏が本当に本家に障っていたのか分からないし、その因果関係も証明できない。

 だが不思議なのは、この地を一度も訪れたことがなく縁も由もない横浜の一人の婦人が、無縁仏の存在をピタリと言い当てたことであった。仮にそこに何らかのカラクリがあったとしても、その手口は私にはまるで見当も付かない。


 その当時、私は霊の存在や祟り、ましてや霊能者などに対して、今よりもずっと懐疑的であった。いや、むしろまったく信じていなかったと言って良い。

 その私にとってこの出来事は、最も身近で起きた不思議として今も強く印象に残っており、一つの記録としてここに書き留めるものである。


                 (了)

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