その914 瘴気

 夜中、ロレッソがねじ込んだ睡眠時間を利用し、俺は疲れを癒していた。

 だが、思わぬかたちで俺は目を覚ます事になった。


「っ! これは……!」


 じわりと周囲……いや、世界を包んでいくこの嫌な空気。

 運動機能に障害が起きる訳ではない。だが、この息苦しさは何だ?


「っ! ジェイルさん!」


 俺はそう叫ぶように零し、ジェイルに【テレパシー】を発動した。


『ジェイルさん、報告を』

『ミックか、そちらにも届いたか』

『これはこれは一体?』

『魔王陛下の瘴気だ。安心しろ、身体に害はない』

『ですが、この息苦しさは……』

『それはミックが魔族だからだ。魔王陛下が存在するだけで、魔族は皆等しくこの強烈な圧迫感と共に生きるという訳だ』

『……迷惑な奴ですね』

『迷惑……そうか、迷惑か。確かに考えた事がなかったな』

『完全にブラック奴隷じゃないですか』

『ははは、魔族は昔からそんなものだ』

『……でも、この瘴気を感じたという事は』

『うむ、明日まで残り二十時間。魔王誕生は目前という事だ』

『わかりました、準備が整い次第魔界そちらに向かいます』

『了解だ』


 ジェイルとの【テレパシー】交信を終えると、俺は自身の異常事態に気付いた。

 背中に広がるじわりと冷たい嫌な感触。

 体中から噴き出る脂汗。

 鏡を覗き込むと、そこには――、


「……何とも情けない吸血鬼がいらっしゃいました……ってか?」


 そう自嘲気味に笑うと、俺は部屋の隅に違和感を覚えた。

 ちらりとそこへ目をやると、一人掛けのソファが歪んで見える。

 俺はそこに向かって小さな魔力波を飛ばす。

 パチリと紫電が走り、ソファの上に現れる一人の男。


「一応ここ、元首の私室なんですけど?」

「一応私は、客という扱いになるんじゃないか?」


 古の賢者――メルキオール。

 まさかこんなところに現れるとは思っていなかった。


「コンタクトをとってくるとは思いませんでした」

「しかし、よく見破ったな。ひと月前のお前であれば、絶対に見破れなかっただろう」

「メルキオールさんのご助言のおかげで、沢山頑張りましたから」

「メルキオール……か、その名前で呼ばれるのは初めてだな」

「ある程度の親しみを覚えたってところでしょうか」

「ふっ、それはありがたいな。大暴走スタンピードの時とは違うという事か」


 相変わらず不気味な魔力だ。

 だが、彼の底が見えない訳ではない。


「それで、本日はどのようなご用で?」

「言葉を交わしにきた」

「は? 今交わしてると思うんですけど……?」

「お前じゃない、もう一人の奴に、だ」


 そう言うが早いか、メルキオールはその膨大な魔力で俺を包み、ソファの前まで一気に引っ張ったのだ。


「なっ!?」


 そして俺の目を覗き込み、じーっと見つめながら、静かに言った。


「出て来い……!」


 直後、俺は――――………………。


 ◇◆◇ ルーク・ダルマ・ランナーの場合 ◆◇◆


「えらいこっちゃえらいこっちゃ!」


 まさかメルキオールが奴を呼び出すとは予想外も予想外。

 すぐにテレポートポイントを使って、俺の私室へ――!

 聖騎士学校の寮から私室まで転移した俺は、すぐに異様な空間を目の当たりにした。


「ガ、カカカ……ナ、何ダ……?」


 ミケラルドさん、表情気持ち悪くない?


「よぉ、やはり分裂体で来たか」

「『よぉ』じゃないよ『よぉ』じゃ! そういう事は事前に告知義務とかあるんじゃないの!?」


 言いながら、俺はメルキオールの隣の一人掛けソファに腰を落とす。そう、乱暴に。


「……身体ガ……動カヌ」


 そりゃそうだ、メルキオールが事前に魔力で包み、捕まえているのだから。ところでミケラルドさん、表情気持ち悪くない?

 目なんて血走りながらグリンと剥いちゃって、よだれとか凄いよ?

 あ、高級な絨毯に染みが……。


「フッ、龍族ノ使イガ、コンナ所デ何ヲシテイル……?」

「っ!?」


 このメルキオールが……龍族の使い……だと?

 そういえば、大暴走スタンピードの時、このメルキオールは……――、


 ――何も言うなよ? こっちでは今、古の賢者、、、、って事になってるんだからな。


 あの口ぶり、あの時は理解出来なかったが、つまり、奴はメルキオールの正体を知っていたという事。

 だが、この段階になって、メルキオールはその証言を許した。

 これは一体どういう事だ……?

 それに龍族って……?


「そんな事は今はどうでもいい。私の質問に答えろ」

「フン……我ガ貴様ノ質問ニ答エルト? ソレハ些カ期待シ過ギトイウモノダ――グァ!?」


 もの凄い魔力で内部の奴を締め上げている。


「あの、メキメキいってるんですけど? その身体」


 そんな俺の言葉は、誰も拾ってくれなかった。


「グゥ……ハ、ハハ……」

「少しは協力的になってくれたか? まず最初の質問だ」

「フン……」

「貴様は何者だ?」


 これは驚きだ。

 古の賢者メルキオールがこいつの存在を知らない?


「ハッ、霊龍ニ聞クガヨカロウ……グァアアアアッ!?」


 力というか魔力が入ってらっしゃる。

 あーあ、俺の顔が涙と涎まみれ。ばっちぃな。


「出来るならそうしている。答えろ」

「ハハハ、ソウカ。貴様モ異物ダッタカ……」


 なるほど、奴もメルキオールが時代を超えて来た事を知らないという事か。

 しかし気になる。

 何故メルキオールは霊龍とコンタクトをとらない?

 いや…………もしかして、とらないのではなく、とれないのでは?


「ハ、ハハハ……トカゲ如キニ我ガ正体ヲ教エタトコロデ、何ガ起キル訳デモナイ……フッ、我モマタ、霊龍ト同列ノ存在……ト言エバワカリヤスカロウ?」


 何か、俺の本体にとんでもなく高貴な存在がいるみたい。

 とりあえず蚊帳かやの外ライフは順調です。

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半端でハンパないおっさんの吸血鬼生 ~最強を目指す吸血鬼の第三勢力~ 壱弐参 @hihumi_monokaki

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