act.3:突発的な事態






 HALMIT東、なだらかな草原の中に唐突に現れる舗装道路と巨大な倉庫のような施設。

 金網に囲まれ、外側の草むらでひとりのゴルゴーンが怪しい葉を燻した煙を吸いながら「ぼへー」と言った様子で虚空を見つめている向こう側こそ、


 パンツィア・ヘルムス専用研究連。


 別名『アイアンバードベース』


 名前の由来は、常時開放中の倉庫の一角。

 これまで、パンツィア・ヘルムスが開発した本物の航空機と、ディスプレイされた彼女の設計図や実験写真の数々が飾られているからだ。





「まるで博物館のようよな!!

 これが大陸の距離を縮めた女の歴史と思うと感慨深いものだ……お!これカッコいい!!」


 胸元の開いた赤いドレスの様な服に身を包みはしゃぐ、金髪碧眼に龍の様な二つのツノを生やす美少女。


「はしゃぎすぎ!一応私達は国の代表なんだから大人しくしようね?」


 と、背後から狼の様な耳を持つ、青い髪に軽装をローブで覆う格好の少女が諌める言葉をかける。



 二人は、魔王諸国連合を治める魔王。


 赤いドレスの彼女は『雷竜魔王』こと名をネリス、


 青い髪の獣耳の彼女は『瞬刃魔王』ことタニアという。


 二人共、かつては武闘派と恐れられてはいたが……


「えー、余めっちゃこれバラして構造解析して色々弄くり回したいー!」


「えー、じゃないの!」


 と、かつての話も関係なく平和に会話をするのが今の時代である。


「えー、えぐっ!?」


「えー、じゃないって2回も言わせる気……??」


「い、いやだからって首に指食い込ませるのは、てか魔王じゃなきゃこれ死んでいるレベルのぉぉぉぉ……!!」


 明らかに殺気のこもった力でネリスの首を絞めるタニア。

 二人が会うといつも起こる光景であった。


「こらこら、魔王さん達?

 一応他人の敷地内なのだから大人しくしていなさいな〜」


 と、少し離れたところにある応接スペースのソファの上で、不思議な格好の美しい黒髪の女性がそう言う。


 彼女は、この大陸『イスラ』の上にある浮遊大陸に住まう神の一柱である『月と豊穣の神』のフェイリア。

 今では信仰心の低下や様々な理由で大抵が寝ている神々の中で、唯一起きている神の代表という形になっている。


「これはお見苦しいところを」


「そう言っても首締めたままよなぁぁぁぁ……!!!」


「ふふ、1万年生きてて始めてよ、魔王に謝ってもらえるだなんて。

 ああ、いや変な意味じゃあないのよ?

 いい時代ねって」


「ふむ……そうかもしれないですね」


「うぐっ……ようやく離された……!」


 ふと、微笑んでいたフェイリアはそのまま二人から目を離し、別の方向を見る。


「そうそう、1万年生きてて初めてって言うのなら……」






 倉庫の一角にて、阿鼻叫喚の地獄絵図が巻き起こる。



「インチネジさんどこぉぉぉぉ!?!

 ゆっくりしてないで出てきてぇぇぇぇぇぇッ!?!

 クトゥルァァァァァァァ!!」


「インチ?インチ?

 これミリじゃないのよぉ!!

 あれミリ?分かるかぁ!!」


 方や、人間の頭だけのような生き物、

 ブレイディア産の珍獣、もといこれでも知的生物「クトゥルー」が、束ねた髪の毛のような両方の「おさげ触腕」でネジを一本ずつ持ち上げては見比べている。

 その横で、彫刻のような完璧なプロポーションと絶世の美人の顔を、黒いタンクトップと使いなれた作業ズボン、腰に巻いた作業着に頭をタオルで覆った「いかにも」な作業スタイルで同じくネジを探す何者かがいる。


「むっきぃぃっっ!!どれもこれもミリ!!もうネジ規格がゲシュタルト崩壊っ!!なのよぉっ!!」


「どこよインチィ!!なんでこの世にこんな使いにくい規格があるのよぉ!!」


「……うむ、めっちゃ耳が痛い!」


 この両者の言葉に、規格国家である魔王諸国連合のネリスは若干の冷や汗と共に答えた。


「オイコラ魔王ぉぉぉ!!

