ママチャリ三銃士
清井 そら
第1話 前編
「ああ暇だ」
「わかる。暇だ」
「いや、俺は暇じゃねえよ?」
6月だというのにうだるような暑さの神社の境内で、三人並びながらそれぞれがぬるくなったたこ焼きを頬張る。全員が戦隊モノの面を側頭部に装着している。暇一号がイエロー真司、暇二号がブルー颯太、暇じゃないレッドが恭介だ。
今はそれぞれが別の高校に通っているが中学の同級生だった彼らは地元で一番早く行われる夏祭りに遊びに行くべく、卒業式以来の2ヶ月半ぶりに再集結となった。
高校によっては中間テストが終わる時期で、颯太と真司は終わって解放され、ヤマが外れた教科も忘れ、存在すらもすっかり記憶から抜け落ちていた。三人の中でも一番偏差値の高い進学校にいる恭介だけが月曜日からテストを控えている身だ。
午後から集合し、日が暮れるまで祭りで遊ぶ予定だったが、毎年来ている祭りだ。代わり映えもなく、30分で飽きてしまった。暇すぎて、三人のうち誰も見たことがない戦隊モノのお面を買ったほどだ。
三人の中でも一番飽き性な真司が突然切り出した。
「今更、見るとこもねえし、これからどっか遊びに行かね?」
「いや、だから、明後日にはテストがあるんだって」
「もう祭りに来てる時点でアウトじゃん。何を守ろうとしてるんだよ?」
「数時間遊んだら帰るつもりだったんだよ。息抜き必要じゃん」
真司が高校入学時に買ってもらったばかりのスマホを熱心にいじりだした。あまりに真剣な様子に颯太は何をしているか気になって覗き込んだ。真司はマップを真剣にいじって経路検索をしている。目的地はここから最寄りの海になっている。
「真司、海に行く気なのか?」
「暑い日には海だろ? 颯太は行きたくないのかよ。」
「お前、天才かよ……」
「海か、遠くない? 夜までには帰って勉強したいんだけど」
恭介が当たり前のように一緒に行くつもりでいて、「乗り気じゃん」と二人に笑われる。
「調べたら 30分って書いてるぜ」
「意外と近いのな。それなら早いうちに帰れる」
かくして、三人の日帰り弾丸ママチャリで行く海ツアーの開催が決定した。
三人が住む市は内陸で海がなく、海に行くには2つ隣の市まで行かなければならない。車で親に何度か連れていってもらったことはあるものの、最近はめっきりいっていない。そんな海への道なんぞ誰もわかるはずもなく、スマホのマップアプリを頼りながら近くのコンビニに留めておいたチャリに乗って進み出す。時々止まっては地図を確認し、目印となるような場所まで進む。ひとまずの目標は、海の近くまでほぼ真っ直ぐに行ける国道を目指すことだ。
5分ほどで恭介は気がついた。
「暑いから、水分補給しないとまずいんじゃないか?」
その提案に、二人は同意し、コンビニへ寄ることが決定した。調べると、これからの通過経路にはしばらくコンビニがなく、遠回りすることになった。「出発地点のコンビニで買っておけばよかったじゃないか」と三人とも思ったが、あえて言わなかった。この小さな冒険に水を差すような真似は誰もしたくない。
思いの外コンビニへの道筋は複雑で、それぞれが少しずつ得体の知れない「イラっ」が襲って来たが。特に対象のないものなのでその場の雰囲気のためにも口に出すことはなかった。
コンビニにつきそれぞれが2Lのペットボトルを買った。外に出て少し飲もうと思っただけなのにかなり飲んでしまった。三人が思っているよりも気温は高く、自転車を漕ぐという運動は激しいものなのだ。
「この残り分だけで往復の飲み物足りるかな?」
恭介は誰に確認するでもなく問いかけた。
「大丈夫だろ」
「足りなかったらまた買えばいいさ」
真司と颯太は答え、三分の二になったペットボトルを自転車のカゴに放り込んで、思い出したようにお面を装着した。恭介は不安はあったが、考えることを放棄してお面をつけ出発することにした。
目標である国道まで到着した。ここまででもう30分経っている。経路を再確認すべく真司がスマホを開いて確認した。
「あっ!」
颯太と恭介は聞いたことがある。これは真司が何かまずいことに気がついた時の声だ。嫌な予感がした。道を間違えたのか? 進む方向すら違ったのか? 恭介は意を決して、何があったか聞くことにした。
「どうした?」
「海まで30分って言ったろ? 自転車での所要時間だと思ったんだよ」
「俺らもそう思ってたよ?」
「車での時間だったんだよ!!!」
予想よりマシな答えが聞けて二人は安堵したが、あまりいい状況ではない。
みんなが経路と所要時間を表示したスマホ画面を確認したにもかかわらず、なぜ誰も「自動車での経路」というところに気がつかなかったのだろう? 当然のように初期設定で自転車での経路と所要時間が出ると信じて疑わなかったのだろう?
「自転車だとどれくらいかかるんだ?」
颯太はシンプルな疑問を投げかけた。真司が一生懸命探したが、そのアプリでは自転車での所要時間はでなかったのだ。その答えはサイクリングが趣味の兄を持つ恭介がその答えを持っていた。
「にいちゃんに聞いたことがある。素人だと車の所要時間の3倍くらいだって。……ということは一時間半かかる。どうする? 引き返すか?」
恭介は二人に尋ねてみたものの、気分はすでに「海」なので、引き返したくなんてなかった。それは真司も颯太も一緒だったようで、決意して改めて進み出した。
国道はまっすぐ一本道で、強く風が吹いていた。幸いなことに追い風で、道も緩やかな下り坂、三人の気持ちもどんどん高まって行くようだった。
国道にはほとんど人はおらず、ロードバイク数台とトラックと乗用車意外と爽雨遇することはなかった。
なんとなく3人縦に並んだり、三角になったりして進んでいた。次第に颯太が先に行くようになった。ペースを崩すと疲れるので、恭介と真司は一定のペースを心がけたが、颯太だけは突然立ち漕ぎをしたりしてペースを上げ、どんどん先に行ってしまった。しかし、この国道はしばらく行くと分岐があり、全く経路を確認していない颯太が先に進むわけがないので後続の二人はなんの心配もしていなかった。
案の定、分岐の地点で待っていた颯太は肩で息をしていた。恭介と真司がひとしきり颯太をバカにした後、ペットボトルのドリンクを飲み分岐を右に曲がり進み出す。ペットボトルの水は残り半分。磯の香りがしてきた。海はもう遠くない。
「海だぁ!」
「ついたぁ!」
三人は思う存分叫んだあと、砂だらけで足場が悪い中バランスを取りながらそっと自転車を止めた。そして勢いよく靴を脱ぎ、靴下を脱ぎ自転車のカゴにぶち込み。海に向かって走り出した。
疲れのせいで走り方がぎこちなかったが、そんなものは問題ではない。海なのだ。目的の海なのだ。
波打ち際を全力で走り、まだつめたい水に足を浸した。裾がぬれることなんて気にならない。シーグラスを集め、貝柄を拾い、生き物を探した。まだ夏本番というには寒かったので、遠慮がちに水をかけ、ひたすらに走った。
1時間ほど遊んでくたくたになって、三人は次第に冷静になる。「来た」からには「帰る」必要がある。
お家に帰るまでが冒険です。
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