戦場 ―いくさば―

「操縦室、運転指揮官から戦闘指揮所。現場指揮官、現場に向いました」

「現場伝令付いた。応急班班長の位置、02倉庫前。可搬式エダクタによる排水を行いたい」


 状態変化や命令の文言等が明確に決められている戦闘部署より、その時時で何もかも変ってしまう緊急部署の方が混乱に陥り易い。訓練ですら、混乱は発生しより多くの時間が掛る事は珍しくない。

 既にCICは、二個、三個と情報が連続して集り、艦内放送ですら渋滞を起こしている。


「浸水の程度、床上10cm。現場、非常閉鎖良し」

「傷者発生! 傷者、2分隊、岸本士長! 右側頭部そくとうぶただれている!」


 引っ切り無しに来る情報の中に一つ、衝撃的な文言があった。今、実戦ということもあり、俺の体内にアドレナリンが分泌され異様な興奮状態にある事を自分で理解出来ている。その耳に、普段訓練でしか聞かない文言が飛び込んできた。思考では理解し、感覚的なものでは焦っており、体は訓練の時の様に落着いてしまった。自分でも何を言っているか分らない。


「力久……! 力久!」

「は、はい!」


 気付いたら円城寺の呼掛けに応答していた。


「頭より早く動こうとしなくて良い! 先ずは戦闘だ!」


 こんなに気迫な円城寺は、見た事が無い。命が掛かっているからこそだろう。一体俺は、どれだけ呆けてしまっていたのだろうか。


「船務長、目標から12マイル離隔、維持せよ。外舷からの浸水はないのだろう? ならば、速度制限を解除」

「その通り。ありません。目標からの離隔を継続します!」


 「かが」にこれ以上の事は出来ない。攻撃的装備は、航空魚雷や航空機雷の他に持ち合わせていないのだ。


「4護隊司令から『ちょうかい』艦長へ。本艦、傷者発生した為、離隔を最優先とする。『ちょうかい』は、『かが』の代りに正当防衛を実施。最悪の場合、民間船舶に危害が及ぶ可能性がある事から、目標の撃沈を行え。目標の戦闘能力が失われたと判断したならば、直ちに洋上救難?を優先せよ。以上」


 遂に撃沈が下令された。円城寺が、根拠をこんなに細く言っているのは、こうした通信の内容が記録されているからだ。恐らく、本庁等に呼ばれた時の事迄考えている。


「『ちょうかい』艦長、了解」

「『ちょうかい』、主砲発砲」


 通信の誤差から、了解が届いた直後に発砲が観測された。


「『ちょうかい』、主砲発砲終り。複数発命中したと思われる」

「A、減速。現在、測的中」


 流石に主砲には敵わなかった様だ。減速したという事は、相当な効果が見積もられる。


「A、目視上、傾斜が大きくなってきた。艦首方向、トリムも確認出来る」

「『ちょうかい』による攻撃効果の見積。目標、ロール右5度、トリム13度。浸水していると思われる。本攻撃は有効なものであったと見積る。以上!」


 旧時代の木造船であれば、近代艦の様に船体がバルクヘッドで区切られてはいないだろう。浸水してしまえば、被害は船全域に渡る。


「『ちょうかい』、爆発!」

「は?!」

「え?!」


 俺と円城寺が、揃えて声を漏らす。浸水しているのに、発砲する予兆もなかったのに、何故いきなり爆発するんだ? やはり、魔法の様な不思議な力で攻撃しているのか? だとしたら、どうすれば良い? 木造船など撃沈は容易いが、SSMが使えない手前、この様な攻撃は受けなくてはいけないことになる。それでは、効率も費用対効果も何もかも悪すぎる。


「『ちょうかい』を映せるか?」

「艦尾側のカメラ映像を出してみます」


 「かが」は、CICから艦橋迄遠い。普通のDDクラスなら、CICを飛出たりするがここでは厳しい。

 大きい画面の一つが、明るくなる。外の映像が映し出された。最初は、中部から後部の飛行甲板が映っていたが、電測員がカメラを遠隔で動かして「ちょうかい」が見えるよう調節する。

 ぎりぎり映った。画面の上端ぎりぎりだ。そこには、煙突にぽっかりと大きな穴を開けた艦がいた。煙突を介して排出される筈のほぼ色のない排煙が、陽炎として具現化している為にその穴から漏れ出ているのが分る。

 うちがDDではないのが悔やまれる。加勢したいが、足手まといにしかならない。


「ビルブァターニに連絡して! 『いなずま』、『さみだれ』緊急出港! 『ちょうかい』を支援しろ。敵主力到着の可能性があることも示達」


 円城寺は、唖然としてカメラ映像を見ていた俺達とは違った。円城寺の命令で皆、我に返る。

 目標と20マイル離れれば安心出来るだろうか。魔法というものは、どこまで届くのか分らないが、離れ過ぎる訳にもいかない。

 色々思案していると、隣のコンソールに座る円城寺の口から、座学でしか聞かない言葉が聞こえた。


「臨戦準備……」


 右手に持つ鉛筆の後端を軽く頭に付けたり離したりを反復させながら、目は雑用紙に向けて離さない。まさに真剣、仕事の話だったとしても話す事を躊躇ってしまう形相から出た一言は、強烈だ。

 戦争が予測される時、艦から不要で燃えそうな物全てを陸揚げし、米や清涼品と弾薬、燃料を満載する等、正に戦に臨む準備である。言うに及ばないが、戦後、臨戦準備が令された例は無い。


「流石に看過出来ないな。『さざなみ』、『おおよど』は臨戦準備」


 普段聞かない号令だ。曹士でも若い人間は、知らない者もいるだろう。円城寺の命令を士官を介して受取った通信員は、逡巡していた。


「『ちょうかい』艦長から4護隊司令へ。『ちょうかい』、SPYその他被害箇所多数。自艦修理不能。戦闘続投不能。基地帰投を優先すべきと考える。以上!」

「見張りも、『ちょうかい』の発煙を視認……」


 魔法の前には、SM-2もESSMもチャフもイージスも無力である事が証明された。俺の頭の中では、既にどう対処すべきか考え始めている。俺でさえそうなのだから、円城寺も同じだろう。恐らく、水上戦術開発指導隊が来る。これから、そいつらと魔法に対抗する攻撃手段を模索しなければならないだろう。


「忙しくなるぞ」

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