 あんたんとこのクソ規格でしょうがぁ!!

 なんとかしなさいよぉぉ!!」


「クソ規格ではない!!これでも歴史が古いのだ!!

 だが、なんとかはしてやろう……フッ!」


 と、魔王ネリスのかざした手から、雷属性の魔法陣が展開する。

 すると、カタカタとネジ山が波打ち始め、多くのネジが離れるよう動き始める。

 そしてひゅ、と音を立てて、一本のネジがその魔法陣にすっ飛んできた。


「「おぉぉう!?」」


「フッ、これが我が領の製品であってよかったな。

 こんな事もあろうかと、我が国の工場製のネジは、雷属性魔法に反応して変わるネジの磁性をややN極よりにしておいたのだ」


「通りでドライバーからすっ飛んでった訳ね……!」


「その手があったことをすっかり忘れてたわ〜」


 ふぅ〜、と二人は一息つき、ネリスは笑顔で近くの「インチネジ箱 ミリと混ぜた奴は殺す!」と書かれたケースに入れる。


「ふふふ……♪

 ちょっと、デウシア〜?

 あなた、今の姿ほんとうに女神なのかと疑っちゃったわよ〜?」


 と、フェイリアの言葉にタンクトップの彼女━━━「戦と発展の女神」デウシアがガラの悪い目つきでこう答える。


「あん?何、文句あるわけ?

 別に今更じゃない、私達の威厳なんざ800年前に上の大陸の一部が落ちた時点でもうそんなにないわよ」


「あらあら、耳がいたいわ。

 酷い真実よねぇ……まぁ私達も細々と信仰してくれる人間達のおかげで生きていられるとはいえ……」


 と、今時珍しいキセル型のタバコを取り出した瞬間、


「って何自殺行為してんのよコラァァァァァッ!!」


「ぎゃわぁぁぁ!?!?」


 と、悲鳴をあげるクトゥルーとともにそれを取り上げるデウシア。


「え、何……?」


「何じゃあないわよっ!!

 壁に書いてあるでしょ!!」


 指差した先には「火気厳禁 自殺したい奴は首吊りで頼む」と書かれた張り紙がある。


「えぇ!!なんでよぉ、一本ぐらい良いじゃない!」


「あんたのその一服で、あそこのヒュドラエーテルが全部炎属性魔法に変換されちゃうのよ!」


 少し離れた場所のタンクを指差して、怒り心頭の様子で言うデウシア。


「ふぅ……じゃあどこなら吸えるのかしら?」


「外の原っぱなら良いわよ。

 ちなみに今、セリーザっていうここの魔法博士が『怪しいハーブ』吸ってるとこが日当たりがいいわよ」


「あらまぁ。

 一応、公務中だからやめておくわ。

 副流煙で女神だなんて、新聞に出たら信仰心ダダ下がりだもの」


「あんた外面いいものねぇ。

 ちなみに、結構キく奴だったわよ、アレ」


「あなたのそういう不良なところ好きですけど今回は遠慮しておきます」


 ははは、と笑う二柱を、魔王たちはすごい目で見ていた。


「……おハーブとか、余的にはヤバい気がする話題かなと思う」


「……神様怖いし、なんで普通にハーブ吸えるんだろう……?」


「クトゥー、そうなりますよねぇ……

 ブレイディアは多種族国家な上に、微妙に体質が違う種族も多くって、一概に『怪しいハーブ』やら『魔法キノコ』やらを規制しずらいですのよー、クトゥ……」


 と、あのクトゥルーが、頭の上にお盆と東方性の「湯飲み」と緑茶を持ってやってくる。


「おっと、すまぬ……おぉ、これは珍しいお茶よな」


「……ん、美味しい……!」


「気に入って貰えて嬉しいですわ〜♪」


「ところで、誰さんだ?」


「くとぅ!あら失礼しましたわ〜♪

 私、パチェルカ・ヴィレッジともうしますっ!

