【別視点】ちょうかいの戦闘2

 艦が揺れた。乗員総員が経験した事の無い、特異な揺れだった。金属のひしゃげる音と轟音。大きなロールに細かな振動。経験した事は無いが、無いからこそ分った。


「探知始め!」

「中部応急班から異常の有無が知らされません。先の爆発は中部で起こったものと判断します」

「了解。現場指揮官所定で、中部に応急班を派出」


 この攻撃が一体どういうものか全く分らなかった。船底から突き上げる衝撃は無かったし、艦内で爆発したというよりか外側で爆発してその力が加わった感じがする。砲弾でも魚雷でもない。凡そ地球の人間には想像の付かない攻撃だった。


「煙突右舷に大破孔。航行に支障無し。傷者発生!」

「対水上戦闘」


 出谷1佐は、応急に注意が向いていた艦内に喝を入れた。然し、EVALやDACは反射で反応する。


「対水上戦闘!」

「以前の目標に対し、砲で効力射を掛けつつ面舵反転、離隔する」

「了解しました。左090度の目標に対し離隔しつつ射撃します。左対水上戦闘! 左090度、同航の目標、主砲攻撃始め!」

「左対水上戦闘! 左090度、同航の目標! 主砲、撃ち方始め!」

「艦橋、最大戦そーく! 面舵一杯!」


 応急や傷者処置を優先するか、戦闘を優先するか、どちらか一つしか選べない。艦の乗員には限りがあるし傷者を処置している時に攻撃を受けてしまったら反応が遅くなってしまうから、同時に2つの事をするのは効率が悪い。

 チャフで撹乱出来ない可能性の高い、既知の攻撃法を使わない敵に対しては、このまま近くにいるより離れた方が良いのは火を見るよりも明らかである。然し、それは必然的に、倒れた中部応急班を見捨てる事になる。艦長たる指揮官は、“命”を“戦力”と見なくてはならない。


「間もなく射界制限に入る。引かない!」

「51番、射界制限!」

「はい。撃ち方控え」


 対水速力を無くした目標に対し、当然本艦は優速となり更に面舵を取るとどうなるか。目標を追尾し、砲を指向していると火気の入った砲口が艦橋に向いてしまう。当然、安全装置が働く訳だが、危険を極限しなければならないから「控え」を令す必要がある。


「51番、射界良し」

「射撃用意良し!」

「EVAL、艦橋。間もなく定針……定針。120度」

「定針! 以前の目標、撃ち方始め! 引き切れ!!」


 砲術長の叫びは、射撃管制装置コンソールに座る海曹に届いた。前に達せられた胸算を無視し、引金から指を離さない。カメラには水柱しか映らなくなり、最早命中しているかすら観測不能だ。


「51番、撃ち終り」


 この弾切れの合図で漸く引金を離した。

 水柱が引いた画面にはもう沈み行くしか無い、船だったものが映る。海面には人の様な影も見える。


「見張り、乗員の離艦を確認するも、黒い人影は以前として視認。こちらを見ているように見える!」


 若干緩みつつあった空気が、再び張詰めた。敵は、沈むしかない船に乗っていながらも抵抗する意志を持っている事に、驚きを隠せない。


「総員、衝撃に備え!」


 どこが攻撃されるか分れば、右左どちらに退避すれば良いか示す事が出来る。然し、分らない。出谷1佐は、これを言うのが精一杯であった。

 マイクが入る前に、艦が衝撃に晒された。木が折れる時の様な破裂音がフレームから聞こえてくる。艦ではあまり無い横揺れは、総員に非常を思い知らしめる。


「各部、人員器材異常無いか?」


 砲雷長は、揺れが収まり切る前に送話口のスイッチを押していた。そして、それに応答する海曹士もいる。

 どんどん異常の有無が集まってくるが、一番肝心と言っても過言ではない箇所からの報告が遅い。流石に痺れを切らして、こちらから呼び掛ける。


「艦橋、EVAL」


 応答はない。頭が真白くなって行く。艦内電話の音や日本語の入り乱れる様が段段遠のいて行き、耳鳴の様な高く不快な音が徐徐に近付いてくる。


「艦橋、EVAL? 感度どうか」


 自分の声が反響していると錯覚する。今、一人になっているかのようだ。


「EVAL。人員器材異常無いか?」


 艦長の声が聞こえるが、返事が出来ない。日本語として受取り、脳内に文章は浮かぶが意識がそれを読み、理解しようとしなかった。今はそれよりも、艦橋の方が気掛りだからだ。


「砲雷長!」


 艦長の怒鳴りで、瞬きを忘れた砲雷長はゆっくりと顔を向けた。


「何があった」

「艦橋の応答が……ありません」

「電測員1名、艦橋に」


 狼狽える暇は無い。艦長は艦橋配置の人間の生死よりも、操艦が可能かどうかが気掛りとなっていた。もう普通の人の感覚や感情は残っていない。


「田村3曹派出しました!」

「了解。EVAL、艦橋の他はどうなんだ」

「SPYレーダー、故障。故障の原因、攻撃による送信器の焼損。使用不能。自艦修理不能。その他、各種レーダーや機器に不調や発煙が出ています」


 考えるまでもない。これは、戦闘不能だ。そしてそれは、相手も同様だ。


「司令に。本艦、攻撃を受け、被害箇所多数。自艦修理不能。戦闘続投不能。基地帰投を優先すべきと考える。以上」


 やりきった。出谷1佐にその言葉がよぎった途端、一気に情報量が大きくなった。無意識に、雑音や関係無い声を遮断していたのだ。高熱を出して、感覚が冴え渡った時の様な感覚だった。




当該戦闘(サーシャン水道武力衝突)では、第4護衛隊かが、ちょうかいがノーム親国を主張する武装勢力に突然攻撃を受けた。

 その結果、かがにおいては、1名が後送の要ありと認められる他、爆発性攻撃の激動による転倒などで4名の傷者(戦力復帰可能)が出た。

 ちょうかいでは、2回に渡る爆発性攻撃により、第2煙突満載喫水線上7メーターに直径2メーターの大破孔、艦橋構造物05甲板以上が壊滅。加えて、第2内火艇及び左舷筏等焼損、FCS-2と1番イルミネーターレーダー及び各種航行用レーダー全損、前部SPYレーダー故障、後部SPYレーダー焼損、第2甲板通路等ではC火災及びA火災が発生したものの、SCBA員の突入が不可能であったため防火1次区画を全焼させ全損した。第1回激動時に中部応急班の4名が死亡、2名が後送の要ありと認められ、最終的には前部、後部応急班においても3名の傷者(戦力復帰不能)が発生した。第2回激動時では艦橋が被害にあい、当時配置についていた航海長以下11名が死亡した。

 かがは、ビルブァターニに入港。ちょうかいは、途中緊急出港したいなずまと会合、曵航され三菱重工業本牧工場に回航する。

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