【別視点】ちょうかいの戦闘1

「――民間船舶に危害が及ぶ可能性がある事から、目標の撃沈を行え。目標の戦闘能力が失われたと判断したならば、直ちに海上救難を優先せよ。……以上です」


 4護隊司令から『ちょうかい』艦長である出谷いでたに1佐に宛てられた、通信の内容の読上げが終り、出谷1佐は背もたれに上半身を預け天井を仰ぎ見た。


「砲雷長」


 そしてその儘、口を開いた。


「配置に付けろ」

「はい。配置に付けます。対水上戦闘用意」


 砲雷長は、出谷1佐の「待て」を待つかの如く、句切りを広く取りつつ令した。


「砲による攻撃で、目標の撃沈を企図きとします。艦長」

「了解」


 アラームが鳴っている最中さなかに於いても、彼等は至って冷静であった。非番直員が配置に付く為、CICの水密扉を勢い良く開けようともそちらに気を取られる事は無い。


「各部、対水上戦闘用意良し。艦内非常閉鎖良し」

「了解。エンゲージ、ガン。主砲揚弾始め。BL、64発」


 砲雷長EVALの号令は、各種伝令が各部へ伝達する。CICが、騒がしくなる。

 暫くして、「揚弾良し」が届けられた。コンソールの引金を引けば、127mmの弾丸が放物線を描き飛んで行く。


「胸算。発射弾数無制限。発射速度最大。基本射法、試射、4連射。本射、4連射。以上」

「左対水上戦闘。280度、同航の目標」

「射撃用意良し。目標間違い無し。射程内確認。GFCS、追尾良好」

「撃ち方始め!」

「撃ち方始め!」


 先ずは四発。和太鼓の重奏を思わせる発砲音が、艦内を伝い行く。発砲に伴う船体の振動は、無機質にも弾が吐出されているのを実感出来る。

 カメラ映像からは、帆船の目の前に水柱が立ったのが確認出来る。その他弾観装置も同様の結果を出している。


「初弾よーい! だんー、ちゃく!」

「近50!」

「主砲、撃ち方控え。高め0.5。」

「高め0.5。調定良し」


 "敵"が見えないからこそ出来る、この冷静さ。コンソールに映る三角形の様なシンボルは、訓練時に映る物と何ら変りは無い。

 人の目では分る筈のない、微妙な修正が瞬時に熟される。次撃てば、当る。海曹士あがりのB幹である砲術長は確信した。だが、撃たない。矢張、怖気付いてしまっている。それは、控えの号令が物語っているし砲術長自身もそれを分っている。

 誰も止めてくれなかった。砲術長は、号令を出すだけだ。怖気付いだとは言え、声迄出せなくなる程ではない。


「以前の目標! 主砲、撃ち方始め」


 再び、等間隔で断続的に船体が震え、遠くの雷鳴かの様な音が骨を震わせる。

 一弾目こそ外れたが、それ以降は帆船に吸い込まれるが如く命中して行く。木片や火花が飛散ったり外れて水柱が上ったりと驚く程、標的艦攻撃と同じ光景で、出谷1佐は変に入った肩の力が抜けた。それもその筈、変る事と言えば人が乗ってるかいないか位だ。海上自衛隊だって陸上自衛隊と同じく、射撃訓練は定期的に行っている。小銃もそうだが、主砲や誘導弾もやっている。砲弾が放たれる間隔、修正を素早く入れる瞬発、発砲電鍵の引き金の重さ。これら全て、射撃管制員や射撃士官にとって割と身近な物だ。

 だからこそ、出谷1佐は恐れていた。自分が、海曹士が、人を殺しても平気でいられるようになってしまうのではないか、と。


「51番、撃ち終り。砲中弾無し」

「撃ち方控え。主砲撃ち終り。砲中弾無し」


 64発全てを打ち切ってしまった。

 射撃の後は、一定の観察を置き必要であれば再度攻撃を実施する。


「A、速力低下。更に傾き始めた。現在、ダウントリム13度、ロール5度」


 艦橋から来たのは、嬉しい報告だった。


「本射撃は、有効と判断。攻撃止めます。艦長」

「おう」

「撃ち方止め。攻撃止め」


 こうした区切では、各部から人員武器の以上の有無が知らされる。人員は勿論、武器も不調無かったようで出谷1佐は静かに肩を撫でおろした。


「用具収めて、1配備に落します。艦長」

「いや、それは待て」


 自分は慎重派であると、出谷1佐は重重承知している。今回も、何か彼に引っ掛かった。何の根拠がない勘ではあるが、彼はそれに従う。


「A、甲板上、乗員が大勢出て来た。人数不明。また、『かが』が攻撃を受けた際に見えたローブを纏った人も視認」


 「かが」が受けた攻撃は、よく分らない。目標が砲を撃った訳でも、魚雷を発射した訳でもない。突如、艦橋構造物が爆発したのだ。そしてその時、上甲板にいた他の乗員とは一風変った格好の一人。

 今、その一人と特徴が合致する者がいる。


「艦橋! 面舵一杯! 反転し、離隔しつつ射撃を行う」


 近距離に目標がいる状態での射撃、反転、離隔という動きは訓練で幾度か行っている。CICに居るもので、艦長の言っている意味が分らない者は居ない。


「主砲揚弾始め」

「3戦速、面舵一杯で反転、120度となりましたら最大戦速とします」


 出谷1佐は、自分で叫んでおきながらもう間に合わない事を悟った。幾ら新鋭艦だとしても、人や機械の反応速度は一瞬とはいかない。回頭にも時間が掛る。


「哨戒長! チャフ!」

「っ! 左、チャフ発射!」


 はっとして呼応した哨戒長だったが、出谷1佐の見立て通り間に合わなかった。いや、効かなかったのかもしれない。

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