 パンツィアちゃ……学長以下「ライトスタッフ」にて、量子力学と航空力学の分野、そしてパイロットとして活躍してますわ〜♪」


 のびぃ〜、と口から下の部位を伸ばして言うパチェルカ。

 顔全体が身体とは良くいったものだ。


「クトゥルーの体でパイロット……?」


「あら、小さいのがご不満?それとも頭だけの私達じゃあ、ちょっと頼りないかしら?」


「まぁその……我々は魔族、たとえ今の世でもやはり根底は実力主義。

 まして、我ら魔王は心身強くあれ、が基本ですし」


「うむ!こういうタニアは煽り耐性が皆むゲフゥッ!?!」


 綺麗な肘の一撃がネリスのみぞおちに決まった。


「くぅ♪まぁ気持ちは分かりますわぁ。

 でもご安心を!クトゥルーは別名「一晩で荒地を畑に変える頭の化け物」!!

 化け物は酷いけど、軟体動物頭足網イカ・タコはなかまな全身筋っ肉!」


 髪の毛のようなおさげ触腕をまるで筋肉を誇示するようなポーズをとるパチェルカ。


「これでも対っG耐性はぁ〜〜……!!

 HALMITパイロットの内トップ!!」


「ほう、あのウィンガーのじゃじゃ馬っぷりに耐えられると言うか?」


「何年前の型かは知らないですけれども、そのじゃじゃ馬がまだ乗れるレベルになるまで調整したのは私達よっ!」


「その小さい身体で?」


「ええ、この小さい身体で!

 パンツィアちゃ……学長も」


「━━はいはい、小さいって言わないように〜〜?」


 むきゅー、ともっちりしている頭のような身体が持ち上げられる。


 くるりと上下逆さまになったパチェルカの視界には、見慣れた可憐な美少女の顔があった。


「パンツィアちゃん!」


「はい私です。遅れてすみません」


 とりあえずパチェルカを元に戻して降ろし、改めて来賓の方々へ向き直る。


「改めて、初めましての方ははじめまして。パンツィア・ヘルムスです」


「ほぉ……実物の方が新聞よりは、可愛らしいな」


「はじめまして。私が『瞬刃魔王』タニア、こっちが『雷竜魔王』ことネリス」


「お初にお目にかかります。

 でもネリスさんは何度かそちらの研究機関の講義を拝聴させていただきました」


「お、そうであったか!なかなか嬉しいぞ?で、どの?」


「ガスエーテル式の内燃魔法機関エンジンの流入系の講義で。

 高圧燃料噴射によって燃料漏れによる発火の抑制と、その際の静電気抑制の気候は、私の研究にも役立っております」


「そう堅苦しくならずとも良い。

 というか余、お前のジェットエンジンの大ファンでな。

 ちょっと公道を走れなくなったが、64式エーテルタービンエンジン自作車に積んで走ってみたほどだ!」


「64式?

 あの、500の??」


「魔王領馬力だと、514馬力だぞ!

 …………直線以外はエンジンを切った方がいいな!」


「こいつ、自分の城に崖から飛んだ拍子に突っ込んで壊したらしいので」


 はっはっは、と笑うネリスに、思わずパンツィアはなんとも言えない顔で答える。


「はいはい、女神様は無視なのかしら?

 つれないわね?」


 おっと、とすぐさまフェイリアの方向へ向き直るパンツィア。


「お久しぶりです、フェイリア様。

 その節はどうも」


「ふふ、どうもって言うのはこっちよ?

 なって言ったって、我々神の大地を落とさないようにしてくれた大英雄はあなただもの」


「私はただ一介の魔法博士でしかありませんよ」


「そんなに謙遜しなくてもいいのに。

 また少し財宝あげる?」


「もう金塊6トンは勘弁してください!」


 ━━━パンツィアの財力は、ある新聞会社の調べでは、大陸で第5位。


 それも僅か1年でそこまでの富を築いたのであった。


 それもひとえにかつて飛行装置開発の段階で、空の浮遊大陸を浮かす反重力魔法を解析できたこと、等の浮遊大陸の大元の装置が今にも故障しそうな老朽化したものだったので直した事が原因だった。


「でももう今更私達、金銀財宝なんて使うかって言うと微妙だもの。

 地上に戻した方がいっそ楽なのよ?」


「そのせいで大陸の金相場だいぶ狂ってたんですよ!?

