新たな脅威


「艦長、レーダー画面上、A面舵回頭。接近します」

「……了解」


 参ったな。どうやら、民間船ではないようだ。明らかにこちらを認知しての行動だ。見張りは、ビルブァターニの識別印は見当たらない、と言っているから今の段階ではビルブァターニ以外の国家、詰り未確認国家である可能性が高い。

 ビルブァターニは、先代帝書記長の拡大政策に因り、多くの国と未だに敵対関係らしい。陸自と戦闘をしたイツミカ王国に加え、ノーム親国、スパル皇国と過去に戦闘を行い、今日戦闘は起こっていないものの外交的な対立が非常に深いとの事。

 その中のノーム親国は、島国だ。三日月型の島が主な国土で、海軍力はどの国よりも高いと評判だ。で、その島というのが、現在本艦の位置するビルブァターニ南西部沿岸の更にむこう。沖合だ。ここも十分に、可能行動範囲内だ。


「艦長です。司令に指示を仰いで下さい」


 俺が座る艦長用のコンソールにある受話器を取ると、出たのは司令部庶務室の司令部幕僚だった。


「現在、未確認国家艦艇と思われる帆船が回頭。本艦を確認、接近を開始したと思われる。対象艦艇の識別の要、被攻撃時の対応の確認を宜しく」

「了解し、あっ――」

「適当にちゃちゃちゃってやって〜。こっちも忙しいんだよ」


 円城寺が、太太ふてふてしい口調で出て来た。受話器から物音がしたから、ひったくったか何かしたのだろう。


「いや、円城寺お前、責任ってものを――」

「あーあー。はいはい。少し考えてからそっち行く」


 そう言って、俺に有無を言う余裕を与えず電話が切られてしまった。


「気を付け」


 哨戒長は続けて「敬礼」と号令する。俺の他に、こうして迎えられるのは司令のみだ。「少し考える」というのは、俺を黙らせる為の言葉だったのかもしれない。


「お疲れ様です。先程電話テレトークで伝えた事の他、特異事象はありません」


 司令が来たら、そこの先任者が現状を共有する。今、特に言うべき事は、帆船の存在くらいだ。


「了解。針路変りないのね?」

「はい。現在も概略的針サーイーストで、本艦に近体勢」


 円城寺は、自分のコンソールに座るや否や、哨戒長に確認を取った。


「合戦準備と航空機即時待機掛けて、映像記録用意もお願い。本艦は、この位置で停止。『ちょうかい』はこのまま前進。目標が本艦の12マイル圏内に入域したならば『ちょうかい』が拡声器にて目標の航行目的を問う。返答無くして、8マイル圏内に入域したならば、警告を実施。これには射撃も含む。5マイル近付いた所で、近接戦闘を令する。可能であれば、立入検査を実施。無理なら全力を以てこれを排除する」


 更に、今後の方針を打ち出した。が、俺は納得行かない。


「ちょっと待て。概ね俺は同意するが、幾ら何でも排除はやりすぎだ。海自の存立が危うくなる」

「私にとっては海自の存立より、この艦の乗員ひいて家族の方が大事だけどね」

「それは俺だって……」

「陸自の事もあったし、この世界は地球とは違う。より混沌に満ちていると思うんだよね。多分、攻撃のハードルが低い。ビルブァターニと対立しているなら尚更ね」


 確かに、円城寺の言う事は尤もだ。然し、道理だけでは世の中通らない。警告射撃なら射撃訓練とかこつけて出来るだろうが、攻撃となるとそうはいかない。攻撃は、防衛省、自衛隊では完結出来ない。政治家の判断、閣議決定が必要なのだ。


「攻撃の根拠は」


 ここで言う「根拠」は、命令の事だ。抜け目ない円城寺の事だから、独自に攻撃する事は無い筈だ。


「そもそも、何故私は危険を承知で出港したと思う? 冒険感覚ではないからね」

「そりゃ、護衛艦隊EFからの命令だろ。周辺海域の情勢の調査と、本来の目的である『ありあけ』の捜索」

「私、EF司令とは防大の時、同じ分隊で知合いなんだ。だから、危険なのに攻撃すら許可されないなら、命令を受けた時点で断ってるよ。いや、知合いじゃなかったとしても断ってる」


 円城寺の話を聞く限り、まるで既に攻撃許可が下りているかの様な言振にしか聞こえない。


「さて、優秀な力久1佐に問題だ。ソマリアの海賊対処行動を初めてするに当って、政府は何を根拠に派遣した?」

「海上警備行動だろ。……まさか」


 俺は自分自身で、答えを口にしたと気付いた。

 ソマリア沖に対する海賊対処行動は、海賊対処法が施行する迄は海上警備行動を発令してそれを以て行われた。そうした前例があるならば、異世界に於いて日ビ相互扶助協力協定に基づく武器使用に際して海上警備行動を発令すれば良い。治安出動や防衛出動より敷居が低く感じるし、武器使用は飽くまで警察権の行使によるもので必要以上の使用は確実に行われない。


「そう。既にビルブァターニにはこれを連絡済み。ビルブァターニは日本に協定に基づく防衛協力を要請。日本は派遣支援隊司令に海上警備行動を発令。更に、海賊対処法の適応の判断を私に任せた」


 長く自衛隊を続けてきたが、BMDを除き実弾射撃を伴う可能性のある任務は初めてだ。況して海上警備行動は、身近に経験した人すらいない。

 ここが異世界で、不審船が帆船であろうと緊張感が緩む事は無い。円城寺も何時ものふざけた雰囲気を一切出していない。


「ほら。そうこうしている内に」

「A、本艦の12マイル圏内に入域した」


 12マイルは、艦橋から見た時、目標が既に水平線よりこちら側に来てしまっている距離だ。


「全力即時待機。映像記録用意」


 水上レーダーを見ると、「ちょうかい」は目標の左舷から近接し、同航に持っていこうとしているらしい。本艦は既に停止しているから、目標との距離の縮まる速度はやや遅くなった。


「『ちょうかい』艦長から第4護衛隊4護隊司令へ。本艦、警告を実施するもAはこれに応じず。『かが』8マイル圏内に入域したならば警告を開始する。又、警告射撃の許可を求む」

「了解。警告を実施せよ。砲旋回角はAと反対に、仰角40度で、訓練弾を射撃せよ」


 合戦準備をまともにしていないと、準備から射撃迄一番早いものは主砲だ。

 「かが」から行動を起こす事は出来ないし、CICからはレーダー画面と甲板を映すカメラ映像の他、外の情報を見る事は敵わない。「ちょうかい」の警告で、該船が我に従ってくれる事を祈るしかない。


「『ちょうかい』発砲。警告射撃開始」


 十分もしない位で入った続報だった。事態はどんどんエスカレートしていく。


「A、取舵回頭。再度算出したAとのCPA……衝突コース」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る