立直り
あれから約三箇月。4護群は、落伍した「ちょうかい」を補填する形で護衛艦「さわぎり」を迎えた。今、北朝鮮の脅威も増す中、中国の海洋進出が浮き彫りとなりDDGの数が足りていない。
「ちょうかい」は、破孔部の修理が難航しており、SPYも米国からの納入がいつになるか分らないそうだ。でも何より、本来華やかに飾られて然るべき帰国行事を、左様に出来なかった事は悔やまれる。乗員が目にクマを浮かばせ、遺影を両手で確り持ちながら舷梯を降りる様子は言葉に替えられなかった。その中には、岸壁に足を付けた時、突然足を止めたかと思うと足から崩れ落ち泣き喚いた者がいた。帰国行事は礼装で行われるが、殆どの隊員はこれにシワを付けたり汚したりする動作を嫌う。汚さない様にする考慮すら及ばぬ程、殉職者に思いを馳せているのだろうと、同業者にはそう見えた。そう見えたから、俺は今もその映像が忘れられない。俺は、「海自の海上航空戦力の維持と海自の威厳」を優先して、ちょうかいに全てをなすり付けて離脱した。間違った事ではない。寧ろ、近接戦においてDDHは足手まといになる。しかし、まさかこれで死者が出るなんて思いも依らなかった。自衛隊に戦死者が出るなんて頭は、存在しなかった。
俺は、戦争を見た気がした。大東亜戦争で、陣形を組み航行する中、突然僚艦が爆発炎上し白煙で隠れ、その煙が払われたかと思うと既に助からないと一目で分る程傾斜した姿が現れる、なんて本で読んだ事がある。その本では、救出された任務部隊の司令官が足を震わせ威厳なんてものは失せてしまっていたとは記載されていたが、それを見た著者の気持ちは載っていなかった。悲しい事に、言われずとももう分ってしまった。
正直、誰かが死んだなんて信じられない。ただ、「大変だ」という事だけは分る。まさか、こんな簡単な気持ちで抑えられるとは思いもよらなかった。だから、著者は自分の気持ちを記さなかったのだろう。こんなの、知りたくなかった。
「亡くなったのは、海上自衛官の――」
艦長室のテレビは、普段NHKに設定していた。武力衝突から
俺の知人は居なかったが、海上自衛隊の世間は狭いもので、二、三隻に一隻位には知合いが乗っている。誇張ではない。実際そうだ。歳もとれば、一隻に一人いる。精神が弱い俺は、知人が戦死しても続けられるのか。
「やっほー……今、大丈夫だった?」
艦長室の入口から円城寺が顔を覗かせていた。どうやら俺は、気を使わせる程、眉間に皺を寄せていたらしい。
俺は、円城寺の為に、続けなくてはならない。
「大丈夫だ。どうした?」
「観艦式の件で、ね」
円城寺の話を聞こうとするが、俺の意識はテレビの方に向いてしまった。やってしまったと思い、円城寺に目を戻すが目は合わなかった。円城寺も同様に、テレビを見ていた。
「『ちょうかい』航海長、船橋
「私達……」
突拍子も無く、静かに円城寺が言葉を零す。
「一体、何の為に戦ったのかな」
その言葉は、一瞬で脳の隅々まで行渡った。
「国民を守る為」
自分の自衛隊に入った動機の一つがぱっと出てくるが、これは言い聞かせているだけだ。ここが地球ならまだしも、全く知らない、地球と同じ空間に存在するのかも怪しい世界での戦闘だ。殆ど、関係があるとは思えない。
認めたくはないが、一番分り易い答えがある。
「自分
先手必勝という言葉がある。これは、結構真理を突いている。
呼掛けに応じない時点で攻撃すべきだった。
そも、不審船に近付かなければ良かった。
あれは、艦を守るためには必要だった。
言い訳は幾らでも出て来る。間違った事はしていない筈なのに。
「自分等が死なない事で、海自の戦力を保持したんだ」
「そうだね。こうすれば良かった〜って言うのは、
その通りだ。自傷癖から自分を傷付けるだけならまだしも、このままでは、彼等を
※
「それで本題だけど、急で申し訳ないけど観艦式が開かれる運びになったの」
時間は1100を回り、艦長室から出て食堂へ向う途中、円城寺が切出した。
「いつ?」
「二週間も無い。でも安心して。今回は、ビルブァターニが武装勢力を退けた記念の、言わば戦勝パレードみたいなもの。海上自衛隊主催じゃないから」
武装勢力とは、この世界でイツミカ王国と言う国の事だろう。数箇月前、彼等は自衛隊の出現を皮切りに我我の派遣先であるビルブァターニを越境した。そして、自衛隊駐屯地を攻撃した。それは、個別的自衛権を発動するには十分過ぎた。そこからは、現代の武器を使って敵を圧倒。死傷者を出したものの、敵の本隊を撃滅した。
自衛隊の活躍、ビルブァターニへの航空輸送支援。パレードに参加させない方がおかしいだろう。
そしてそれと同時に、この国のトップである帝書記長やその他高官に、自衛隊の戦力及び駐屯艦艇の紹介を目的として観艦式が執り行われるということだ。
「DD一隻残しで参加させる方向なんだけど、大丈夫だよね」
「それは俺じゃなくて幕僚と話す事じゃないのか」
「司令部ではその方向で決まってる」
「じゃあなんで俺に話したんだよ」
「同期の意見を、ね」
最後に円城寺は、不敵に楽しそうに笑った。
食堂に着き手を洗っていると、俺等が入ろうとしていた幹部食堂とは別のもう一方、曹士食堂からトレーを落とす音がした。相当な事がないと、落とす事はない。手を拭きながら見に行くと、食堂にあるテレビの前で崩れている男がいた。
「何でだよ! 生きて帰ったんじゃないのかよ!」
「落ち着けって」
既に、海曹数人にその男は囲まれている。
1514億4000万円を失った自衛隊、派遣支援す ス々月帶爲 @ReRu
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