 私なんて換金に苦労した結果こうですし……!!」




「……ネリス、彼女何があったの?」


「換金に困ってブレイディアの隣のトレイル商業連合に頼んだら、廃線寸前の『ブレイディア鉄道』を買い取る条件で受けたのだ。

 で、あやつはそこを科学実験がてら、全財産をつぎ込んで大陸最速で走る高速鉄道『HSXHigh-Speed Expresブレイディア』に改造したのだ。


 それが、思ったより黒字になった挙句に色々あって、今ではあの通り」


「私たちの国庫より金を持っている人間か……」


 当のパンツィアは、税金でだいぶ持っていかれているはずなのに増えていく通帳に恐怖すら覚えているが、それはともかく、



「……うぅ……まぁ、その話はそれとして、そういえば皆さんはなんでまたここへ?」


「おや、お前の所の王より聞いてはいないか?」


「まだ会ってなくって……クレド陛下は外に?」


「そういえば、連邦の教皇と一緒に外に行ってたわね〜。

 一応秘密で来たと言っていたのに不用心ねぇ……」


「あ、まさか……!」


 と、合点がいったようにパンツィアはすみませんと一礼して外へ向かう場所へ走る。


「ごめんなさいデウシアさん、パチェルカさんお願い!」


「ほいさ!」


「クットゥルンッ!」


 途中、持っていたパチェルカをデウシアに渡して、さらに駆け足を早くして向かう。


「……どう言うことだ?」


「さぁ?」


「女神でも分からないことはあるわ」


「何、あんたら相手国の王の趣味知らないわけ?」


 と、モチモチとパチェルカの頬なのか脚なのかな部位を揉みながらデウシアは答える。

 なお揉まれた本人は「タコの下処理みたい」などとつぶやいていた。


       ***


 穏やかな空気、ゆったりした風、


 日光を浴びて体温を上げる蛇のような顔で、ゴルゴーンこと一応個々の魔法博士のセリーザは原っぱで怪しい葉っぱを燻した煙をフラスコのような機械で吸う。


 いつも通りの日和の中、その頭上を綺麗な流れ星のようなものが光の尾を引いて飛ぶ。




 パシャリッ!




「おぉ、撮れた!」


 御付きのピッタリとしたサイズの聖マルティナ連邦国聖騎士用制服に身を包む護衛の見守る中、普通の神父と変わらない格好の老人、マルティナ連邦教皇『タラニア12世』は一眼レフのカメラを手に楽しそうな声を上げる。


「クレド殿、撮れましたぞ!あのヴィドフニルを見事に!!」


 と、少し離れたところに立つ、長身で細身な身体をきっちりした白いスーツに身を包む男性に声をかける。


「…………」


 しかし、クレドと呼ばれた彼は、ただずっと光の尾を引いて飛ぶなにかを見つめ続けているだけで動かない。


「クレド殿?」


「……ハッ!

 これは……失礼を、タラニア教皇!」


 と、ようやく我に帰った、と言う顔で恥ずかしそうに言うクレド。

 その様子に、タラニアもシワの深い顔に笑みを浮かべてしまう。


「そういえば、貴方は鳥類学者であらせられましたな、クレド・ブレイディア17世殿?」


「いや、お恥ずかしいところを見せてしまい。

 実は、あのヴィドフニルはこの地で孵化した個体なのですよ」


 と、再び上を走る光の尾を見るクレド。


「……ヒナの頃より立ち会ったのですかな?」


「ええ……娘一人育てたと自負はしていますが……

 本物の幻獣、それも神話でしか見かけないようなものが、この手で、と思うとつい……」


 ほう、とタラニアも再び空を見上げる。


「…………本能的に育った場所を飛ぶ、というのは分かっているのですが……」


「そういうものでしょう。貴方は、貴方の娘様であらせられるアイゼナ王女でも同じことを言うはずでしょうから」


「……ええ」


「━━━それに、孵化した場所をもう一度次世代のための卵を産む場所にするかもしれない。


 ではなかったでしたっけ、クレド陛下?」


 と、二人の横からやってくるパンツィアがそう言葉を紡ぐ。


「パンツィアか。よく来てくれた」


「遅れて申し訳ありません。

 ちょっとスピーチの方も手間取っちゃって」


「無理を言ったのはこちら側だ。

 それに、どこかのロクデナシ賢者と違って1日遅れもなく来たじゃあないか」


「それもしかしてボクのこと?ねぇ完璧ボクの事だよね?」


 と、気がつけばパンツィアの背後に立っていたケンズォが、ものすごく情けない顔でそう言う。


「おっといたのかロクデナシ殿!

