21番射撃、30秒前

「力久。動かすなよ。私が良いと言う迄、停止だからね」


 目標とはもう5マイルも無い。的速的に、僅か数分で衝突する。円城寺だって、それは分っている筈だ。一体何を狙っているんだ。


「ねぇ、力久。こちらが動いていない、詰り敵対意思を見せていないのにも関わらず、相手は航行に不安を来す針路を取っていて警告にも応じない。これってさ、『かが』に対して海賊行為をしていると十分に認められるよね?」

「え、まあ、そう取れるかも知れないな」

「よし。これより、本艦と『ちょうかい』は海賊対処法に基づき海賊対処行動を実施する。至急、上級司令部に送って」


 そういう事か。念を押して、本当に危険な距離迄詰めさせたのだろう。


「力久! 目標を停止させないと、本艦の保安に多大な影響を及ぼす事は明白である。回避を行え」

「了解! 艦長操艦! 両舷後進強速。と~りか~じ! 記録始め!」


 「かが」は沈黙を破り、可変ピッチプロペラの翼角が大きくなる。ガスタービンが唸る。


「駄目です、艦長! 方位昇らない。間に合いません」

「やるしかないか。対水上戦闘用意! ファランクス、FCS管制」


 初めての実戦だ。初めて経験する対水上戦闘が、ヘリコプター搭載護衛艦と言うのは運が悪い。どうせなら護衛艦DDでやりたかった。


「『ちょうかい』と連合して行え。『ちょうかい』には船尾を攻撃する様に命じたから、うちは前を。ファランクス射撃は、『かが』を基準艦とした」

「合点承知! 砲雷長!」

「はい! 対水上戦闘。トラックナンバー02、艦首。ITV照準。21番射撃、30秒前」


 円城寺が、俺の手の届かない所に気を回してくれた。それは、自分の出来る範囲をやれ、後は任せろ、というメッセージでもあると思う。


「5秒前」


 後のカウントは、射撃指揮官DACの砲術士が行った。


「撃ちぃ方始め!」


 船体を通して、20mmの口径を持つ砲身を勢い良く回すモーターの音がここ迄届く。射撃管制員は、重く伸し掛った責任感からか、発砲電鍵から指を離そうとしない。そして、モーター音は止まった。弾薬が切れたのだ。

 ここで目標を止めなければ、目標と衝突し面倒臭い事になる。俺だって、引金を引き切っていただろう。

 だが結果はどうだ? 俺のコンソール上では、船影は小さくならない。目標は未だ浮いている。沈む程の攻撃効果は与えられなかったにしても、少くとも止まって欲しい。止まってくれないと困る。


「撃ち方止め」

「艦橋、攻撃指揮官EVAL。攻撃効果の確認を行え」


 隣に座る砲雷長がヘッドセットを介して艦橋に促し、届いたものは直接俺へ流す。


「艦長。攻撃の結果、目標船首に複数の穿孔を視認するも目視上浸水や火災の兆候は見られませんでした。A、僅かに回頭し対水速力も僅かに上昇。因って、本攻撃による効果は限定的と見積られます。『ちょうかい』も同様の評価を行いました」

「了解。船務長、目標からの離隔はどうか」

「まだ近い!」


 船務長が普段見せる事は無かった険しい表情で、怒鳴った。今も操艦号令を出し続けている。

 衝突は洒落にならない。打つかれば、海自の主力艦が一時的に失われるし、控える改修工事が修理に成り下がってしまう。


「艦長。用具収めます」

「はい」

「ファランクス、攻撃止め。対水上戦闘用具収め。別れ。艦内哨戒第一配備」

「艦橋、2番! A、両舷から櫂を出した!」

「CICも了解。A迄1,000!」

「艦長。最大戦速にてAからの離隔を図りたい」


 まるで見張員が、砲雷長の号令が終わったのを見計らったかの様な時機の報告であった。

 レーダー画面を覗くと、目標は面舵回頭を続け、間もなく艦首を右に変る。明らかに、こちらを追従している。いや、「かが」に体当りしようとしている。だが、船務長のリコメンドは尤もでここで前進を掛ければCPAは遠ざかる……掛けなければ手遅れになる。


「司令」

「許可」

「よし。やれ! 『ちょうかい』も忘れるなよ」


 言った直後、最大戦速が掛けられた。俺は「かが」の前回のドッグを明けた後に着任した。だから、この艦で全力公試を経験した事が無い。ここで初めて経験したが、この巨体にしては凄い加速力だ。


「艦橋、面舵いっぱ~い」


 船務長がコンソールに向って大声を出した。戦闘時、操艦するのはCICにいる船務長だ。

 最大戦速で一杯に舵を切ると、経験のない人からすれば想像を超える動揺が襲う。ペンを無造作に置こうものなら、簡単に転げ落ちてしまう。


「A、定針。尚、本艦が優速」


 最大戦速を出した「かが」は、当然ながら目標より速くなった。加えて、漸く相手が真直ぐ進んでくれた。一先ず、安心出来る。


「A、目視上面舵回頭。現在測的中」


 見張りの報告が何時の間にか来ていたらしい。既に、電測員が測的を開始している。


「はい。A、レーダー画面上も面舵回頭。艦尾を500で変る」

「500?!」

「その通り」


 測的の結果は信じ難いものだった。通常の航海では許せない距離。うちが速力を緩めようものなら重大事故に繋がる。


「A、左艦尾に出た」


 だが幸い、それらは全て杞憂に終った。何とか打つからずに済んだ。ここからは、離隔を図るだけだ。


「艦橋、2番。A、甲板上にマントを羽織った人、一名が出て来た。棒の様な物を持っている」


 CICにスピーカーで流している見張系の通信からだ。


「艦橋、EVAL。Aの武装を見える限り知らせ。後、その人は何している様に見える?」

「はい、艦橋、航海指揮官。A、長く角張った砲身のようなものが複数視認出来る。作業員に関しては、詳細不明」


 角張った砲身と聞くと、俺等の価値観では電磁砲が真先に思い浮かぶ。そうではない事を祈るしかない。


「A、定針。的針、的速――」


 レーダーで測的をする電測員が報告している時、船体が大きく震えた。本の少し間を置いて動揺も大きくなる。爆発音もした。何処からか、ジリリと激しく鐘が鳴らされている。火災若しくは浸水警報だ。


「艦橋、浸水警報! 各科、探知始め」


 マイクで令された事で、各配置でこの警報の原因を探り始めた。


「防水! 急速探知始め!」

「02甲板、前部。破孔多数。一番大きいものは、直径15センチメーター。浸水無し」


 早速上がってきた。だが、まだあるはずだ。艦橋構造物の破孔だから、直接浸水の危険は限りなく低い。全高の高い「かが」に於いて、艦橋構造物で破孔を見付けたということは、この警報は、配管から漏れた水によるものの可能性が高い。だから、今すぐ止まらなくても大丈夫だと思う。


「船務長。離隔を優先。一応、速力は的速プラス3ノットに減速」

「了解しました。この儘、離隔を継続する。第1戦速」


 続いて、CICの電話が鳴る。もう引切り無しだ。


「浸水! 02甲板、通路。真水管が破裂している! 浸水量、床上3センチ!」


 電話を取った者が、受話器を耳に当てた儘報せる。

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