傘が、ない
澤田慎梧
傘が、ない
とある雨の日。
コンビニで買い物を済ませ外に出た僕は、傘立てへ手を伸ばし――自分の傘が消えていることに気づいた。
あまり一般的なデザインの傘じゃないので、取り違えられた可能性は低い。……やれやれ、どうやら傘泥棒がいたらしい。
僕がコンビニにいたのは、ほんの数分。その間に、傘を盗まれたことになる。中々の早業だ。
空を見上げると、雨はまだ強く降り続けていた。とてもじゃないけど、傘無しで帰るのは辛い。
けれども僕に焦りはない。実は、カバンの中に予備の折り畳み傘が入っているし……何より、盗られた傘には『盗難防止機能』が付いているのだ。
――え? 「見事に盗まれてるじゃないか」だって?
いやいや。『盗難防止機能』の出番はこれからなんだ。細工は流々、仕上げを御覧じろ……。
カバンからスマホを取り出し、とあるアプリを起動する。すると、画面に周辺の地図と点滅する傘マークが表示された。
点滅する傘マークは、先程盗まれた傘の現在位置を示している。内蔵されたGPSから、きちんとデータが送られている証拠だった。
……ふむ、もうコンビニから結構離れた場所まで逃げられているらしい。この速さ……自転車かもしれない。
傘泥棒だけじゃなく、道交法違反とは恐れ入る。
このままじゃ逃げられるな。よし、じゃあ次の手段だ。
アプリを操作し、「警報」というボタンを押す。すると……ややあって、傘泥棒が逃げた方角からけたたましい電子音が響き渡った。
傘に仕込んであったスピーカーから、警告音が鳴り響いているのだ。騒音レベルは「工事現場レベル」。普通の神経なら、傘を放り投げて逃げるくらいのはずだけど……なんと、しぶとい。犯人はまだ、傘を持って逃げ続けているらしい。
仕方ない。これだけは使いたくなかったんだけど……。
遠ざかる警告音を尻目に、僕はアプリを操作し「雷マーク」のボタンを呼び出すと、それを迷いなくタップした。
そのまま、犯人がいるはずの方へ悠々と歩き出す……と、ややあって、向かう先から「ギャッ!?」という男の悲鳴が聞こえてきた。
……どうやら、犯人は最後まで盗んだ傘を手放さなかったらしい。
傘に仕込んであった最後の機能は「電撃」。まず警告メッセージが流れ、それでも傘を手放さないと、数秒後に弱めのスタンガンに匹敵する電気ショックが発生する、というものだ。
……一応、生命の危険はないレベルに設定しておいたけど、自転車に乗ってたみたいだからなぁ。転んで死んでないといいけど。
(了)
傘が、ない 澤田慎梧 @sumigoro
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