 また寝ていたのかと!!」


「酷っどいなぁそのわざとらしい言い方!!

 なんか恨まれるようなことした?」


「してないとまさかいう気ではないかね?」


 さっ、と視線をどかした先にいた、タラニアの老人の温かい眼差しにさらに気まずくなり更に後ろへ視線を泳がせていくていくケンズォ。


 …………色々、やらかしているのである。


「まぁお爺ちゃんの事は気にしないでください。

 なんか用でついてきているだけなので」


「仮にも養父にこの言い方!!」


「そうか、ちょうどよかった」


「地味に今代の王様も酷いぃ!!

 君のお父さんもうちょっと優しかったぞ!」


 ふぅ、と二人揃ってため息をつく。

 この構ってちゃんな2000歳児には頭痛ものである。


「それでなんで私の研究室に、各国の要人が集まってるんです?」


(あ、ボクの事ガン無視〜)


「君も関係がある事柄だが、今回の邪巨神頻出の異常事態に、隣のトレイルで会議を開いたのは知っているだろう?」


 と、本題に入る二人と、後ろで拗ね始める2000歳児。


「ええ。軍事同盟の締結でしたよね?

 副産物として、各国研究機関の情報も共有できると、シャーカさん以下情報関連技術選考の魔法博士たちが作業を進めてます」


「さすが早いな。まさか、我が国以上の諜報機関でも頼っているのかね?」


「お隣の国にも、税金払うことになってますので」


「ふっ、そういえばそうだったな。

 どおりで此度のトレイルの会場に、『シン』の工作員が紛れたのがバレたということか」


 意外な展開だった。


 シン、とはこの広大な大陸を山脈を隔て東に広がる『震皇国』のことである。

 長年、文化の違いなどもあり敵対しており、最近のこちらの発展をあまりよくは思っていないらしい、とはそのさらに向こうからやってきた幾人かの人間からパンツィアは聞いている。


 えっ、という顔のパンツィアと、元の顔になったケンズォの横から、教皇タラニアがすと近づく。


「実は、会場がバレていることをトレイル紹介連合のアイザック殿が察知していたらしく、彼と魔王諸国連合の数人が残り、我々は脱出したというわけなのですよ」


 ほう、とパンツィアが相槌を打つ。





 確かに、ここは一周回って安全だ。


 山の中に作られ、広大な迷路のようだったダンジョンを魔改造して作った天然の要塞のような研究機関。

 それがHALMITだ。


 なにより、工作員と言えど『首都にそびえる火薬庫』と揶揄されるぐらいしょっちゅう実験の失敗で爆発する場所には来ない。

 数少ない安全地帯であるパンツィアの研究施設であるここ━━返って爆発物しかないからこそ爆発事故が極限まで可能性を低くなるよう努力している━━ほど安全な場所はない。



「実は……おっとパンツィア殿、申し遅れましたが私はタラニア12世。教皇などという肩書きのある老人です」


「これはご丁寧に。私がパンツィア・ヘルムスです」


「いえいえこちらこそ……礼儀の正しいお嬢さんで良かった」


「反面教師に育てられました」


 すでに暇なのか、近くの金網から『例の葉っぱ』を吸っているであろうセリーザから一服貰おうとしている2000歳児のロクデナシを横目にそう言う。


「ふふふ……容赦がないのも家族の特権ですな」


「ええ……それで、実はとは?」


「おっと。

 いえ実は……我々は移動中に既に会談を終え、ある条約を締結させておりましてな」


 ああ、とパンツィアはすぐ理解する。


「軍事条約、ですね」


「はい。物騒な話ですがなぁ……」


「だが、これでお互いある程度は情報が共有できるようになった。


 ついては、だがパンツィア。

 君のHALMITの隠者、賢者、とにかく全ての知識を借りたい」


「何の知識です?

 全てお見せするには膨大過ぎますので」




「無論、分かっている範囲での邪巨神のこと、そして対策の案だ。

 我々の今後の方針を決める材料を用意してほしい」



 一瞬、考えるような真顔になるパンツィアは、


 しかしすぐに可憐な少女の顔に似合わない、不敵な笑みを浮かべた。




「いいでしょう。では、一旦中へ」




       ***

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