餌とり物語

古新野 ま~ち

第1話

むかしむかし、あるところに異星人からの侵略とその抵抗のために母星をおわれて近くの星に逃れた生物たちが毎日違う川で身体を洗濯するような生活を余儀なくされていました。たまたま原住民と体格は近かったものの、自分達に比べると毛が薄く柔な身体でした。このような生物がいることに驚いたのは少し前のことです。環境に適応することは急務でした。アイデンティティーなどは母星にいたころ消失しており、生きたまままとめて穴に埋められた子供や食糧のために自分達が殺しあったことや、一瞬で霧消した沢山の我が子たちや自分が産んだ卵のこと。それらはすべて過去のことでした。


彼女たちは耳が優れていました。原住民が顔の中心にぽっかりと空いた伸び縮みする孔から響く音の分析は完璧でした。角ばった音がするのは警告か侮蔑なのでしょうか、幼体なら石を、成体なら手心のない暴力をふるってきます。彼女たちは抵抗しますが、以前なら毒液や糸で抵抗していたものの、ここでも食糧がありません。栄養がありません。川の中の海藻や生物などしかありません。同胞たち、なくなく死んだ者たちの亡骸を食べざるを得ませんでした。そんな悲しいことに耐えられなかった者は身体の一部を剥ぎ取って食べていました。


ある夜のことです。腹部が裂かれ内臓が露出し裏返った同胞を悼みながら食べようとしていました。すると原住民の幼体が彼女たちを見つめていました。暗闇にとけこみ茂みに隠れているつもりでしょうけれど、彼女たちは音を聞き分ける能力が発達しておりました。逃げることに特化していても、住み家が焼き付くされれば意味がありませんが。幼体の視線は敵意ではありませんが、好奇の目に晒されたくもありません。雄の同胞が立ち上がりました。幼体の視界から抜け出して音をたてずに忍び寄るつもりです。地面すれすれを這いつくばり頭上に生えた細くとも敏感な感覚神経を駆使して動くのです。


雄は幼体の前に現れたようです。狼狽しはじめたのは聞こえてくる音でわかります。いつも自分達が窮地に追い込まれているものだから、雨上がりの森の中にいるような心地よさを覚えて、同胞たちが笑いました。生の肉を貪り体液を啜ると活力が湧きます。あそこにいる幼体も食べれば、そろそろ産卵に備えられる気がしました。生命を連ねていくことは、劣悪な環境でも、最上位の使命でありました。


集団でぞろぞろと幼体を囲みました。幼体の柔らかな体内から押し出されたのか顔の孔から汁が噴き出し最も大きな孔からは泡が吹き出しています。頭部を揺らしても反応はなく、気絶や仮死の類いだと結論づけました。生物としてどうかしている危機管理だと呆れましたが、ここまで無防備なのは、ここの原住民の体内には毒でもあるのかと、群れのなかで最年長の雄が言いました。そんなはずはない、と雄は言いました。毒があるなら俺にかけたりできるはずだと。群れで頭を抱えました。彼女は、では肉だけ食べて、内臓は捨てることにしましょうかと言いました。


幼体の解体は、想像よりはるかに容易く、顎で噛みちぎっていけば木の実を潰したように粘着性のある真っ赤な液体が溢れました。試しに飲みましたが、毒のような刺激はありません。臭いも腐敗した肉食生物に比べたら平気です。脂肪や肉を丁寧に剥くと内臓と骨が見えてきました。内臓を引っ張り出して棄てました。あとは肉を食うだけです。


頭部はどうする? と彼女が聞きました。あまり肉は入ってなさそうだなと雌とその子達が脂肪と肉が最ものっていそうな下肢に群がって食いつつ言いました。試しにと彼女は孔の中に牙をいれて薄い肉の塊を噛みちぎりました。これが独特の弾力であり、愉快な気分になりました。では、と二つの塊(視覚を司る器官であることくらいなら彼女にもわかっています)を取り出そうとしました。しかし失敗してしまい、じゅぶりと貫いてしまい生温かい嫌な感覚に身震いしました。


同胞たちの食欲はすさまじく、骨ばかりになった表面をみて彼女は微笑ましく感じました。裏返すと、これまた下部にたっぷりと旨そうな肉がありました。


骨と血と食べきれなかった頭部の残骸を川に捨ててどんぶらこと流れを見つめていました。この星は明暗の周期が早いため、いつの間にかさっきの幼体の体内に似た空模様でした。


明るくなると、成体たちが銃や毒ガスを携えてくるという、原始的な猛攻がありました。母星をおわれた我々でさえもう少し知性があるのにと最初は笑っていましたが、身一つで流れ着いた星では、こっちが原始の生物も同然でした。


異星人たちのように一瞬で霧消するようなものではありませんが、身体が焼けただれていく同胞や、鋭い金属で滅多刺しされる同胞や、ガスを吸って起き上がれなくなった同胞と、食べきれないほどの同胞の亡骸です。


彼女らは原住民の目の届かぬように木々の間を抜けるように鬱蒼とした森の中心を目指しました。最年長の雄は、どうやら幼体を殺されると攻撃反応が高まるらしいと分析しました。我らと違い、子を残すことが下手なのかもなと雄は笑っていました。彼女は、いい気でいる雄を睨み付けて、苦しんだことのない雄の言い種はいつもこうであると腹が立ちました。そうして彼女たちの群れはいまだ見つからない、安住の地を、群れで探します。


そういう日々は全く終わらないのです。


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