第2話 後編

行くときはあんなにあったやる気も遊びで使い果たしてしまった。

 残っているのはわずかばかりのペットボトル飲料、所々濡れて砂にまみれた体、圧倒的な疲労感だ。

 丁寧に砂を払って靴下と靴を履いた三人は忘れないようにお面を側頭部につけ、自転車のスタンドを蹴って漕ぎ出す。日が落ちかけ、嫌味なほどに美しい色合いにそれが染め上がる。茜色の夕日が消える方の背中は名残のようにわずかに暖かい。対して、向かう方は紺青になり風が吹き付ける。昼間は暑いといえどまだ6月の夜はしっかりと冷え込む。進むほど濡れたズボンの裾から当たる風が体温を奪っていく。

 磯の香りが遠のいた頃に、先頭の真司はペダルが重いことに気がついた。

「俺疲れすぎかな? 行きの倍くらい漕ぐのが重いんだけど?」

いつもなら「疲れてるんだよ」と笑い飛ばすが、恭介は笑う気力もなく、この辛い現状に原因を見出すべく回らない頭で行きのことを思い出した。そしてしばらくして原因を見つけた。

「行きの時は何も考えてなかったけど、往路が下り坂の追い風なら、復路は上り坂の向かい風になることになるんだよ」

それに気づいてから、三人の余計に足が重くなった。

 海を出てからものの数十分で飲み物は尽き、体は夜風で芯から冷えていく。田舎の国道沿いにはコンビニも自動販売機も周囲には見当たらない。次第に誰も話さなくなったのは、体力の温存のためだけではない。

 ひたすら痛むお尻と、張って疲労感が集中する太ももが絶望感を与えてくる。しかし、みんな揃って意地がある。親に迎えに来てもらうなんて選択肢はない。冒険だ、いかにバカでも最後まで貫き通さないといけないものがある。歯を食いしばって縦に並び、馴染みの薄い道を進んでいく。

 

 

 とうとう国道沿いを離れ、見知った道に入り込んだ。安心感が増し、ペダルを漕ぐ力が弱まり、縦に並んだ隊列も崩れ出す。市街地になるにつれ街灯も増え、街灯群がる虫が時々当たる。疲れて朦朧として来て、些細なことは気にならなくなる。

 比較的、近い場所にある真司の家にやっと到着した。真司が別れたらすぐ帰ろうと思っていたが、ちょうどゴミ出しをしにきた真司の母に招かれ、お邪魔することになった。真司の母はすぐに暖かいココアを入れてくれた。

「うめぇ」

颯太がつい漏らしたが、本当にその一言に尽きる。甘みが胃の奥までしみこみ、中から冷えた体を温める。辛党の恭介までも「こんな美味いココアは飲んだことない」というほどだった。

 優しく朗らかな真司の母は服から砂がこぼれても「あらあら」だけで済ましてくれて、今までのくだらない冒険について野暮なことは聞かずにいておいてくれた。あげく、「うちに泊まっていけば?」と提案してくれたほどだ。結局真司の強い勧めもあり、恭介と颯太はその申し出に乗り、そのままお泊まり会へとなだれ込んだ。興奮冷めやらない今、普通に解散するには惜しい気がしたのだ。お泊まり会は日が登るまでおしゃべりする会になってしまった。

 充足感と寝不足感に満たされながら、二日に渡った冒険は解散となった。


 もちろん、恭介のテスト結果については誰も触れてはいけない。

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ママチャリ三銃士 清井 そら @kinoko_a

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